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清水俊輔アナが語る「野球実況」の奥深さ。あえて30秒沈黙した伝説の場面とは?

スポーツ中継に欠かせない“実況”。しかし、観ている側がそのテクニックや難しさについて深く考えることは、あまりないかもしれません。

©テレ朝POST 撮影:長谷英史

そこで、スポーツ実況、なかでも今回は「野球の実況」について、テレビ朝日入社16年目の清水俊輔アナウンサーに話を聞いてみました。

プロ野球のペナントレースから、日本シリーズ、そしてWBCまで…さまざまな試合で実況を担当してきた清水アナが語る、ビジネススキルや普段の話し方にも役立つ“野球実況”の奥深さとは?

 

◆資料は“ペライチ”

今回はまず、清水アナが実況席に持ち込む資料を見せてもらいました。

©テレ朝POST 撮影:長谷英史

てっきり分厚い資料やノートが出てくるかと思いきや、「これですね」と机に置かれたのは、いわゆる“ペライチ”の資料。これだけで約3時間の野球中継をもたせられるものなのでしょうか?

清水アナ:「あくまで僕のルールですが、ペナントレースの場合、1チームの情報をA4におさめて資料をつくるって決めてるんです。それで、両チームの資料を繋いでA3にして、その紙を自分の前に置いています。だから、紙1枚で喋っているということになりますね」

――その資料には、どんな情報が書かれてるんですか?

清水アナ:「何が書かれているか、というよりは、書かなくても分かっていることは書かないんです。

たとえばこれは、最近行われたセパ交流戦“楽天対巨人”の実況をしたときの資料ですけど、巨人の坂本勇人選手が“昨年首位打者になった”とか“青森の光星学院出身でドラフト1位だ”とか、そういう情報は書かなくても分かっていることなので、わざわざ載せません。

それよりも、“先週6試合の成績はどうだったのか?”とか、“首位打者になったときの細かい数字はどうだったか?”とか、そういう新しい情報や覚えきれない可能性がある数字を書くようにしてますね」

©テレ朝POST 撮影:長谷英史

――太字や色付きにしている箇所もまったくないんですね。

清水アナ:「そうなんです。この資料には、大事じゃないことはひとつも書かれてないんですよ。むしろ、すべてが太字や色付きにしたい情報で、そうする必要がないことは載せません。言ってしまえば、そぎ落としてるんです。

だから、資料をつくる最後のほうはいつも、“いかにA4におさめるか?”というカットの作業になっていきます。当然自分では読めますが、そのために暗号だらけになってますよ(笑)

そうまでして何で1枚にしたいのかといえば、単純に、実況しながら紙をめくって情報を探すことってできないんですよ。だから、僕にとっては“資料は1枚”っていうのは基本です」

――なるほど。では試合(実況)中は、基本的にこれ以外に見る資料はないんですね。

清水アナ:「はい。ただ、これを見ながら喋るっていうことも、実はほとんどありません。結局、資料をつくりながら現状のチーム状況を把握していくっていう作業なので、つくることで内容は頭に入っていくんです。

実際のところ、試合中はグラウンドの動きを肉眼で確認して、カメラが何をとらえているのかもモニターで確認して、さらに時には解説者の目を見て話を聞くこともあるので、なかなか資料に目を落とす暇がありません。

だから、やっぱり大事なことは頭に入れておく必要がありますね」

清水アナは、実況を担当し始めた当初は不安な気持ちからさまざまな情報を載せた資料をつくり持ち込んでいたそうですが、経験を積んでいくうちにこの“ペライチ”スタイルに行きついたそう。

資料をつくりながら情報を整理し、大事なことは頭に入れ、目線を落とさずに喋る。これは、会議やプレゼンなどの場でビジネスマンも意識すべきことなのかもしれません。

 

◆「事実の重み」「表現の使い分け」

©テレ朝POST 撮影:長谷英史

資料の話は、実況をする際の“言葉の使い方”の話へとつながっていきます。

――清水アナの実況資料には、数字がとにかく多く載っているという印象を受けますが、数字にこだわりはありますか?

