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安藤麻吹、数々の大物ハリウッド女優を吹き替え。やりやすかったのは「ナオミ・ワッツやハル・ベリー」

劇団俳優座で舞台女優としてキャリアをスタートさせた安藤麻吹さん。

30歳のときに米人気ドラマ『ER緊急救命室』でマイケル・ミシェルの吹き替えで声優デビューすると、次々と声の仕事のオファーが舞い込み、ジェニファー・ガーナー、サルマ・ハエック、ナオミ・ワッツ、キャメロン・ディアスなど人気女優の声を担当することに。

◆海外ドラマはいきなり大幅変更になることも

はじめて声優にチャレンジした『ER緊急救命室』でレギュラーとなった安藤さん。毎週行われる収録に慣れるまでは大変だったという。

―声のお仕事に慣れるまでにはどのくらいかかりました?-

「わりと早かったと思います。本当にありがたいことに『ER』のディレクターさんがいろいろと面倒をみてくださって、『ER』以外の作品でもたくさんの台詞(セリフ)をしゃべる役を数多く与えてくれましたので、演技以外の技術的なことや雰囲気にはわりとすぐに慣れました」

-最近は声優学校を出た方も多くなりましたが、昔は舞台や映画に出演されていた俳優さんが吹き替えをされていましたね-

「そうですよね。舞台出身の私は、当時声だけの演技に関して何がよくて何が必要なのかが肌感覚としてわからなかったので、その辺はずっと迷いながらやっていたような気がします。

『これでいいのかな、ちゃんとできているのかな。でも、ディレクターさんが大丈夫って言うから大丈夫なのかな?』という感じでしたけど、わからないなりに数をこなさせてもらって慣れていったという感じでした」

-ご自身のなかで大丈夫かなという思いがなくなったのは?-

「それは結構経ってからですね。5、6年くらい経ってからだと思います。さまざまな制約のなかでいかに自分の芝居ができるか、楽しめるかを挑戦できるようになってきてからでしょうか」

-声の仕事をはじめられてから次から次といろいろやられていますよね-

「当時はそうですね。本当にありがたいことに作品数も多かった。きっと年齢的に役の数も多かったのでしょうね」

その後、米人気ドラマ『エイリアス』が日本で放送されることになり、安藤さんはジェニファー・ガーナー演じる主人公の二重スパイ、シドニーの声を担当することに。これがレギュラードラマの主人公の声デビューだったという。

-二重スパイの役でしたが、キャラクター設定が複雑で難しかったでしょうね-

「そうですね。とりあえずやる前にディレクターさんとかプロデューサーさんといろいろ話はしますけど、彼らも全部を見ているわけではないので『こんな感じかね? あんな感じかな?』と探りながらみんなでやっていきました」

-父親もスパイで、死んだはずの母親が生きていて彼女も凄腕(すごうで)のスパイ、さらに敵か味方かわからないというすごい展開でした-

「そうでした。もうムリくりで、何でもありでしたけどおもしろかったです。潜入シーンも多かったのでいろんな場所に行きましたし、いろんな国の言葉もしゃべりました。へたくそな外国語を(笑)。

毎回、その都度違う外国の言葉の先生に来ていただいてわたし1人居残って練習するんですけど、『ジェニファー・ガーナーだってちゃんとしゃべっているのか、それはちょっとどうなんだろう?』と思いながらやっていました(笑)。

外国語のセリフをカタカナで書いた紙を渡されて、それっぽくしゃべってくれればいいからとは言われていたんですけど、先生が来ているから結構厳しかったです。よくしゃべりましたね、いろんな国の言葉を。なつかしいです」

-主人公なのでほとんど出ずっぱりですし、アクションシーンも多くて-

「アクションシーンも多かったですね。めちゃめちゃ戦いました。おかげで強そうに聞こえる息遣いだけはうまくなったと思います。ジェニファー・ガーナーもあれが出世作だったので頑張っていましたからね、戦いまくって(笑)」

-『エイリアス』では恋人役のマイケル・ヴァルタンと私生活でも恋愛関係になって、シリーズ途中で別れてベン・アフレックと結婚して妊娠、離婚…といろいろあったみたいですね-

「あの2人付き合ってたんですか!? 知らなかったです。第5シーズンでは彼女自身が実生活で妊娠したのでヒロインも妊娠した設定になっていましたけど、海外のドラマは本当に見事に設定が変わるんです」

-アメリカなどでは契約書がものすごく厚いのに結婚、離婚、妊娠に関してはわりと自由な感じですね-

「そうですよね。だからその辺りは自由でいいなあと思います。だんだん顔が丸くなってきたなあと思っていたら妊娠していたとかいうことがよくありますから(笑)。

ただ、レギュラーでずっと出るはずだったのに、突然、急に出なくなりましたと言われることもあります。ケンカしたとか、ギャラでトラブルになって降板ということも普通にあるので」

-海外のドラマは何シーズン続くかわからない反面、1シーズンで終わってしまうドラマもあるのでは?-

「そうです。本国ではこのシーズンまではやっていて、そのあと予定はあるけど私の役はそのまま出るかどうかはわからないよ、という感じで聞かされていますから、『頑張れ、頑張って続いて』っていつも願っています(笑)」

