まるで宙に浮く巨大な折り紙 美術家・吉野ももが描きだす“観る人を巻き込む”絵画の正体
新感覚アート番組『アルスくんとテクネちゃん 』、第23回の放送に登場したのは、色鮮やかな折り紙を絵画として描き出す美術家、吉野ももさん。近づいてみても平面とは感じられないほど、折り紙のふくらみが立体的に飛び出して見え、ストライプの壁画は中央が壁の奥まで続いているようで、その向こう側を感じさせる。ある種“だまし絵”とも捉えられる作品の数々に観る人は「見えないはずのものがまるであるように見える」感覚を覚え、絵画の世界へと巻き込まれていく。内外へと絵画を拡張させようとする吉野さんの空間の捉え方とは。
◆光と影を使い分けて、平面に立体を生み出す。
―立体かと思いきや、実は平面の絵で、すっかり騙されてしまいました。
私の作品には大きくわけてふたつの系統があるんですけど、ひとつは立体的な折り紙を描いた『Kami』シリーズで、もうひとつは奥行きを描いた『街の隙間』などの作品群です。
こうした絵を壁や床に設置することで、その周辺との関係が変わっていくと思うんですね。壁と作品が干渉し合うというか、絵がその空間に影響して、どんどん拡張していくような。
―たしかに、折り紙が飛び出していたり、壁が窪んでいたり、といった錯覚が生まれます。
自分の感覚として、目の前にあるはずのない空間が生まれている、ということは、その空間も絵になっていると思うんです。フレームのなかに絵を収めるのではなくて、最終的には観る方をも取り込むような、そういう作品を作りたいと思っています。
―どうやって制作されているんですか?
『Kami』シリーズは、まずパネルを作るところからはじめます。薄い紙に見えることを重要視しているので、斜めから見ても薄く見えるように、端を45度くらいにカットしたパネルを作ってるんですね。なので横から覗いても断面が薄く見えます。
―たしかに本当の紙のようですね。
その前にまず、モチーフとして折り紙を折って、その輪郭にあわせてパネルの形を決めます。パネルが出来上がったら、モチーフになった折り紙を見ながらパネルの上にアクリル絵の具で色を塗っていく。
以前は油絵の具も使っていたんですが、アクリルのほうが乾くのが早い。あと、ちょっとした影を描くのにエアブラシを使っているんですけど、油絵の具の上に噴射すると絵の具自体が乾いていないので、色を重ねられないんです。アクリル絵の具だとうまくのるというのが大きいですね。
―『Kami』シリーズの色使いは、カラフルでパキッとしていますね。
その前に壁画『街の隙間』などを制作していたんですけど、どうしても奥行きを描こうとすると、先のほうを暗い色で描くことになるんですよね。その反動もあって、『Kami』シリーズは明るい色づかいになりました。折り紙の定番の色が原色だということもありますし。
―立体に見せるコツというのはあるんでしょうか。
基本的にはモチーフをよく見て、近づけていくということですよね。たまにウソもつくんですけど。
―ウソというと?
強調したり、ノイズをきれいに整えるとか、光と影をうまく描きわける、ということですかね。あと、私は描いていて見慣れているからか、あまり騙されないんですけど、それでもたまにはっと立体に見えるときがあって。そうするとうまくいったなと思います。
◆折り紙のなかに見た、日本の空間性
―なぜモチーフを折り紙にされたんでしょうか。
まず、私のなかで絵を描くにあたり、「絵画を拡張したい」という気持ちがあるんですね。
以前は実際の床のタイルが一列抜けるような、そこに奥行きがあるように見える絵を描いていたんです。それによって、絵を空間に拡げていきたいという思いがありました。これは絵画と空間の関係性を、いわば物理的に干渉させていく試みだったんですけれど、あるとき、そもそも空間ってなんぞやと思ったんです。
―作品を作る場所のことを考えたと。
その頃ちょうど大学院生で、奈良京都の神社仏閣、仏像などを見る古美術研究旅行というのに参加したんですね。それと同時に、イギリスのロンドンに短期交換留学に行ったことで、空間の解釈の違いに気づいたんです。日本の空間の作り方っておもしろいなと。
―どういう点が違ったんですか?
