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永瀬正敏、4年越しの主演映画が公開へ。コロナで状況が変わったいま「1本でも多く良い作品を残したい」

映画『ションベン・ライダー』(相米慎二監督)で俳優デビューし、映画『ミステリー・トレイン』(ジム・ジャームッシュ監督)ではじめて海外作品に出演して以降、国内外で数多くの映画に出演してきた永瀬正敏さん。

『あん』(河瀨直美監督)、『パターソン』(ジム・ジャームッシュ監督)、『光』(河瀨直美監督)でカンヌ国際映画祭に出演作が3年連続で公式選出された初の日本人俳優となった。

内容がよければ予算の大小も国も関係ない。かけもちはせず、1作品ずつ誠実に取り組むスタイルを貫き通し、国内だけでなく海外の映画スタッフからも信頼されている“国際派俳優”として唯一無二の存在感を放っている。

©長谷工作室

◆2週間で12キロ減量、頭髪をそり落とし眉毛とまつ毛も抜いて

デビュー作の相米慎二監督をはじめ、多くの名だたる監督たちとタッグを組んでいる永瀬正敏さん。確かな演技力に加え、体型をも自在に変える真摯な役作りは映画スタッフや関係者にも定評がある。

2011年に公開された『毎日かあさん』(小林聖太郎監督)では12キロ減量し、頭髪もそり落とし、眉毛とまつ毛も抜いて役作りに挑んだ。この映画は、人気漫画家・西原理恵子さんがアルコール依存症の夫・鴨志田穣さんとの生活を綴ったエッセイを映画化したもの。

永瀬さんは、アルコール依存症を克服しはじめた頃、がんを発症し、42歳という若さでこの世を去った鴨志田さん(カモシダ)を演じた。抗がん剤によって毛髪が抜け落ちてしまうシーンの撮影に際し、体重を2週間で12キロ落とし、頭髪を剃り落としてまゆ毛をすべて抜くこん身の役づくりで臨んだ。

-元ご夫婦だった小泉今日子さんと劇中でも離婚した夫婦を演じたことが話題になりましたが、息もピッタリで違和感がまったくありませんでした-

「いい作品があっておもしろいなと思ったら出るというスタンスなので、特別なことではないんですけどね」

-鴨志田さんがなぜアルコール依存症になってしまったのかという部分もリアルに描かれていました-

「そうですね。ジャーナリストだった鴨志田さんは、西原さんと結婚して男の子と女の子をもつんですけど、世界の紛争地帯を取材するなかでストレスが重なり、アルコール依存症に陥って、一度は離婚してしまう。その後、精神病院に入院して何とかアルコール依存症を克服するんだけど、がんで余命いくばくもないことがわかる」

-作品の中でどんどん永瀬さんの風貌が変わっていって驚かされました。体重もかなり落とされたとか-

「2週間で12キロくらい落としました。そういう役だということはお受けするときからわかっていたし、そこが嘘になったら作品に失礼ですからね。髪の毛を剃って、眉毛とまつ毛も抜きました」

-お二人を「おとしゃん」「おかしゃん」という子役の二人も可愛かったです-

「最高に可愛かったですね。たまらんかったです。二人ともまだ小さかったから、僕たちは撮影中、用意してくれた控室には入らずに、ずっと子役のフミ(小西舞優/現・舞優)とブンジ(矢部光祐)と4人で話をしたり、遊んだりしていましたね。子どもたちが緊張しないで本番に入れるように自然な雰囲気を作ってあげて。小さくて可愛かったなあ。

それが、2020年に『星の子』(大森立嗣監督)という作品をやらせてもらったときに、僕は気づかなかったんですけど、打ち上げで若い女性が来て『覚えていらっしゃいますか?』って言うんですよ。

『えっ? もしかしてお前フミ?』って聞いたら『はい』って。もう高校生くらいになっていて、ちょっと感慨深かったですね(笑)。

可愛くてしょうがないんですけど、お姉さんになっているし、昔みたいに髪をクシャクシャ撫でまわしてして『フミ』っていう感じでもなくて。小さいときの舌っ足らず感が、もうしっかりお嬢さんになっていて、ちょっと寂しい感じがしました」

-月日の流れを感じますね-

「そうですね。すてきな女性になっていました。ちょっとうれしかったですね、“おとしゃん”としては(笑)」

 

◆台湾「金馬奨」で日本人史上初の主演男優賞にノミネート

2014年に公開された台湾映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』(馬志翔監督)では主演をつとめ、日本統治下の1931年に台湾代表として全国高校野球選手権に出場し、準優勝を果たした嘉義農林学校野球部の近藤兵太郎監督役を演じた。

永瀬さんが撮影中に俳優生活30周年を迎えたこの映画は、台湾のアカデミー賞とされる金馬奨で「観客賞」「国際映画批評家連盟賞」を受賞し、永瀬さんは日本人史上初の主演男優賞にノミネートされた。

