仲村トオル、あらためて感じた舞台の魅力。拍手の“音”に感激「本当にうれしかった」
映画『ビー・バップ・ハイスクール』やドラマ『あぶない刑事』(日本テレビ系)、『チームバチスタ』(フジテレビ系)など大人気シリーズで知られ、数多くの作品に出演している仲村トオルさん。
1990年代後半からは香港や韓国、中国の作品にも参加し、韓国映画『ロスト・メモリーズ』(イ・シミョン監督)では第39回大鐘賞映画祭男優助演賞を受賞するなど海外でも評価を受ける。
2000年代に入ると、NODA ・MAP『エッグ』、KERA・MAP『グッドバイ』などさまざまな舞台にも出演。2021年8月に舞台、ケムリ研究室no.2『砂の女』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)に主演し、11月12日(金)には主演映画『愛のまなざしを』(万田邦敏監督)の公開も控えている。
◆コロナ禍であらためて感じた舞台の魅力
2021年8月に主演した舞台『砂の女』は、劇作家で演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチさんが公私ともにパートナーである女優・緒川たまきさんと結成した演劇ユニット「ケムリ研究室」の第2回公演作品。仲村さんは第1回目の公演『ベイジルタウンの女神』に続いての出演となった。
-ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さんとの出会いは?-
「はじめてKERAさんの演出を受けたのは、2010年の舞台『黴菌』(バイキン)でした。演者だけでなく音楽、美術などいろいろなパートを束ねる才能がすばらしい方なのでいろいろな発見がありました。
先輩俳優の方に、『舞台に出演することは引き出しの中に新しい道具が入るということ。最初は新しい道具に慣れないかもしれない。でも、1か月稽古をすると慣れてきて千秋楽には自分のものになる』と教えていただいたことがあるんですけど、KERAさんは本当に見たこともない道具を渡してくださる方。
稽古がはじまったときには見たことのない、使い方もわからない道具が最終的には自分の引き出しに残る。俳優としてとてもありがたいことだと思います」
-仲村さんは2020年、「ケムリ研究室」第1回目の公演『ベイジルタウンの女神』にも出演されました-
「コロナ禍で初日が迎えられるかどうかという不安はあったのですが、何とか初日の幕が開いて。カーテンコールの拍手を聞いたときには泣きそうになりました。お客さんの拍手はこんなにうれしいものなのかと」
-8月に上演された『砂の女』もとてもおもしろかったです。原作は安部公房さんで映画化もされた作品ですね-
「そうです。KERAさんが演出すると聞いて、原作を読まないまま『やります』とお返事して。いざ原作を読みはじめたら、ちょっと安請け合いしてしまったかなと思いました。実際、決してラクなお芝居ではありませんでしたが、でも結果はやってよかったと」
-謎の女性がいる出口のない場所に閉じ込められて-
「何とか脱出しようとしますが失敗に終わって。最後には閉ざされたところに居続けることを自ら選ぶわけですが、そうなったときに僕が演じた男はある種の解放感すら感じたと思います」
-カーテンコールの拍手がすごかったですね-
「昨年も拍手の音が聞けて泣きそうなほど感激しましたが、今年も本当にうれしかったです。舞台はお客さんの反応がダイレクトに自分に伝わるので、いろいろ大変なこともありますけど、これからもやっていけたらと思っています」
※映画『愛のまなざしを』
2021年11月12日(金)より全国公開
配給:イオンエンターテイメント 朝日新聞社 和エンタテインメント
監督:万田邦敏
出演:仲村トオル 杉野希妃 斎藤工 中村ゆり 藤原大祐ほか
妻(中村ゆり)を亡くしたことで、もう二度と誰も愛せないと思いつめ、生と死のあわいを彷徨うように生きる精神科医(仲村トオル)の前に現れたのは、彼を救済するかのような微笑みをたたえた女(杉野希妃)だった…。
◆最新主演映画でも謎の女性に翻弄されて…
11月12日(金)には主演映画『愛のまなざしを』が公開になる仲村さん。鬼才・万田邦敏監督がカンヌ国際映画祭にてレイル・ドール賞とエキュメニック新人賞をW受賞した『UNloved』、『接吻』に続き、共同脚本・万田珠実さんと紡(つむ)ぎ出した作品。前2作でもキーパーソンを演じた仲村さんが万田監督とタッグを組むのは3度目となる。
-万田監督と最初にタッグを組んだときはいかがでした?-
「『ロスト・メモリーズ』のクランクインが3か月くらい延期になると言われて、この空いた時間に何をしようかと思っていたときに『UNloved』のお話をいただいて。本を読んでみたらものすごく不思議な話で、不自然なセリフというか違和感のある言葉が並べられていると感じました。それがとても新鮮で興味が湧いたというか、『これを映画にしようとしている人たちっておもしろそうだな』と。