日本は地震が多いから、地面を信用してこられなかったんだと思うんです。地面が揺れるので建物自らも揺れて柔軟性をもつことで振動を吸収するようにできている。
反対にイギリスでは地面から固く、建物のほとんどがレンガで石造り。空間の作り方が全然違うなあと思いました。部屋のつくりに関しても同様で、和室はちゃぶ台をおけばリビングになるし、布団をおけば寝室になる。着物だって少しくらい体格が変わっても許容できるゆとりがある。用途を限定しない自由さがあるなと。
―構造がまったく違うわけですね。
そうなんです。おもちゃの一種である折り紙も、形が決まっているものではなくて、ただの四角い紙から、折ることでいろんな形が作れる。日本の空間性が現れているなと思ったんですね。それで折り紙を選びました。
―折り紙をそのまま使うのではなく、絵という形で表現したのにはどんな理由があるのでしょうか。
もともと、具象的な絵に強い憧れがあったんです。小さい頃、図鑑を読むのが好きで、そこに描かれているリンゴを描く人になりたかった。あのリンゴって多分エアブラシを使っていると思うんですけど、水滴までもリアルに描かれていて。すごく好きでした。
―そういう素地が小さい頃からあったわけですね。
美術予備校に行っていたときに、リンゴをひとつ渡されて「モチーフを描きなさい」っていう課題が出たんです。そのときもやっぱり具象的に描くのが好きだったんですけど、その分野はライバルが多いことにも気づいていて。
それで自分なりに考えて、リンゴを半分だけ剥いて、皮がくるくるってもうひとつのリンゴに繫がっている絵を描いたんです。それを描いたことで突破できたと思ったし、具象的に描くだけじゃなくて、ひとつ仕かけようという気持ちが生まれた気がしました。
―何か自分なりの仕かけを入れてみようという。
そうですね。もっといえば、そこには絵画の可能性があるんじゃないかと思ったんです。観る方をも巻き込むといいますか、身体感覚に訴えかけるような作品が作れるんじゃないかって。
◆“ある”と“ない”の狭間の状況を作りたい
―吉野さんの作品を観たときに感じるのは、まさしくそういう感覚かもしれないです。
たとえば『Kami』シリーズに関しては、“紙”と“神”のダブルミーニング的な意味合いもあって。伊勢神宮に行ったとき、本殿に入らずに手前で皆お参りして、目の前に像がないからこそ、そこに何かが”ある”ような気がするという感覚を覚えたんです。古来から山や川や自然のあらゆるものに対して信仰を認めてきたと思うんですけれど、それと同じ感覚ではないかと。
私は特定の宗教にどうこう、ということはないんですけど、“あるように見える”というところが気になって。その“ある”と“ない”の狭間にある状況を作れないかなと思ったんです。
―ない場所に奥行きを観るのも、存在しない対象を拝むのも、似たような感覚というか。
そうですね。「何かがある」っていう存在感みたいなものをふわっと浮き立たせられないかなと思っているんです。イメージでいうと絵の表面から絵画の粒みたいなものが飛び出して、それがぐんぐん広がっていって、観る方を巻き込むような。なにか見えない存在をも感じさせるような作品になればいいなと思っています。
―吉野さんの作品を観ると、少し世界が変わって見える気がします。観る人が前向きになれる作品だなあと。
そう感じてくださるのはうれしいです。ただ、私はそういう状況を作り出したいと思っているだけなんですよね。具体的に何かを感じて欲しい、とまでは思っていなくて、作品がなにか崇高な存在になったらいいなとか……。なんでしょう、空気感を作りたいんですよね。
―大きな折り紙が壁にバッと張り付いている、その状況からは畏怖の念のようなものも生まれてくるような気がします。これからはどんな作品を作っていきたいですか?
深く奥に入り込んでいくか、表に出ていくか、ということを光と影を操りながら作っていく、その軸は変わらないと思います。でも別のやり方が見つかればやってみたいですね。
―吉野さんの作品は、折り紙という誰もが知っているモチーフということもあり、お子さんが見ても「穴の先がありそうだなあ」「折り紙が飛び出しているなあ」と素直に感じられるものだと思いました。
ええ、それはありますね。子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、親しんでもらえる、楽しんでもらえる、そういう作品を目指したいと思っていて。私自身、最初のころ現代美術ってわかりにくいなあって思っていたんです。だからこそ明快なものをつくりたい。それは根底にありますね。
<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>
吉野もも
美術家
よしの・もも|1988年、東京都生まれ。2014年にイギリスのロイヤルアカデミースクールへ留学し、2015年に東京藝術大学大学院油画専攻修士課程を修了。近年の個展に、「being」(2018, rin art asspciation)、「Link」(2017, 西武渋谷店)、「Metamorphose」(2017,台北)など。また「ART PROJECT TAKASAKI 2020」(2020)ではビルの壁に巨大壁画を制作。2021年3月には「アートフェア東京2021」にも参加した。
※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん』
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)
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