「救世主が現れた」黒沢あすか、最新主演映画に喜び。撮影では「自分はやっぱり女なんだって嬉しくなった」
2011年に公開された映画『冷たい熱帯魚』(園子温監督)で主人公を破滅に導く狂気の女を鬼気迫る演技で体現し、第33回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞するなど注目を集めた黒沢あすかさん。
演技派女優として数多くのドラマ、映画に出演し、主演舞台を控えた2012年、「末梢性めまい症」を発症して療養生活を余儀なくされるが、約4カ月後に復帰。2016年にはハリウッド映画『沈黙-サイレンス-』(マーティン・スコセッシ監督)に出演することに。
◆準備万端で臨んだオーディション「絶対にいけるな」と
マーティン・スコセッシ監督の『沈黙-サイレンス-』に主人公ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)の妻役で出演した黒沢さん。セリフは一言もないが、妻の心情を目の動き、表情、所作で見事に体現した。
-『沈黙-サイレンス-』もオーディションですよね?-
「はい、オーディションです。『セリフはないんだけども着物を着て所作が完璧にできる人が必要だ。それをスコセッシ監督は望んでいる。さらに必要とされているシーンは、原作にはないけど、スコセッシ監督が付け足したシーンがある』と事前に説明を受けました。
いわゆる武家出身の女性なのか、公家出身の女性なのか。時代的にはどのぐらいのものなのか、しつらえられている部屋はどんな感じなのか。
置いてある湯のみなどを含めて、良い品なのかどうか。それによって身分が違うから、立ち居振る舞いに関しても、手の置き場所が胸なのか、下腹部あたりなのか。そういう所作によっても武家の出か公家かの違いがわかるものですから、そういうことも含めてかなりのパターンを考えて挑みました」
-オーディションに受かる自信はありました?-
「あの当時は京都で『雲霧仁左衛門』(NHK)という時代劇を撮影していまして、所作指導の先生にいろいろ教わっていたんです。
それで、所作指導の先生に公家と武家の違いなども聞いていたので、絶対にこれは大丈夫だという自信はありました。『いろいろ教わったんだから私は絶対にいけるな』と。
さらに万全を期して手ぬぐいとか食器類、お盆など、いろんなものを全部持参して行きました」
-持参して行かれたのですか-
「はい。持参しました。製作サイドも専属の方がいらして、もちろんいろいろと調べていらっしゃるんです。でも、絶対に決定的なものにするために、日本人だし、もっと上を行く知識と日本人の美学というものがあるはず。そして譲れないというところは絶対伝える。そこはアピールしました」
-ロドリゴが亡くなった後、ソッと木彫りのイエス様をしのばせるシーンも印象的でした-
「本当はもっとわかるように感情を入れてロドリゴに握らせたり、表情をもっと感情的にやっていたんです。何パターンかやってお見せしたら、スコセッシ監督が来られて、『これはやっぱりわからないようにしたいので、曖昧さが欲しい』と言われたので、あのシーンになりました。あのときのあれを採用してくださったんだなあって。
スコセッシ監督はカットをかけるごとに姿を現してくださり、常に『Excellent!』、『Great!』と言葉を掛けてくださっていました。それで、スコセッシ監督が『僕は“六月の蛇”の大ファンで、この撮影をしているときは、必ず“六月の蛇”を観(み)るんだよ。だからあなたが僕の作品に出てくれるのはすごく光栄なことだ。あなたはセリフが一つもないのに、目から顔から言葉が聞こえてくる。そこがすばらしいんだ。大好きなところなんだ』と言ってくださって」
-女優冥利(みょうり)に尽きますね-
「本当にうれしかったです」
-『沈黙-サイレンス-』に出演されたことでご自身の中で変化はありました?-
「ありました。努力してきたことは間違っていなかったんだと少し確信し、ネガティブな考えはほどほどにって(笑)」
-ネガティブになる理由がわからないですけど-
「自己肯定力が低いんです(笑)。自分に自信が持てなくて、自分のことが認められなかったんですけど、ちょっと自信が持てるようになりました」
◆パートナーがメガホンを撮った作品で最優秀主演女優賞受賞
2019年、黒沢さんは私生活のパートナーでもある特殊メイクアップアーティスト・梅沢壮一さんが監督した短編映画『積むさおり』に主演。アメリカ・サンディエゴで開催されたHorrible Imaginings Film Festival短編部門で最優秀主演女優賞を受賞。
この作品は、バツイチ同士の夫婦の関係崩壊までのカウントダウンを描いたもの。黒沢さんは、無神経な夫の些細(ささい)な行動によって精神状態に変化をきたしていく妻・さおりを繊細な演技で体現した。
-一見仲がいい夫婦なのに、妻の心に夫に対する憎悪が芽生えていく。あの作品をご夫婦で作られたというのは、ある意味すごく怖いなあと思いました-
「本当にそうですよね。夫はホラー好きの特殊メイクアップアーティストで、国内外の映画作品にも参加しています。子どもの頃から夢であった映画作りを諦めきれず、自ら行動を起こし作り上げたのが『積むさおり』でした。私が協力できることは女優として出演することでしたので、2人で頑張りました」
-一見、普通の奥さんが抑えていたものが爆発するわけですが、夫は自己中で筋トレ優先でちょっとした家事も協力しない。腹が立ちました-
「ほんとですよね。ちょっと手を休めて動いてくれたらいいのに、自分優先なところに腹が立ちますよね。『その大切な器具を捨てちゃうぞ!』って脅してもいいくらい(笑)」
-ラストに登場するご主人の頭部は、梅沢さんが作られた作品だと思いますが、スカッとしました-
「ほんとそうですよね。あのシーンは気持ち良かったです」