それで、はじめて万田監督にお会いして本読みをするときに、自分なりにこの不自然なセリフが自然に聞こえるよう、違和感のある言葉を違和感を感じないように言うということに挑戦してみようと思って本読みをしてみたんですけど、万田監督が『仲村さんの読み方が僕の狙いから1番遠いです』っておっしゃったんです。
『不自然なセリフを不自然に言うことで不自然さを克服してほしい』というようなことも言われて、『ちょっとよくわからないけどおもしろそうだな』という感じだったんですけど(笑)。
それでリハーサルになったら、『右足から歩きはじめて3歩で止まって左から振り返って、顎の角度もっと引いて』『それでは引きすぎ、上げて』という感じで、役の感情のこととかはまるで言わない演出方法だったんです。それが当時の僕としてはとても新鮮でおもしろくて、『じゃあこのやり方、万田監督の演出スタイルに完全に合わせてみよう』って。
自分ならこうする、自分はこうしたいというのは全部捨てて、『はい、そこで止まる』、『振り返る、この角度』、『セリフの抑揚そんなにいりません』、『音はもっと低く』というのに全部合わせてみようと思ってやってみたらとても楽しくて。
出来上がった作品もとても新鮮で、自分が今まで見たことのない自分が映っていると思いました。この万田組での経験はその後のほかの仕事にもとても影響があったと思います」
-長年俳優としてお仕事をされていらして、演じる人物像を組み立ててきたのを全部取っ払うことができるところがすごいですね-
「多分、香港映画に出ようと思った動機のひとつのような気がしますけど、90年代前半頃から自分に対してものすごく行き詰まっている感じがして。自分が進む道が狭くなってきている、そして道の両サイドの壁が高くなって、もう逃れられない状況かもしれないという意識がありました。
そして90年代後半になると、『同じところをぐるぐる回っているように見えるかもしれない』という感覚が強くなって。真上から見たらそう見えても、螺旋階段は同じところを回っているわけではなく少しずつ上がっていくのだから、『なんとか上に上がらないといけない』と思ったんです。そんなときに、香港映画や万田監督の『UNloved』のお話があったのは、今思うといいタイミングだったなと思います」
-『愛のまなざしを』に出演されたのは?-
「『接吻』が終わって、機会があればまたご一緒したいとずっと思っていて。実際に万田監督が僕にと考えてくださっていた作品があったんですけど、それがなかなか着地しない状態が続いていたのでようやく万田組に参加できる、とうれしかったです。
本を読んでみたらまた不思議な女の人がヒロインで、僕は妻を心の病がもとで失った精神科医の役。『複雑な過去を抱えた男だなあ』と思いました。撮影もきっと大変だろうけど、『UNloved』や『接吻』のように、すごく好きな映画になるだろうという予感はしていました」
-滝沢貴志役を演じていかがでした?-
「万田監督の演出は、『UNloved』の頃に比べたらストライクゾーンがちょっと広がったという印象が僕にはあったんですけど、それでも表に現れるもの、形とかからだの動き、何かをもつ、座る、立つという所作やタイミングを監督に言われた通りにやることにほぼ徹していました。
万田組は実際に画面に映る外側から作りはじめることによって、内側にそれまでなかったことが生まれる。やっぱりそういう経験ができる現場だと思いました。
最初は自分の感情みたいなものを無視するというか、封じ込めるというか…そんな状態から監督に言われた通りに動いてみる。すると、何か新しい感情が生まれる。撮影中に新しい感情を自分の心の中に発見するようなことが現場で何回もありました」
-とくに印象に残っていることは?-
「監督と一緒に取材を受けたときに監督が、僕が植木鉢を蹴り倒すシーンのことを話していたんですけど、僕には記憶がまったくないんです。そのシーンだけではなくて、現場で演じているときの記憶がほとんどないのは多分、僕自身の感情を使っていないから。それで、自分の記憶として残らなかったのではないかと。
それくらい貴志の気持ちだったというか、多分、映画の画面に映っているのは貴志の感情です、みたいな感覚です」
-『砂の女』もですが、女の人に翻弄される役が続きますね-
「そうですね。それにたまたまですけど、『砂の女』は閉ざされた砂底で、貴志の診察室も階段をおりた地下の一室でした」
-今後はどのように?-
「もうこの十数年変わらないような気がしますけど、俳優としての“欲望”に忠実にやっていけたらと。それは、『この役がやりたい』とか、『この人たちとやりたい』と本当に本気で思える役や人とやっていくということで、そういう仕事の現場でなるべく質の高いものを作り続けていけたらいいなと思っています」
テレビ番組のナレーションでもおなじみの渋くてソフトな声が聴き心地よい。幅広い役柄を演じ分け、ダンディーな大人の魅力がスクリーンに映える。(津島令子)
ヘアメイク:飯面裕士(HAPP’S.)
スタイリスト:中川原寛(CaNN)