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アナウンサーにも「ちゃんとしていない」ことばが必要と感じた瞬間<アナコラム・矢島悠子>

<テレビ朝日・矢島悠子アナウンサーコラム「“ちゃんとしていない”ことば」>

「わたし、ちゃんと話せないので…」や、「どうしたらちゃんとしたしゃべり方が出来るようになりますか?」といった質問をされることがあります。

アナウンサーは“ちゃんとした”ことばでしゃべる人。そうしたイメージからでしょう。確かにこれは間違いではありません。

でも、アナウンサーにも時には“ちゃんとしていない”ことばや話し方が大事になってくることもある。今回は、ちゃんとしているだけでは伝わらない、ということをしびれるほど思い知らされた経験を書きます。

◆アナウンサーにとってもっとも難しい仕事のひとつ「ガイロク」

アナウンサーの個人の力量が露骨に試される仕事のひとつに、「インタビュー」があります。

なかでもわたしが最難関と考えているのが、街頭インタビュー。通称「街録」、ガイロクです。

アナウンサー同士でもよくこの話になります。ガイロクこそが、もっとも地味に難しい、腕の試される仕事だということ。

意外に感じるかもしれません。普段視聴者の皆さんがニュースなどで目にするガイロクというのは、街の中で話してもらった「ひとこと」がパッチワークのように編集されテンポよく流れているものだと思います。「あれがそんなに難しいの?」と疑問を持つでしょう。

でも、これが本当に難しい。うまい人と不慣れな人では、返ってくることばに雲泥の差があります。わたしは今でも、ガイロクは最も用心してかかる仕事です。

何がそんなに難しいのかというと…相手が「話してくれるかわからない」状態だということです。これが初めの、そして最大のハードルです。

「相手がその気じゃない」って、そんな状態の仕事、なかなかないですよね。ガイロクでは、“その気になってもらうこと”が仕事の大半だと言ってもいい。

実はガイロクって、あの放送された状態になるまでに、イメージで言うとだいたいその10倍(いや、もっとかもしれません)の人に声をかけています。

そのほとんどが、声をかけただけで断られてしまう。立ち止まってくれたら御の字です。話を最後まで聞いてくれるのは5割くらい。その後に話を聞かせてくれるのは3割くらい。それを撮影させてくれるのは1割。それだけでも成功すれば、今日は良い1日だったと思えます。

ちなみにわたしは、昔100人以上に断られ続けたこともあります。これは本当に精神的にキツかった。

断られると思うと、怖くて声がかけられない。どんどん臆病になっていく。ふと見ると、スタッフの疲れた顔。時間だけが過ぎていき、不甲斐なくて悔しくて、涙で前が見えなくなっていく…。そんなことを今でも夢に見ます。

ただこれって、インタビューされる側の人の気持ちになってみたら、もっと恐ろしいことなんですよね。

街を歩いていたら、いきなり大きなカメラ(最近は小さいことも多いですが)と長いマイクを持って“聞いてやるゾ!”とギラギラした人たちがぬっと目の前に現れるんですから。答えてくださる方は、本当にありがたい存在です。

全然うまくガイロクが撮れない…。ずっと悩みでした。

でも、「これじゃいけない」という思いはずっとありました。もっと深いところまで人の話が聞けるようになりたい! その答えが、“ちゃんとしていない”ことにあったとは夢にも思いませんでした。

◆何気ない会話で気づかされた大事なこと

ある時、取材で地方に行って、昼食を食べる場所を探していた際のことです。

道を尋ねるのに商店のおばあちゃんに声を掛けました。そこでひとしきり楽しくおしゃべりをしていたのですが、帰り際に「ええ? あなたアナウンサーなの? 全然わかんなかったぁ。アナウンサーみたいに堅苦しくないから旅行客かと思ったぁ」と言われたんです。

これを聞いて、ハッとしました。あれ? これってもしかして答えでは…?

滑舌を良くして声をバチーンと張って、標準語でちゃんとしたしゃべり方をする。そんな、まさにアナウンサーっぽさが相手に居心地の悪さを与えていなかったか。

アナウンサーとして、ちゃんとしゃべらなくては。映っている時はどの部分が切り取られても良いようにしなくては。そればかり気になっていて、目の前にいる相手にしっかり向き合えていなかった。

ひとりの人間として、話を純粋に聞くという意識が圧倒的に低かったことに気づかされました。

欲しいワードを引き出すことに注力しすぎて、「会話」をしていなかったし、聞いている「自分」がどう見えているかばかりを気にしていた。

頭をガツーンとやられたような、驚きと恥ずかしさでいっぱいになりました。

もしかして、今の感じでガイロクをすれば良いのか? 半信半疑でその日が終わりました。

そして、その後訪れたガイロクの機会。内心怯えました。これまでにない緊張感でマイクを向けました。

それまでだったら、「すみません、テレビ朝日です。突然ですが●●について取材をしているのですが、ご自身ではどのようにお考えですか?」と、断られるのも怖いので怯えた顔で、相手に隙を与えず、まくしたてるように聞いていたと思います。

“おばあちゃんと話したときのように!”と心の中で念じ、

「すみませーん、こんにちは。あ、どうもこんにちはぁ、テレビ朝日です。今●●について取材しているんですけど、今ちょっとお時間ありますかねぇ? あ、ありがとうございます~。そうなんです、はい、●●について皆さんにお話聞いているんですけど、どうですかねぇ。どんなふうに思います…?」

と、一気に言いたいことを言うのではなく、相槌を打ったり同じことをやんわりと繰り返したり、無駄は多いけれど思いきり普段のおしゃべりに近づけてみました。

あれ? 断られない。あれ? 答えてくれた。あれ? 撮影もさせてくれた。

面白いくらいに違いました。ガイロク、とんとん拍子に進みました!

マイクを向けている相手の表情が豊かで、自分でも驚きました。にこにこ笑ったり、眉をひそめて小声で話したり、逆に「どう思います?」なんて返されたり…。そう、これこそまさに会話! 相手とわたしのおしゃべりでした。

初日は偶然かなと思っていましたが、その次も、その次のガイロクも、今までとは段違いの成果がありました。

そこに、初めて一緒に取材に出たディレクターからのひとこと。「矢島さんって、ガイロク成功率高くないっすか?」――。

嬉しかった~! ガッツポーズしたかったです。これは本当に沁みました。この方向性で合っているのかも、と思えました。どうしてこんなシンプルなことに気づかなかったんだろう、とも。この時、アナウンサーになって10年近くの月日が経っていました。

そこそこ丁寧でちゃんとした型が出来ている今、それだけじゃ足りないんだ。自分がどう見えるか、なんてことよりも、もっと相手のために出来ることがたくさんあるんじゃないかという視点がしっかり持てた。

もっと自然に、柔らかくしゃべっていこう。せっかく答えてくれる人にきちんと向き合って、貴重な意見を聞かせてもらおう。自分がきちんとして見えるための仕事なんて、もうおしまいだ! そう思えた瞬間でした。

<文/矢島悠子、撮影/本間智恵

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