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今年90歳の大村崑、27年ぶりに映画出演!「“人生三度ある”って言うけど本当に三度ある。チャンスがね」

「北野劇場」で出会い、『やりくりアパート』をはじめ長きにわたり花登筐さんとタッグを組んできた大村崑さん。

1970年には『細うで繁盛記』(日本テレビ系)でコミカルな演技を封印した渋い演技が話題に。「元気ハツラツオロナミンC」のCMや「うれしいとメガネが落ちるんです」というセリフも大流行。『山村美紗サスペンス 赤い霊柩車』シリーズ(フジテレビ系)の秋山隆男葬祭ディレクター、『西郷どん』(NHK)での西郷隆盛の祖父・龍右衛門役も話題を集めた。

2021年7月には、27年ぶりに出演した映画『ロボット修理人のAi(愛)』(田中じゅうこう監督)が公開に。2018年からは愛妻・瑤子さんと筋トレに励み、今年90歳を迎えるとは思えないムキムキの肉体で元気ハツラツ!

◆17年間タッグを組んだ花登筐さんと決別

テレビ黎明期に数々のヒット作を世に送り出し、17年間ともに歩んできた大村さんと花登さんだったが、決別することに…。

「3つ違いで、はじめは『コバコちゃん』、『コンちゃん』て、お互いにちゃん付けで呼んでいたんですよ。僕も神戸の家にいてもおもしろくないから、彼が嫁さんと別居して住んでいた一間のアパートによく行っていてね。

そこでミカン箱をひっくり返して机にして原稿を書いていたんですよ。布団を並べて寝て、朝になったらその原稿を僕が清書してあげるわけ。しゃべるのと同じ速度で書く人やし、書く字が独特で誰でも読める字ではなかったからね。

それで、一緒にメシを食って出かける。『コバコちゃん』、『コンちゃん』やったのに、いつの間にやら僕の人気が出てからクラブに行っても僕の方がウケるから、自分も眼鏡をかけだして『崑の兄貴です』って言ったりしていたんですよ。

それが周囲にぎょうさん人が付いて、『先生、先生』って言い出して。俺も『先生』と言わなあかんようになって。『今日飲みに行くぞ』って言われて連れて行かれるんだけど、僕は飲めないからカバンをもって、ちょっとトイレに行くような顔をして帰るんですよ。

そうすると、あくる日に先輩に楽屋でガーンと殴られる。首から上は殴らないんですよ。顔に傷をつけるとすぐに周りにわかってしまいうから、お腹(なか)とか急所とかを殴る。『お前はドロンの崑だ』って。

それでも結構我慢しながらやっていたんですよ。昭和34年に花登さんが劇団『笑いの王国』を結成したときには、花登先生が僕らに『所属している事務所やマネジャーと縁を切って来い』って言ったんですよ。僕は結婚を機に『こんプロダクション』という個人事務所を作っていたのでマネジャーもいたんですけど、先生が言うから仕方がないじゃないですか。

泣く泣く辞めてもらって『花登事務所』の所属になったんですけど、これがお金が入ってこなくなるひとつの要因でした。『役者はギャラのことは言うな』って言われていましたけど、だいぶ安いギャラで使われていたんですよね。

それにテレビにも出たいんだけど、舞台ばかりだったからなかなか呼んでもらえなくなって。『何でテレビに出ないの?』とか『何があったの?』ってよく聞かれました。僕らの中には先生に対する不満がたまるようになっていった」

-大村さんはすんなりと辞められたのですか-

「僕は昭和49年に辞めたんですけど、先生はまさかと思っていたんでしょうね。ビックリしていましたよ。僕が退団届けを出した前日、2番目の奥さんが離婚届を出したみたいで。『君は家内と結託しているのか。崖っぷちに立っている俺を後ろから突き落とすのか』なんて言われましたけど、決意は変わりませんでした。

先生と話をしていたホテルの前には、僕が乗り込んでいくという情報を聞きつけていたらしく、マスコミがいっぱい来ていろいろ聞かれましたけど『飼い犬も主人の手を噛むときもありますよ』と言ってタクシーに乗ったんです。先生との17年間がそこで終わりました」

◆コミカルなかけ合いはアドリブで

花登さんの元を離れ、フリーとなった大村さんはテレビ・映画・舞台・CMと精力的に出演。1992年にはじまった『山村美紗サスペンス 赤い霊柩車』シリーズの秋山隆男1級葬祭ディレクター、2018年の大河ドラマ『西郷どん』(NHK)での西郷隆盛の祖父・龍右衛門役も話題に。現在、映画『ロボット修理人のAi(愛)』(田中じゅうこう監督)が全国順次公開中。

「片平なぎささん主演のドラマ『赤い霊柩車』シリーズは京都の葬儀屋さんが舞台で、僕は1級葬祭ディレクターの秋山専務役。事務員役の山村紅葉さんとのコミカルなかけ合いがおもしろいと言ってもらっています」

