「私にとって第二の故郷」山形で新体操を教えるブルガリア人女性。コロナ禍でも日本にとどまる理由
テニスの現役を退いてから「応援すること」を生きがいにしている松岡修造が、東京オリンピック・パラリンピックや未来に向けてがんばる人たちを応援する「できる宣言」。
今回紹介するのは、山形県村山市に住むたったひとりのブルガリア人、アントアネタ・ヴィターレさんだ。
◆「その時、日本に恋をしました」
新体操の強豪、ブルガリア元代表で、1993年にはヨーロッパ選手権で金メダルをとったこともあるアントアネタさん。
新体操を教えるために来日し、人口わずか2万3千人の村山市で幼児から中学生までの子どもたちに向けて新体操教室を開いている。
実は村山市は、ブルガリア代表チームの事前合宿地であり、3年前から交流がスタートしていた。それを知ったアントアネタさんは、ぜひ日本に行きたいと思ったという。
「現役時代の1993年に日本に来たことがあるんです。その時、日本に恋をしました。私の心の奥に何かが残ったので、指導者を募集していることを知り、このチャンスを逃したくないと思ったんです!」
当時、イタリアで夫と2人の子どもたちと暮らしていたアントアネタさんは、1年間離れ離れになるけれど日本に行かせてほしいと家族を説得。2019年8月に、単身日本にやってきた。
ところが、コロナ禍でオリンピックは延期に。アントアネタさんは“ある思い”から、家族のもとに帰らずに村山市に残ることを決める。
◆「一生懸命に自分の目標を追いかけることが大事」
「母親は家族と一緒にいるべきだという人もいるかもしれないですが、私は今、村山市でオリンピック・パラリンピックの交流を任されています。人生にはどんなハードルがあっても、絶対にあきらめない。一生懸命に自分の目標を追いかけることが大事だと知ってほしいのです」
アントアネタさんがあえて帰国しなかったのは、自分ががんばる姿を子どもたちに見せたかったから。
現在イタリアで暮らす子どもたちは、「時々ママがそばにいたらって思うことはあるけど、ママが幸せなら僕も幸せだよ」と母親にエールを送っている。
そんなアントアネタさんを支えるため、村山市の人たちも「ハーイデナシテ!(がんばれ、我が女子たち)」とブルガリア語で応援の言葉を贈った。
異国の地でひとりがんばる彼女がさびしくないように、地元名産の漬物を紹介するなど、交流の場を作っているそう。
「私にとって村山市は、本当に第二の故郷なんです」と語るアントアネタさん。現在は日本語を勉強中で、好きな日本語は「心」と「がんばれ!」だという。
村山市の人たちとブルガリアの心をつなぐアントアネタさんの「できる宣言」は、「ハーイデナシテ!村山を新体操で元気にするぞ!」。
修造は「心」「がんばれ!」とエールを送った。
※番組情報:『TOKYO応援宣言』
毎週日曜あさ『サンデーLIVE!!』(午前5:50~)内で放送、「松岡修造の2020みんなできる宣言」も好評放送中、テレビ朝日系