清水アナ:「数字というより、事実ですね。たとえばいまWBCの実況をしていて、チャンスの場面で内川聖一選手が出てくるとします。

そこで、『日本を代表するヒットメーカー、ベテラン内川、ここで出てきました』って言うよりは、『プロ17年目内川、ここで出てきました。過去2度のWBCではいずれも打率3割を超えています』というように、数字や事実を添えて紹介したほうが期待感が増しますよね。

数字や事実には、そういう重みがあるんです。だから、WBCの際の実況資料では、わざわざ所属チーム名とかは書かず、昨シーズンの数字や過去に獲ったタイトルを主に記しています」

――なるほど。それ以外に“言葉の使い方”でこだわっている部分はありますか?

清水アナ:「同じ内容を言う際にいくつか違う表現をもっておいて、それを使い分けるということですね。

たとえば、大事な場面で投手が“アウトコースのストレートで三振”をとってチェンジになったとします。このとき、『アウトコース!ストレート!三振!』と実況するよりは、『そと!まっすぐ!三振!』って言ったほうが、聞いているほうは気持ちがいいと思うんです。

これは何が起きているかというと、アウトコースという言葉は“外角”や“そと”と言い換えられる。そしてストレートは、“直球”や“まっすぐ”と言い換えられる。つまり両方3パターンはあって、“アウトコースのストレートで三振”ということを言うだけでも3×3で9パターンあるんですよね。

この9パターンの中で、そのときのシチュエーションに最も合った言い方を選んでいます」

――それは、普段の話し方でも重要なことかもしれませんね。

清水アナ:「はい。同じ内容を言う際にいくつか違う表現をもっておいて、それを上手に使い分ければ、話は多彩になるんですよ。

僕自身、若い頃はなんでもかんでも“痛烈”という表現を使っていました。『痛烈な打球』という感じで。でも、実際のところ“痛烈”ってよく分からない…。それよりは、強い打球・鋭い打球・速い打球って使い分けて選んで言ったほうが、彩りをもってうまく伝わりますよね」

©テレ朝POST 撮影:長谷英史

◆30秒黙った伝説の試合

このように、言葉の使い方に対して強いこだわりをもつ清水アナ。

野球実況についてはさらに、「野球は、圧倒的にボールや試合が動いていない時間のほうが長い。そのなかで約3時間話し続けなければならないので、野球実況はアナウンサーの仕事のなかでも最も難しい仕事のひとつです」と話します。

しかし、そんな清水アナが、あえて“黙る”ことを選択した試合があったそう。それも、30秒間も沈黙したというから驚きです。それは一体、どんな場面だったのでしょうか?

清水アナ:「2013年の楽天と巨人による日本シリーズ。この日本シリーズで僕は7試合中3試合で実況させてもらったのですが、最後の第7戦は特に忘れられません。

この年は田中将大投手がペナントレースで24勝0敗を成し遂げた年で、まさに“田中投手の年”でした。そして、楽天にとって初の日本一がかかった最後の試合の9回、前日の第6戦で160球投げた田中投手が、抑えで出てきたんです。

田中投手がマウンドに向かうとき、球場には田中投手のテーマソングであるファンキーモンキーベイビーズの『あとひとつ』が流れていて、仙台のファンはみなさんそれを歌っている。

それで僕は、“あぁ、大合唱しているなぁ”と思いながら言葉少なにポツポツと実況していたのですが、ついに曲のサビがくるとき、『サビがくる、ここは喋っちゃダメだ、黙らなきゃ』と思って、球場の異様な雰囲気を伝えるためにサビが始まる瞬間から30秒くらい完全に黙りました

あの球史に残る一瞬に実況として立ち会えたことは、忘れられないですね」

野球ファンにとっては説明不要な、この伝説の場面。

ここで“黙る”という実況を選択した清水アナですが、「現場のスタッフから“喋って”と言われなかったんですか?」と聞いたところ、「言われないです」と一言。そしてその理由を、次のように答えていました。

「スポーツ実況は、すべてはアナウンサー次第。アナウンサーに主導権がある仕事なんです」

©テレ朝POST 撮影:長谷英史

 

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