-馬志翔(マー・ジーシアン)監督は、俳優としても活躍されていて、2月18日(金)に公開される永瀬さんの主演作『ホテルアイリス』にも出演されていますね-

「はい。『セデック・バレ』(魏徳聖監督)とか、いろんな作品にいっぱい出ていらっしゃるので、役者としてもすごい方です」

-『KANO 1931海の向こうの甲子園』が映画監督デビュー作ということですが、好きな作品のひとつです-

「ありがとうございます。あの作品は最初にお話をいただいたとき、とても悩んだんですよね。ちょうどデビュー30年目の年だったので、日本の各地で写真展を開催することになっていて、その準備をやらなければいけない時期に撮影だったんです。

でも、実際にあった話だし、台本を読んでいくとはじめて知ることばかりで心が揺さぶられて。近藤監督は、それまでタブーだった民族をこえたチームを作り上げて甲子園で準優勝まで導いた。こんな偉大な人がいたのかと驚きました。

このようなすばらしい史実があったことを僕はぜんぜん知らなかった。この物語を台湾や日本の人に知ってもらいたいと思って出ることになって、3か月契約で撮影することになったんですけど、あんなにも撮影期間がかかるとは思わなくてビックリしました(笑)。

プロデューサーの魏徳聖(ウェイ・ダーション)さんに『ちょっと永瀬、来てくれないか』って言われて話していたんだけど、『ちょっと延びるかもしれない』って緊急ミーティングみたいになって。あれも単独で行っているときでしたね。

『撮り終えなきゃしょうがないから大丈夫ですよ』って言って撮影していたんですけど、普通は延びると言っても、2、3日とか、せいぜい1週間だと思うでしょう? そういうイメージだったんですけど、聞いたら『1か月延びるかもしれない』って言うんですよ。

よく思い返すと、『そう言えば甲子園のシーンをぜんぜん撮ってないなあ』って(笑)。それがまるまる残っちゃったという感じで。

僕はデビュー30周年の写真展とか、いろいろなことがあって日本に帰らなきゃいけない日もあったりして、そこを日本側に連絡して調整してもらったんですけど、『この日に撮りこぼしてあと1日延びたらもう撮れない、この映画が終わってしまう』という日に雨が降ったんですよね(笑)。

それで、プロデューサーでもあるウェイさんと監督、現場の全スタッフが、雨がパッと上がったときにモップを持ってみんなでグラウンドを拭いて、俳優部はグラウンドが乾いたらすぐにいけるように準備して、ギリギリ夜中に撮り終えたんですよね。だから監督はもう感極まってらっしゃいました」

-台湾のアカデミー賞とされる金馬奨で「観客賞」「国際映画批評家連盟賞」を受賞、永瀬さんは、日本人史上初の主演男優賞にノミネートされました-

「台湾映画に出演しているけど、僕は日本の俳優ですから、とうてい選んでいただけるなんて思ってもいなかったので、『KANO』の内容と同じように差別せず選んで頂いたことにとても感謝しています」

◆ミステリアスな主人公をセクシーに体現

©長谷工作室

※映画『ホテルアイリス』
2022年2月18日(金)より、新宿ピカデリー/ヒューマントラストシネマ渋谷/シネ・リーブル池袋 他にて公開
配給:リアリーライクフィルムズ+長谷工作室
原作:小川洋子
監督:奥原浩志
出演:永瀬正敏 陸夏(ルシア) 菜葉菜 寛一郎 マー・ジーシアン(馬志翔)ほか

2022年2月18日(金)には主演映画『ホテルアイリス』が公開になる。この映画で永瀬さんが演じたのは、孤島でひとり暮らしている謎めいた中年男。心に深い闇を抱えながら日本人の母親(菜葉菜)が経営するホテルアイリスを手伝っている若い女・マリ(ルシア)と、いつしか愛と死の香りに満ちた濃密な時間の淵に堕ちていく…。

-撮影は2018年だったそうですね-

「はい。4年越しになるとさっき聞いてびっくりしました。公開までそんなにかかったんだなあって。自分の中でその撮影の感じが色あせてなくて、一昨年とか去年撮影したくらいの感覚だったんですよ」

-景色もとても美しくて、永瀬さんの謎めいた男が際立っていました。撮影で印象に残っていることは?-

「いっぱいあります。原作では設定が僕より年上というか先輩の感じで、ヒロインももうちょっと年齢が低いので、そこをどうされるのかなと思っていたんですけど、全体的にギュッと縮めて、僕の年齢を下げて、ヒロインの年齢を上げて何かが表わせるんじゃないかということだったので、やらせていただこうと思いました。

