田中美佐子の“やんちゃ”な過去に林修が仰天!「今だったら新聞に載る」
7月16日(日)に放送される『人生で大事なことは○○から学んだ』では、ゲストの人生に大きな影響を与えたという街を紹介していくコーナー「あの街シリーズ」がスタートする。
この日のゲストは、女優・田中美佐子。
生まれてから14歳まで暮した島根県・隠岐諸島に「今の私をつくった全てがあるんです!」と語り、田中が当時の地図で思い出の場所を振り返りながら、現在の様子を捉えた現地取材を交えながら紹介していく。
◆9歳まで暮した「中ノ島」
田中が生まれ育った島根県・隠岐島は、西ノ島、中ノ島、知夫里島のある「島前(どうぜん)」と、最も大きな島である「島後(とうご)」を中心に、大小およそ180の小島からなる諸島だ。
壮大な断崖絶壁のある迫力満点の景勝地・摩天崖や、夕日が火を美しく灯すように沈んでいくロウソク島など、大自然の宝庫としても知られている。
そんな島のなかで田中が生まれ育ったのは、中ノ島という小さな田舎町。生まれてから9歳まで暮したその中ノ島で、生家のあった場所や通っていた保育園、友達とよく遊んだ海岸などを現在の様子とともに紹介。
「中ノ島は、自分の原点で、宝物のような場所です」と語る田中。田舎で何もなかったからこそ自然豊かな海岸や神社の境内が遊び場所になったといい、現在の西ノ島の様子をVTRで見ながら「“生きていくこと”と“遊ぶこと”が直結していたように感じますね」と当時を懐かしむ。
◆林修、古坂大魔王も仰天の田中の幼少時代
そして、田中が西ノ島から親の転勤で隣の島後へと引っ越したのは、小学3年生のとき。そこで通った小学校の先生や、近所に住んでいた友達の親御さんなどの証言から、少女時代の田中を振り返ると意外にもやんちゃでおてんばだったことが判明。
田中は、「屋根の上で追いかけっこしたり、川に飛び込んで遊んだり。屋根の上では、一歩間違えて空中でジャンプして落っこちたりもしていましたね(笑)」と笑いながら当時を振り返ると、レギュラーパネラーの林修は「今だったら新聞に載っちゃうほどの大事故ですよ!」とコメント。
それでも、屋根の上からジャンプして降りるのは「当たり前のことでした」とケロリと答える田中。ゲストパネラーの古坂大魔王が「伊賀の忍者の話じゃないですか!」と仰天する場面も。
「(隠岐の大自然の中で)貴重な生き方をさせてもらったことを、心からありがたいと思えますね」としみじみ語った田中。
生まれ育った島の風景、そして保育園の同級生など縁ある人々の証言から、素顔の田中美佐子の姿が明らかになっていく「あの街シリーズ」。はたして、田中が隠岐島から学んだこととは? そして、田中の意外なオトボケキャラ(?!)な一面にも注目だ。
◆勝俣州和が語る東京・祖師ヶ谷大蔵の魅力
そのほかにもこの日の放送には、ゲストとして勝俣州和が登場。大学に通うために上京した街であり、芸能界デビュー後もしばらく暮らしていたという東京・祖師ヶ谷大蔵の魅力を当時の思い出とともに振り返っていく。
※番組情報:『人生で大事なことは○○から学んだ』
2017年7月16日(日)午後7:58~午後8:54、ABC・テレビ朝日系