テレ朝POST

次のエンタメを先回りするメディア
未来をここからプロジェクト
menu

ソフトボール上野由岐子、“現役引退”に揺れた39歳。五輪の3カ月後「正直もう引退だなって思っていた」

2021年、東京オリンピックで13年越しの金メダルを獲得したソフトボール日本代表。

優勝の瞬間にマウンドに立っていたのは、絶対的エース・上野由岐子(39)。力強いピッチングで金メダル獲得の立役者となった。

しかしそれから約3カ月後、上野はこんな言葉を口にした。

「正直もう引退だなって思っていたし、本当にやめようかな、引退してもいいなって…」

テレビ朝日のスポーツ情報番組『GET SPORTS』は、現役引退に揺れる上野の姿を追った。

◆「はじめて引退してもいいって思えた」

2021年11月上旬、福島県営あづま球場で日本リーグの上位5チームが優勝を争う決勝トーナメントが行われた。

上野が所属するビックカメラ高崎は、勝てば決勝進出となる一戦でトヨタ自動車と対戦。リードしていた6回から上野がマウンドにのぼった。

「東京オリンピックさながらの快投が見られる」――集まった多くの観客は上野に期待を寄せていたに違いない。

しかし、登板早々に2者連続ヒットを浴びる。

そこからは危なげなく後続を抑え、チームは決勝進出を果たすが、上野自身はこんな思いを抱いていた。

「現実と理想が違いすぎて…。投げていて、ただただ気持ち悪いというか、自分の体が自分じゃないみたい」

この“気持ち悪さ”こそ、上野が引退を考えた理由だ。

39歳にして世界一の投手と認められる上野だが、30歳を超えてからは膝や足首などの故障に苦しむように。規格外の筋力やバネが体に負担を与えていた。

そこで、肉体を鍛えながら体への負担が少ない投球を探っていった。

そのパズルは複雑極まりない。疲れや痛みなどの体調はもちろん、暑さや天候なども加味し、あらゆる要因を絶妙にチューニングしてようやく実現できる。

じつはこの日の試合開始3時間前、上野は両膝に強い痛みを抱えていた。

どうすれば今の状態で負担が少なく投げられるか、オリンピックに帯同したトレーナーとともに確認を続けた。

ところが、練習グラウンドでもブルペンでも、そして試合でも最後までいい投げ方が見いだせない。あまりにも頭と体がかけ離れ、“ヤキが回った”と感じていた。

はじめてかな。ソフトボールやりつづけてきて、引退してもいいって思えたの。何が原因かははっきりとわからないけど、はじめてそういう感情になった。こういう風に終わっていくんだなって

それでも試合後にはブルペンで理想のフォームを探り続ける。

今日投げられる最高のボールを目指して――上野のそんな姿は、東京オリンピックにもあった。

◆再登板に隠された金メダルの秘密

アメリカと戦った東京オリンピック決勝。上野は先発投手として登板しながら、一度降板し、最終回の7回に再登板した。

スターティングメンバーは一度出場を終えても1回だけ再出場できる「リエントリー(再出場)」というルールがあったからだ。

この試合、打者ごとにタイミングを変えるというピッチングをしていた上野は、試行錯誤を続けていたが、6回にヒットを打たれた直後に降板を言い渡される。

交代したのは、ここまで4試合無失点の後藤希友(20)。だが上野は、この試合は簡単にいかないと感じていた。

予想通り、オリンピック決勝という大舞台は力みを呼び、制球に微妙な乱れが生まれる。仲間の守備に助けられる苦しい状態となった。

すると上野は7回表、日本の攻撃中にブルペンで投げ込みをはじめた。

時間が限られるなか、投げられる球はわずか。そのなかで体重移動や重心のベストなバランスを探る。

「いろいろやってみて、より最高なボールを(探りました)。多分あのままでもそれなりに抑えられたかもしれないですけど、自分の感覚の中でもっといいボールが投げられる気がしていたので、それを追い求めました」

そして日本の攻撃が終わる寸前に、上野はある境地に達する。

『あ、これだ!』というものがブルペンで見つかって、そこではじめて完成したというか、これで投げたら絶対打たれないだろうというフォームが、最後の最後に仕上がりました

その球がすごいことが監督に伝えられ、上野の再登板が決定する。

「『最終回また上野でいく』と言われたときに、もう絶対大丈夫って思っていたし、リエントリーすることになって、マウンドに上がるまでの道をあんなにかみしめたことはなかった。あの時はもう最強でした。たぶんオリンピックで投げてきたなかで、いちばん最高な状態で最終回を迎えたのかなと思います」

7回裏、マウンドに戻って来た上野は打者を完璧に仕留めていった。イメージ通りという上野のフォームは、どこが変わったのか?