-ご夫婦で作られた作品が海外で賞を受賞されたということは、また格別だったのでは?-
「はい、感無量ですね。海外の映画祭に出席すれば、過去出演作のチラシを持った方々に囲まれる驚きの時間を過ごさせていただき、女優を続けてきて良かったと涙が出るほどです。贅沢(ぜいたく)は言えないけど、海外映画祭出席は目標として据えている部分があります」
-実際そういうふうに歩んでこられていますし、映画祭が合いますよね-
「今では“映画祭女”と化していますね(笑)。ただ、あるプロデューサーから『あすかは海外ウケはいいけど日本ウケしないのよ』と言われたことがありました。『なぜ?どうして?』っていう言葉が頭を駆け巡りましたね」
-海外作品といえば、2021年はカナダのSFスプラッターアドベンチャー映画『サイコ・ゴアマン』(スティーブン・コスタンスキ監督)に黒沢さんは宇宙怪人の声優として出演されましたが、きっかけは?-
「夫が監督を務め、私も出演している『血を吸う粘土』という映画でトロント映画祭に行ったときに連絡先を交換したプロデューサーから、後日『日本語を話すキャラクターを作りたいから声を担当してくれないか』と連絡がきたんです。
それで使用するシーンとセリフ原稿が送られてきて『このシーンにセリフを入れてほしい』ということだったので、夫が持っていた録音機を使って自宅の押し入れに顔を突っ込んで録音してカナダに送りました。ものすごくアナログですよね(笑)」
※映画『親密な他人』
2022年3月5日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
配給:シグロ
監督:中村真夕
出演:黒沢あすか 神尾楓珠 上村侑 尚玄 佐野史郎 丘みつ子
◆最新主演映画『親密な他人』で年下男性と危うい関係に
2022年3月5日(土)に主演映画『親密な他人』(中村真夕監督)が公開になる。
この映画で黒沢さんが演じたのは、行方不明になった息子の帰りを待つシングルマザー。ある日、息子の消息を知っているという20歳の謎の青年(神尾楓珠)が現れ、母子のような、恋人のような不思議な関係に陥っていく…というサスペンス作品。
-まったく予想していなかった驚きの展開でした。この作品のお話が来たときにはいかがでした?-
「夫とともに大喜びしました。それも主演映画のお話が舞い込むなんて思ってもいませんでした。努力を積み重ね“脇で光る存在であれ”と神様から言われているんだなと思って、必要とされている場所で咲き続けようと考えていましたから。
それに50歳に手が届くような女性を主役にしてなんていうお話は、日本映画ではあまり見た記憶もないですし、それは需要がないからなのかなと思っていました」
-中村監督が、「大人の女性を使って大人の女性に見てもらいたい映画を作る」とおっしゃっていましたね-
「それを言ってくださったときはうれしかったです。『救世主が現れた』って。中村監督とお話をしていくうちに、自分が女性であるということをドンドンドンドン自覚していくことになったんです。
家庭を持っていると、妻、母、そして一応女優はやっているんですけど、やっぱり三足のわらじでやっているものですから、どこに自分を置いていいのか、だんだん自分の存在が薄らいでいってしまう。女であるということを忘れていくというのでしょうか。夫婦仲もいいんですよ。だけど、女であるということが、だんだん消えていっていたんです」
-この作品では女の部分も満載でした-
「そうなんです。自分はやっぱり女なんだってうれしくなりました(笑)。『そういえば、こんな感じやっていたなあ、数年前までは』みたいな、そういう境地にもなりました(笑)」
-伏線はいろいろありますが、最後に解き明かされて納得しました。劇中ではものすごく年下の男の子と危うい関係になりますが、撮影はいかがでした?-
「すごく怖かったです。ほかの女優さんがかなり年下の男性とそういうシーンをされているのを見て、『すごいなあ。この女優さんだからできたんだろうなあ』と思っていたんです。
それと同じようなシーンを今度は私がやることになる。そうすると、私の中にその女優さんのようなキラキラという感じがあるのだろうかと急に不安になって、内側にこもっちゃいました」
-そんなふうには見えないですけど、また自己肯定感が低いところが?-
「そうなるんです。相手の神尾さんが長男と同い年ということで緊張はないものの、彼が纏う雰囲気に近づき難い何かを感じました。
でも、今回の恵(めぐみ)を演じるにあたっては、理解することが難しい部分があっていいのかもしれないって思いました。ただ、寄り添うことだけはしたいなと。
恵を切り捨てるとか、異端であるとか、あるいは変わっているというふうに片付けてしまうのはかわいそうすぎると思いました。でも、深追いしすぎちゃいけない、飲み込まれるとも思いました」
-もうすぐ公開ですね-
「はい。今こうやって日々取材をしていただいていて、反響が大きいんだなあということも噛み締めさせていただいています。それと同時に、今度はこの作品を一般の方に観ていただいたときにどんなふうに評価していただけるのか楽しみです」
-今後はどのように?-
「朗読劇をやりたいです。戦後の日本を支えてきた人たちの姿だったり、あるいは戦時中に巻き込まれてきた人たちを女性の立場から、朗読という形で世の中に伝えることができないかなと。義理の両親も私の両親も戦争体験者ではあるので、伝えていけたらと思っています。
今いろいろな文献や映像などを見て学んでいるので、それを現実的に展開させるにはどうしたらいいか考えているところです。そしてもちろん女優として、今後もいろいろな役に挑戦していきたいなあと思っています」
エキセントリックな役柄のイメージが強いが、実際にお会いするととてもほがらかでチャーミング。今後の活躍も楽しみ。観る者を翻弄し続けてほしい。(津島令子)