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岩手県の“ポツンと一軒家”、10年を経てなお残る震災の深い爪痕。壮絶なエピソードに林修も自戒

日本各地の人里離れた場所になぜだかポツンと存在する一軒家と、そこに住まう人物の人生にも迫っていく番組『ポツンと一軒家』

11月14日(日)の同番組は、ゲストに中村雅俊と松本まりかを迎えて放送する。

ポツンと一軒家での暮らしについて「勇気がないですね」という松本。

一方の中村は、「順応性があるので、ポツン暮らしもすぐに溶け込むと思います。ただね、持続性がないのですぐに飽きるかも。かつてキャンピングカーを買っても1度もキャンプに行かなかったりね…」と苦笑いを浮かべる。

◆岩手県、山奥の果てにある“最後の家”へ

10月の放送で岩手の山奥にある「クレー射撃場」を訪れた捜索隊。その一軒家の聞き込みをしているときに、じつは別のポツン情報も得ていた!

そのポツンと一軒家は、最寄りの集落の住人によれば山奥の果てにある「最後の家」なのだという。たしかに衛星写真で確認してもこの“最後の家”の向こう側には集落が見当たらない。今回は、この正真正銘のポツンと一軒家を訪ねることに。

集落から山道に入ると、まもなく「熊出没注意」の看板が。捜索隊は「熊よけとか用意していないけど大丈夫でしょうか…」とさっそく不安な面持ちに。その看板を越えてさらに山奥へと道を登っていく。

最初は清流沿いだった道も、やがて山の中腹にある山道をすぎると深い森の向こう側に建物が! そこは深い山にポツンと切り開かれた土地で、美しい畑の風景が広がっていた。

そこで暮らしていたのは80代の夫婦。かつては畜産業を営み、一時は多くの牛を育てて生計を立てていたというが、今はわずか1頭だけを育てているそうで牛舎も使用していないとか。

しかし、「昨日、子牛が産まれたばかりなんです」ということで、捜索隊は産後1日の子牛を見せてもらい、そのあまりの可愛さに心を奪われる。

そこへやってきたのは夫婦の娘。ほぼ毎日この山奥のポツンと一軒家へ来ていると言い、「今は近くの町で暮らしていますが、今後は高齢になった両親との同居も考えています」という。

仲睦まじく暮らしているかのように見えた家族の風景。だがじつは、この地域も2011年の東日本大震災によって壊滅的な被害を受けていた。そして、震災での壮絶なエピソードが明かされる。

スタジオでは林修が、「東日本大震災から10年経ち、都会に住む我々は当時のことが希薄になってきているんだなと思い知らされました」と思わず自戒を込める。

また、宮城県出身の中村が「震災後は故郷も壊滅的なダメージで景色も変わってしまいました。10年経っても爪痕は残っているし、そこで暮らしている人々の人生もすごく変えてしまいましたね」と語ると、松本も「VTRを観て、体験した方々のお話を聞いて、考えていくことってすごく大事なことだと思いました」と深く考えさせられたようだった。

※番組情報:『ポツンと一軒家
2021年11月14日(日)午後7:58~午後8:56、ABCテレビ・テレビ朝日系列にて全国ネット