大方斐紗子82歳、数多くの舞台経験。外国人の演出家は「日本では考えられないくらい厳しい」
俳優座付属養成所を卒業後、劇団青年座で舞台女優として数多くの舞台を経験し、フリーとなった大方斐紗子さん。
外国人演出家の厳しい舞台も経験。ドラマや映画など映像の仕事に加え、シャンソン歌手としても活動するなど幅広いジャンルで活躍。高畑勲監督がはじめて長編動画を手がけた映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』では主人公ホルスの声を担当し、声優としても話題に。
◆吸えないタバコを吸ってオーディションに
1968年、高畑勲監督にとってはじめての監督作品『太陽の王子 ホルスの大冒険』が公開された。この作品は、宮崎駿監督がはじめて本格的に制作に携わったアニメーション映画でもある。大方さんはオーディションで主人公ホルスの声を担当することに。
「男の子の声だからというので、そのときタバコなんて吸えなかった人間なのに何箱も何箱もタバコを吸って、声を潰してオーディションに行ったんです。バカですよね(笑)」
-主役の声に決まったと聞いたときはいかがでした?-
「とてもうれしかったです。スタッフさんもみんな優しい方ばかりでした。キャラクターやそれぞれのシーンの背景をとても詳しく説明してくださってね。『ここではこういう音楽が流れます』と言って音楽を流してくださったりして。とにかくスタッフさんも声優さんもみんな一生懸命でした。
平幹二朗さんが悪魔グルンワルド役、市原悦子さんがヒルダ役でね。私たち3人はラジオドラマのように声だけを吹き込んだんですけど、何回も呼ばれました。
とにかくスタッフさんもキャストもみんな一生懸命で、熱いエネルギーにあふれていた現場でした。何年もかけて本当に丁寧に作られた作品でした」
-その当時の高畑監督と宮崎監督はどんな感じでした?-
「高畑さんはとても静かで、宮崎さんのほうが印象強かったですね。だから、最初は宮崎さんが監督だろうなと思っていました(笑)」
-声のお仕事もたくさんされていますね-
「なんかたくさんやっていたような気もするけど忘れちゃった(笑)。1日で済むのが声の仕事なもので、子育てのときに舞台や映像の仕事は全部断わっていましたけど、声の仕事はできたんですよね」
大方さんは30歳のときに結婚し、翌年長男を出産。最初のうちは映像の仕事や舞台、アルバイトもしていたが、息子さんが小学校2年生のときのある出来事を機に映像の仕事はいったんすべて断ることにしたという。
「息子が小学校2年生のときに国語の授業参観があって、その帰り道に授業のテーマだった『生きがい』について話したんです。そのときに息子は私の仕事のことを理解してくれているんだと思っちゃって、いつもなら年末年始は家にいるようにしていたんですけど、その年は年末ギリギリまで舞台の仕事を入れてしまったの。
それで仕事を終えて帰宅したら、襖(ふすま)がボロボロに破れていて、息子が『なんでお正月まで仕事をするんだよ。福引もできないじゃないか』って泣いていて…。
商店街では年末に買いものをすると福引の券がもらえるんです。息子の友だちの家ではその券を集めてお母さんと一緒に福引に行くのに、自分はそれができないって泣いていたんです。その姿を見て反省しました。もうどんなに貧乏でもいいやと思って、すべての仕事を断ることにしたんです」
-すごい決断ですね-
「これで不良になられたら大変だと思って(笑)。そうしたら、ある日電話がかかってきて『すみません。まだ仕事できないんです』っていつもと同じように断っていたんですね。そうしたら息子がやって来て、『たまにはやれよ。俺のことはなんとかするからさ』って言ってくれて、またやることになりました(笑)」
◆外国人の演出家に厳しく鍛えられ…
数多くの舞台に出演している大方さん。どの舞台にもスムーズに入っていけるのは、たくさんの外国人の演出家から指導を受けたからだという。
「外国人の演出家は日本では考えられないくらい厳しいんです。その方たちからは演技の本質はずいぶん学びました。厳しかったですけど、納得できるんです。『こんなのはない』なんていうのはひとつもなかったですね。