-『エイリアス』は第5シーズンまでありましたね-

「はい。当時としては結構続いたほうだと思います」

-『エイリアス』シリーズのほかにもジェニファー・ガーナーの声を担当されていますね-

「そうやって呼んでいただけるのはとてもうれしいです。今は昔みたいにこの役者さんの声はこの人というようにはなっていないので。この女優を以前担当していたからということで、その方のほかの出演作にも呼んでいただけると、認めていただけているんだなと思ってすごくうれしくてやりがいを感じます」

◆声優はベテランでもオーディション

舞台をメインにやっていたときには実家暮らしでアルバイトもしていたが、声の仕事をはじめてからは経済的にも心配しなくてすむようになったという。

「舞台だけやっていたときは食べていけないので、実家暮らしをしてホテルにあった大きなビヤレストランでウェイトレスのアルバイトをやったりしていました。だからそういった面でも、声の仕事をはじめてからは自分の演技でお金をもらえる喜びを知って、これは心して頑張って生き残らなければいけないと思いました」

-声優さんの仕事でスケジュールがとられて舞台や他の仕事を入れるのは難しかったのでは?-

「声優の仕事のほうが融通をきかせてくださったこともありました。レギュラーの場合、収録は毎週あるんですけど、そこのスケジュールがぶつかったときは『抜き録り』というのですが翌週の回の収録後、前の週に休んだ分をひとりで録ってもらうんです」

-顔出しで撮っているわけではないので、そういうことができるわけですね-

「そうなんです。ただ、そういうことをやるのは何か生意気じゃないですか(笑)。『声よりも撮影のほうが、舞台のほうが、優先度が高いのか』というふうに誤解されるのがとても嫌だったので、俳優座にいるときは顔出しの仕事はやらずに声の仕事だけ集中してやらせてもらっていました。

声って本当に正直なんです。いくら体よく繕ってみたつもりでも、ディレクターさんやミキサーさんのような聞く人が聞けば簡単にわかっちゃうんです。本気かそうでないかなんて簡単に。下手くそだけど真摯に仕事と向き合いたいと思っていました」

-声を担当した作品は必ずチェックされるのですか-

「いえ、今までやった作品は何か恥ずかしくてほとんど見たことがないんです。でも今さらなんですけど、自分はこういうつもりで言った台詞だったけど実際ちゃんと伝わっているのかなとか、自分の癖を把握するためにもちゃんと見たほうがいいな、やらなきゃだめだなと思って少しずつですが見るようになりました。なぜか本当に恥ずかしくて(笑)」

-サルマ・ハエックやナオミ・ワッツ、キャメロン・ディアスなど数え切れないほどたくさんの方の吹き替えをされていますが、どなたがやりやすいですか-

「ナオミ・ワッツやハル・ベリーは波長が合う感覚があって、つかみやすい感じがします」

-反対にやりにくかった方は?-

「今、わりとよくやらせていただいているマリサ・トメイかな。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のときはそうでもなかったんですけど、ほかの映画に出ているときのマリサ・トメイのあのなんとも独特なリズムというのですかね」

-それでちょっと甘ったるい感じのしゃべりかたですよね-

「そうですね。すごくおもしろいお芝居をなさる方なんです。うまく言えないんですけど、そのノリがたぶん私のなかにないノリなんだと思うんです。なので、それを画面から得るのに時間が結構かかるといいますか、つかんでしまえば楽なんですけど、それまでが結構難しいです。

表情だったり、セリフまわし、リアクションや息遣いが独特で。ただ一つ言えることはマリサ・トメイは猛烈に可愛らしい! これは間違いないです(笑)」

-声優さんは結構ベテランになってもオーディションがあると聞きますけど、どうなのでしょう?-

「オーディションです。今は私がはじめた頃とは違って本国からの要望が厳しいので、まずオーディション、ボイステストがあった上での選考ですから、フェアと言えばフェアなのかなという気はします。皆さん同じ条件で同じようにやっていますから」

-声優が人気の職業になり、声優さんの数がものすごく多くなったそうですが、実感としてあります?-

「それはあります。今にはじまったことではないんですけど、若い方はどんどん代わっていっていますね。『代わっていっているというのはどういうことなんだろう?』ってちょっと怖くなります」

-どんどん新しい人が出てきてどんどん消えていくということですか-

「『あのときよく会っていた若手の方に会わなくなったなあ。どうしてるかなぁ』って。そんな私も全然他人事ではありませんけど」

-声優さんとしてだけではなくアイドル活動をされる方も多くなりました-

「そのようですね。アイドル声優さんたちはアニメーションの世界の方が多いので、私は詳しくないんですけど以前からよく見聞きしていました。ただ優れた仕事をするだけじゃなく、トーク力や瞬発力が必要で頭のいい方じゃないと務まらないんだろうなと思っています」

ドラマ、映画に加え、安藤さんはアニメ、ゲームなど幅広いジャンルで活躍の場を広げていくことに。次回後編では、押井守監督が総監修のオムニバス映画『真・女立喰師列伝』で主演を務めた一遍『Dandelion 学食のマブ』の撮影裏話、海外でも人気のゲーム『Ghost of Tsushima』、コロナ禍での日々などを紹介。(津島令子)