-本当にかけ合いがおもしろくて楽しみです-

「でも、最初は葬儀屋というのに抵抗があったんです。関西では霊柩車を見ると親をもっていかれるから、親指を隠せといってグーをして、霊柩車を見ないという迷信がありました。それに、それまでの明るい大村崑のイメージじゃないと思ったんです。

1本目を撮って見てみたら、大声でがなってばかりいる葬儀屋のおじさんで全然おもしろくないんですよ。それで紅葉さんにお母さん(原作者・山村美紗さん)の連絡先を聞いて電話して、『僕みたいな喜劇役者が出ているのはご迷惑になるのではないでしょうか』って聞いたんですよね。

そうしたら、山村美紗先生が『大村さんを推したのは私なんですよ。おもしろくしてください。ぜひ、ドラマを引っ張ってください』と言ってくださったので、監督に聞いたら『やってみてください』と言われてチョビチョビッとギャグを入れてやるようになりました。アドリブで(笑)。

葬儀屋さんの組合の総会に呼ばれて、『赤い霊柩車のおかげで私たちのイメージが変わりました。ありがたい』と言われたこともありますよ」

-『西郷どん』も話題になりましたね-

「はじめに聞いたときは『ドッキリカメラ』だと思ったんですけど、NHKが『ドッキリカメラ』をやるわけがないなと思って(笑)。だまされたと思って行ってこようと思ってNHKに行ったんです。

そこで台本をもらって、自分の出演するシーンだけを読んで衣装合わせをすることになったんです。だけど、読んだら西郷隆盛のおじいさん役。西郷龍右衛門。薩摩隼人じゃないですか。衣装合わせに行ったら、黒澤明監督の娘さんの和子さんが衣装担当で。『あなたの衣装はこれです』と言って渡されたんですけど、病気で咳をしている役なんですよ。

それで、監督に『咳をしているということは寝たり起きたりしているんですか』って聞いたら『そうです』と言うので、『そうしたら顔をきれいに剃っているのはおかしいね。無精髭を生やしてもいいですか。それから衣装は水戸黄門のようなモンペみたいなのじゃなくて袴をください。ツギがあたっていてもいいから。それから小刀もください。お相撲でも1番最後の行司さんは小刀を差しているでしょう? あれは自分がミスをしたらおなかを切る、責任を取るという意味なんですよ。だから私に小刀ください』と言ったら全部聞いてくれました。

監督が『すみません。大村さんちょっと来てください。ここでちょっとお座りください』って言うんですよ、畳の上に。『座れますか?』と聞かれたので、『座れますよ』って答えて正座したら、『ちょっと立ってください』って言われたから立って、『今度はこっちに歩いてください』、『座ってください』って言われてやったら『はい、もう結構です』って。

それがオーディションやったんです。あの正座が出来なかったら、あの西郷龍右衛門の役はもらえてないわけです。よかったですね」

©︎2021 GENYA PRODUCTION ROBOT REPAIRBOY

※映画『ロボット修理人のAi(愛)』全国順次公開中
配給:トラヴィス
監督:田中じゅうこう
出演:土師野隆之介 緒川佳波 金谷ヒデユキ 大村崑 大空眞弓ほか

◆27年ぶりに映画出演「長生きしていてよかった」

実在のロボット修理人・乗松伸幸さんをモデルに、ロボット修理の天才的な技術をもつ少年が依頼品のAIBOをめぐり過去と向き合い、新しい絆を育んで行く姿を描く感動作『ロボット修理人のAi(愛)』に出演している大村さん。27年ぶりの出演となったこの映画では、娘を亡くした牧師を演じている。

「27年ぶりだから『長生きしていてよかったなあ』って(笑)。だからよく言うんですよ、『長生きしていたら必ずいいことがあるよ』って。『人生三度ある』って言うけど、本当に三度ある。チャンスがね」

-今回は娘を亡くした牧師さんという設定で-

「あれは榛名湖で撮ったんだけど、あそこに座ったら喜劇役者をやってはいけない。喜劇役者があそこで自分の本領を見せたら、自分は気持ちいいかもわからんけどストーリーから見たら外れてしまう。監督はよう見ているから、僕に芝居をさせない。

『あなたの精神がずっと最後まで繋がっていますから、重要な役です。よろしくお願いします』と言われてあそこ(榛名湖)にポンと置かれたらやね、もうあのセリフ、現場で増やしてもらって、もう1シーンか2シーン作ってもらうという気持ちで来たんですけど。

だから途中で1カット入っていますよ。教会の写真。それからもうひとつ。だから3つあるのかな。それだけでも十分、大村崑があの役をやっているということを皆さんわかってくれるし。

最初は牧師役というのに抵抗があったんですよ。10代のときに神戸の西新開地で因縁つけられたチンピラと教会の横で決闘になったことがあって。こっちが4人で、相手が7人。