たぶん原作ではなかったと思うんですけど、監督が鏡を使って撮るということにすごくこだわられていたんです。

でも、僕の中では『存在の耐えられない軽さ』(フィリップ・カウフマン監督)というジュリエット・ビノシュが出演した名作があって、あの映画の鏡を使うシーンを超えるのはなかなか難しいと思っていたので、『鏡を使いたいとおっしゃいますけど、どうやりましょう?』という話はかなりしました。

ただ、監督がなぜ鏡を使うかというのは、でき上がりを見たり、そのときに話をお聞きしていて『もしかしたら鏡の中が実像かもしれない。それで実際に映っている方は虚像かもしれない』みたいな、すごく曖昧(あいまい)なボーダーレス感みたいなものが監督の狙いなんだというのがわかったんですけど、鏡を使ったり、あのようにちょっと年老いた男と若い女性というのは、結構昔はいっぱいありましたよね」

-光の使い方もおもしろかったです-

「そうですね。あれはもうカメラマンさん、今ものすごく頑張っていらっしゃる女性のカメラマンさんですけど、光の捉え方がおもしろいですよね。ただ当てるということだけじゃなくて、非常に独特な感性を持っている方でした。マリ役のルシアさんがそのカメラマンさんが大好きで、ずっと一緒にいましたね」

-マリのお父さん役が『KANO 1931海の向こうの甲子園』の馬(マー)監督-

「うれしかったです。同じシーンには出ていないんですけど、現場に来てくれて。KANOのプロデューサーだったウェイさんが今抱えているものすごいプロジェクトがあるんですよ。

本編を3本、ドキュメンタリー映画を1本、アニメーション映画を1本作って、それ用の専門の映画館を建てて、そこの地域(台南)で400年ぐらい前に起きた事件をセットで作って再現して、そのままテーマパークで残すという計画があって。

台湾の記者会見のときに『ジャーナリストで日本人役があったら永瀬は出るのか?』って聞かれて、『うん、出るよ』って言っちゃったらしいんですよね(笑)。

それのロケーションハンティングで、KANOのチームが『ホテルアイリス』の撮影をやっていた金門島(台湾)に来ていたんです。

僕はそれをぜんぜん知らなくて、ある日撮影が終わってホテルの部屋にいたら、マーさんが部屋をノックして『サプライズがある』って言うんです。それで外を見たら、KANOのチームが何十人もいたのでびっくりしちゃって…、ちょっと泣きそうだったですね。わざわざ来てくれて」

-KANOの撮影のときのいろんなシーンや思いが浮かんだでしょうね-

「そうですね。僕はあまり大変じゃなかったけど、監督と子どもたちは大変だったと思います。子どもたちは今回の相手役のルシアさんみたいに日本語でお芝居をしなきゃいけなかったから本当に大変だったと思います」

-ルシアさんとは日常の会話は日本語で?-

「はい。彼女の日本語はぜんぜん遜色(そんしょく)ないんですよ。すばらしかったです。それでもやっぱり映画でセリフを言うのが自分では不安だったみたいで、監督とずっとリハーサルをやられていました。

彼女のように日本が好きで、日本語を学んでくれていたというのは僕らもうれしいし、コロナでこういう世の中になっていなければ、日本公開に合わせて日本に来てもらって一緒にお祝いしたかったですけど残念です」

-今後はどのように?-

「僕たちは今できることを妥協せずに最大限のものをやって、1本でも素晴らしい作品を作って、コロナが収束して大手を振って『劇場に来てください』と言えるようになったときに、『なんだ、こんなもんか』っていう作品ばかり残しちゃうと、それはダメじゃないですか。

コロナの前までと今撮影しているものというのは、状況が変わっている。でも、それはちゃんと受け入れてやらなきゃいけない部分があるので、そこで色々どうのこうの文句を言うのではなくて、もっとすごいのを作ってやろうという勢いでと。

何か個々の時代じゃなくなった気がするんですよね。スタッフの皆さんも俳優部も横並びというか、みんなでスクラムを組んで何か作品を残していく世の中になってきたんじゃないかな。そういう風にやっていきたいですね。1本でも多く良い作品を残したいと思っています。

残念なのは、今、3本海外の作品と合作映画がコロナで2年前からストップしちゃっているという状況なんですよね。でも、いつかそれも実現できたらいいなあと思っています」

公開中の映画に加え、公開が控えている映画も多数。映画を愛し、映画に愛されている永瀬さんにはスクリーンが良く似合う。愛猫家としても知られ、一番の癒しは15歳になる愛猫という永瀬さん。愛猫の話になると「一匹で留守番していることが心配になって帰りたくなる」と思いやる優しい表情も印象的。(津島令子)

ヘアメイク:勇見勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト:渡辺康裕
衣装:コート・シャツ・パンツともにYOHJI YAMAMOTO