交代前後の投球フォームと比較してみると、降板前は重心が後ろ側にあることで、おしりの位置が下がっていたが、再登板した後は重心が前側になりおしりの位置がほんの少し上がった。

このわずかな違いが、上野史上最高のフォームを生んだのだ。

「感覚として打たれる感じがしなかったです。もうイメージ通り過ぎて。やるべきことがはっきりしちゃったので、揺らぐものがなかった感じ」

こうして最後の打者もインコースで攻め、13年ぶりのオリンピック連覇を達成。

悲願の金メダルの裏には、どこまでも理想のピッチングを求めるあくなき探求心と向上心があった。

◆オリンピックで交わしたライバルとのはじめての会話

だが上野にとって、オリンピック決勝のピッチングは、すでに過去のもの。

日本リーグ決勝を迎えた11月7日。

39歳の上野は、前日に引き続き足の痛みに悩まされ、治療と調整を繰り返していた。引退すら考えた前日に比べれば調子はいい。しかし、実際投げてみたらどうなのか…。

決勝戦は、上野を含むオリンピック代表6人を擁するビックカメラと、後藤や渥美万奈など5人を擁するトヨタ自動車の対戦となった。

トヨタ自動車の先発ピッチャーは、アメリカ代表のモニカ・アボット(36)。上野がライバルと認める選手だ。

2008年の北京オリンピックに最年少の23歳で代表入りしたアボット。身長189センチ、長いリーチから繰り出される高速ライズボールと、鋭く曲がるスライダーを武器に日本打線を翻弄した。

その後、ソフトボールがオリンピック種目から除外されると、2009年にトヨタ自動車に入団し、モチベーションを日本に求める。

日本リーグでは完全試合を4度達成し、3年連続MVPも獲得。銀メダルの悔しさと種目排除という屈辱と戦いつづけた。

やがて30歳を超え、本国でも同世代の多くが引退するなか、アボットは東京オリンピックを最後の目標とする。

モチベーションのひとつは上野だ。「上野はソフトボールにとって象徴的な存在。ぜひ2人で投げ合いたい」と意気込みを見せていた。

そしてたどり着いた、東京オリンピック決勝の舞台。両者はともに戦い、すべてを出し尽くした後、はじめて言葉を交わしたという。

『ソフトボール界を一緒に引っ張ってきてくれてありがとう』みたいなニュアンスのことを言ってくれて、うれしかったですね。そういう風に思っていてくれたんだって」(上野)

◆「こんなところで弱音を吐くわけにはいかない」

ソフトボールのために戦いつづけた戦友との対戦となった日本リーグ決勝。

トヨタ自動車の先発・アボットは立ち上がりから快投を見せ、オリンピック選手たちを封じ込めていく。

一方、ビックカメラは5回から上野がリリーフのマウンドに立った。立ち上がりから得点圏にランナーを背負うが、巧みに抑える。

6回裏、ビックカメラはノーアウト2塁1塁のチャンスを迎える。打席には、オリンピックでタイムリーを放った藤田倭。

マウンドのアボットは2ストライクに追い込んだものの、3球目に2塁打を打たれ、この試合初の得点を許す。世界最高峰の投打のぶつかりが、そこにはあった。

その後、ビックカメラの3点リードで迎えた最終回7回表。痛んでいた上野の膝は、体の力を少し抜いて投げることで和らいだ。

上野はこの日も、“今日”のベストパフォーマンスを追い求める。

2アウトからの最終打者・渥美万奈も力強いストレートで三振に打ち取り、結果は3対0でビックカメラの勝利。チーム創設以来初の3連覇を成し遂げた。

優勝の瞬間、上野の心にあったのはライバル・アボットの存在だ。

さすがアボットだなって、ピッチングを見ていても思ったし、いろんな意味で、いい意味でライバル。アボットががんばっているからこそ自分もがんばらなきゃって。こんなところで弱音を吐くわけにはいかない。弱さを見せられない

◆「引退したいけど…もうちょっと未知の世界に行ってみたい」

試合後、上野はロッカールームに駆け込み、トレーナーと今日のことを一つひとつ確認した。心と体を整え、また明日の自分に向かう。

金メダルをつかんだオリンピック決勝の夜も、反省と課題の洗い出しは明け方まで続いた。上野は、本能的に成長を求めている。

「どんどん知らないことに出会うんです。どちらかというと。今までそんなこと思ったことないのにと思うことが多々あるので、それを得てアップデートしていく感じです」

翌日、思い出が刻まれた福島あづま球場でこの1年を振り返った。

「ピッチングってなんだろうって、難しさだったりおもしろさをあらためて感じた試合だった。こういうピッチングもまだできるんだっていう思いになったり、おもしろいなとか難しいなとか、いろんな感情もすごく動いた1年だった」

そして「引退はしないんですか?」という質問に、こう答えた。

「そうですね…たぶん引退はしないと思うな。引退したいけど。まだ好奇心のほうがあるし、もうちょっと未知の世界に行ってみたいなっていう思いもゼロではないので。自分が何を求めるか、いろんなことに気づかされる。でも何を求めているかわからない自分もいたり、自分がどこまで登っていけるか、可能性は未知なものしかない

39歳、レジェンドの歩みはつづく。

番組情報:『GET SPORTS
毎週日曜日夜25時25分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

LINE はてブ Pocket
関連記事
おすすめ記事