いつも『ふーん、なるほどなあ』ということばかりでした。たとえば、ロバート・アラン・アッカーマンさんの舞台には若い頃と50代の二度出させていただいたんですけど、本当に厳しかったです。メッタ斬りにされましたよ(笑)。
舞台では一歩も歩けなくなるくらい絞られました。舞台の袖にドアがあって、バーンと引っ込むとするとその引っ込み方、それからバーンと入ってくる入り方など、そのすべてを逐一やり直しさせられるんです。
それで引っ込んだら、何時間でも次に出るまでその場にいなきゃいけない。せめて椅子を用意してくれと言ったら、『しょうがねえな』って言って、やっと椅子を用意してくれるくらい。
でも、自分が出ていない場面だからといって楽屋に行くなんてとんでもないこと。全部舞台で何が行われているかを袖で聞かなければいけない。ほんのちょっとの役でもですよ。でも、今にして思えばすごいことを学んだなぁって思います。そのくらい精通してなきゃいけないんですよね」
-そういう演出家の方を経験すると、もう何も怖くなくなるでしょうね?-
「そうです。何も怖くないです(笑)。アッカーマンさんは映画の監督もされていて、『ラーメンガール』(2008年)という映画に出たんです。
同じ福島出身の西ちゃん(西田敏行)のお母さん役だったので、『これ2人で福島弁でやろうか?』って福島弁でかけ合いしていたんですね。でも、その前に『アッカーマンさんに福島弁でいいかどうかちょっときいてくるね』って聞きに行ったら、『言葉なんてわからないからな。いいよ』って言われました(笑)。『標準語でも福島弁でもわからないんだから、そりゃそうだな』って(笑)。
ほぼ全編日本で撮影だったんですけど、一番びっくりしたのは、アッカーマンさんがスタッフの数を見て、『これしかいないの?』って言ったんです。スタッフは20人くらいいたかな。『これしかいないの? 普通はスタッフが70人以上はいるよ』って言ったので、『やっぱり海外はスケールが全然違うなあ』と思いました」
-舞台では20代と50代、映画出演は60代のときですが、アッカーマンさんに変化はありました?-
「若い頃とは違っていました。『ウソでしょう?』っていうくらい丸くなっていました(笑)。だから、年がいってからのアッカーマンさんに『昔は怖くてね、先生が』って言ったら、『そんなだったか?』って笑っていました(笑)」
-外国人の演出家の方との舞台も多いですね-
「そうですね。アッカーマンさんの後、フランス人とイタリア人の演出家の舞台にも出させていただいたんですけど、本当に厳しかったです。一歩足を前に出すだけでも大変でしたし、ちょっとしたセリフでも何時間も指導を受けるという感じでした」
-でも、大方さんは外国人の演劇関係者からの信頼も厚く、大方さんが主演ならということで日本での上演許可がおりた作品もあると聞きました-
「はい。ミュージカル『ハロルドとモード』ですね。作家のトム・ジョーンズさんに演出家の方が日本での上演許可をもらいに行ったとき『大方斐紗子でやるならいいよ』と言われたそうです。
それを聞いたときには本当にうれしかったです。自分には才能がないのかもしれないと悩んだこともありましたけど、辞めないでよかったなあって。はじめての主演作品でした」
さまざまな役柄を演じ、圧倒的な存在感で記憶に残る大方さん。舞台で培った確かな演技力でドラマ、映画でも印象的な役柄を演じることに。
次回後編では、映画『恋の罪』(園子温監督)の撮影裏話、忘れられない杉村春子さんの言葉、5月8日(土)に公開される映画『なんのちゃんの第二次世界大戦』(河合健監督)の撮影エピソードも紹介。(津島令子)
※映画『なんのちゃんの第二次世界大戦』
2021年5月8日(土)より渋谷ユーロスペース
2021年5月22日(土)より名古屋シネマテークほか全国順次公開
配給・宣伝:なんのちゃんフィルム
監督:河合健
出演:吹越満 大方斐紗子 北香那 西めぐみ 西山真来 髙橋睦子
平成最後の年。太平洋戦争の平和記念館設立を目指す市長(吹越満)の元に一通の怪文書が。送りつけてきたのは、BC級戦犯遺族の南野和子(大方斐紗子)。そこから市長vs.南野家の攻防劇がはじまることに…。