こっちに強いやつがひとりいて、もうちょっとで勝つというときに見たことのない大きなおっさんがやって来て、僕をものの見事に柔道技で投げて気絶させて。教会の中に入れて水をバーッとかけて、『こら、俺の教会の前でケンカしやがって、このヤロウ、起きろ!』って言われて血だらけで起きて見たら、それが牧師さんなんですよ。

それからその牧師さんの日曜学校に通うことになって、散々しぼられてこき使われて。合図が来たら帽子をもって献金してもらうために教会の中を回るんですよ。献金が少ないと『お前これまじめにやっているのか。まじめにやっていたらこんなものじゃないだろう』とかって言われて頭をどつかれた。だから牧師といったら僕の印象はものすごく悪い。

『やかましい、このやろう。何が牧師だ』って言って、そこらのものを蹴り倒してやめたの。それからしばらくして芸能界に入って、心に傷があるし、お金もってお詫びに行ったんですよ。そうしたらもう牧師は死んでいて、もういませんでした。

奥さんが車椅子で出てこられてね。開口一番、『あんた偉くなったね、テレビで。お父さんいてたら喜ぶのに。献金しなさいよ、献金』って言うんですよ。まったく変わってなかったですね。献金はポケットに入れていたんだけど、『失礼しました』ってそのまま帰りましたよ。

僕が映画の中で演じた森田さんのような牧師じゃないの。森田さんは自分の死んだ子どもの姿を見るために魚釣りをしているんだけど、あんなきれいな人の役ができて、長生きしてよかったと今思っています」

-舞台あいさつで久しぶりに東京にいらっしゃいましたが、いかがですか-

「新幹線の車中でいつも本を読んでいるんですが、車中で場内アナが『まもなくあと5分で東京に着きます』と言って。窓の外の夜の東京は1年ぶりですからね。東京駅に着いたときには涙がどばっと出てしまいました」

-舞台上では誰よりも声が大きいし、お元気そうでした-

「からだを鍛えているからね。はじめはお料金を払っておりましたけど、ジムの方から『コマーシャルやってください』って言われて、今はCMに出るようになって、無料ですよ(笑)」

-はじめたきっかけは何だったのですか?-

「僕が家内とデパートに出かけたとき、僕のおなか周りが1メートル近くあって、からだのサイズに合うジーンズがなかったんですよ。僕はからだは太くないんだけど、おなかだけが出ていて。それで家内がCMで有名なパーソナルジムが自宅の近くにあるのを見つけて、夫婦で契約しました」

-トレーニングはどのくらいやられているのですか-

「僕は火曜日と金曜日、週2日。家内は日と火と木と金、4日間行っています。1日2時間やっています」

-2時間もですか-

「そうです。僕は肺結核で右の肺を全部取っちゃったから胸がペチャンコだったんだけど、今はランニングシャツを着たら、筋肉が付いてきたから両方の乳首が見えるようになりましたよ」

-大胸筋がしっかり盛り上がっていますね、上腕二頭筋も-

「そう。素人さんが器具を買ってやるのもいいけど、しんどくなるとやめるじゃないですか。疲れが残るだけです。本当に筋肉がつくのはしんどいところから数を増やすことによって筋肉がついてくるんですよ。

バーベルをあげて10回、それでやめたら何もならん。10回やってやめるところをトレーナーが後ろに付いて補助しながら、『あともう3回いきましょう』とかって言われて何とかやると、『はい。いいでしょう。もう2回行きましょう』って言われて。

『できないよー』って言いながらもう1回あげると、『はい、もう1回、最後です、いきましょうか』『あかーん』『大丈夫です。私が付いていますから。いきましょう』なんて、ワーワー言いながら3回やるから筋肉痛になるんです。その筋肉痛がなくなったところに本当の筋肉がついてくるんです」

-今、膝とか腰は全然痛くないのですか-

「まったく痛くありません。だから本当に悪いところは何もなくなった。睡眠時間も、筋肉トレーニングをはじめる前は3回くらいオシッコに起きていたんだけど、今は1回。このところは朝まで一度も起きずに7時間くらいぐっすり寝ているときもあります。だから爆睡しているわけです。

うちでも家内とトレーニングの話題が多くなりましたよ。運動をはじめて効果が出て、自分のからだが変わってくると『筋肉は生きているんだなあ』って実感するんですよね。

元気になってきたら人間というのは、人生変わってくるよ。皆さん年齢を重ねると『年をとった』と言われるのがいやだから、高齢者って言われると『俺は高齢者と違うよ。俺はそんな年寄りと違う』なんて言う人が居るじゃないですか。僕は違うんです。からだを鍛えてからは自分のほうから『僕は90でっせ』って言うもん。そうすると、みんな『エーッ!』って驚くからね。それがうれしいんですよ(笑)」

ジャケットの上からも引き締まった筋肉がわかるほど元気ハツラツ。見ているだけで元気が湧いてくる。新型コロナが終息したら、奥さまと一緒に映画のロケ地となった榛名湖にまた行きたいと目を輝かせる。今後もさまざまな役柄に挑戦して楽しませてほしい。(津島令子)

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