名門新体操部で半世紀つづく伝統行事の舞台裏。76人の女子大生たちが見せた“魂の演技”
体育館に入るやいなや、その熱に驚かされた。
鬼気迫る空気、そして涙。部員全員で叫ぶ「全員で絶対やりきりまーす!」という言葉。
1950年創部の東京女子体育大学・新体操競技部は、日本にはじめて新体操を持ち込み、山﨑浩子、秋山エリカなど多くの五輪代表を輩出。インカレでは前人未踏の65連覇を達成した名門中の名門だ。
そんな彼女たちには、半世紀近くつづく伝統行事がある。1972年にはじまった新体操研究発表会だ。
個人や団体のレギュラーメンバーだけでなく、普段大会に出られない補欠やマネージャーなどを含む部員全員が出演。年に一度、ひとつの舞台を自らの手で作り上げる。
そう、言ってしまえば部内の発表会。
しかし、照明や音響などショーアップされ、すべての部員が分け隔てなく舞う姿は、「ただの発表会」という観念を覆す。例年、このステージ見たさに全国のファンが詰めかけ、チケットは即日完売も珍しくない。
とくに4年生にとっては最後の晴れ舞台、いわば青春の集大成だ。
2月14(日)深夜放送のテレビ朝日のスポーツ情報番組『GET SPORTS』では、この発表会に青春のすべてを捧げる部員たちに密着した。
◆チームをまとめるキャプテンの葛藤
49回目となる今回の新体操研究発表会はクリスマスイブの開催。
運営から場内進行、衣装、運搬、大道具など、実に19のセクションを束ねる監督の役割をはたすのが、キャプテンの赤坂美咲4年生。秋田県出身で、母親もこの部で主将をつとめた2世選手だ。
赤坂は大学での大会出場経験こそ数試合だが、大集団をまとめ上げる能力を評価され、大役を任された。卒業後の進路は大学の職員で、この発表会が新体操生活最後の舞台となる。
「各学年のやるべきことが合わさったときにすごい団結をして、約1年かけて発表会1日のために想いを込めて毎日がんばっているので…。集大成となるのが発表会だと思います」(赤坂)
部員76人、それぞれの思いが詰まった発表会。だが、まとめ上げるうえで何度も心が折れそうになったという。
はじまりは2020年1月。赤坂のもと、研究発表会に向けて例年より数か月早いスタートを切った。これまで以上に質にこだわる、準備万端の船出のはずだった。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で2月下旬、登校も全体練習も禁止となり、76人の部員は出身地域に戻り、離れ離れの状態となった。
「ニュースを見るたびに感染者がどんどん増えていって、私たちの活動の時間もどんどん減っていったので、全員で団結することができるのか、もしかしたら1年間何もせずに終わってしまうんじゃないんかと不安になりました。また、研究発表会を開催していいんだろうかという気持ちもありました」(赤坂)
春の競技会も次々と中止となり、48回までつづいた発表会もとりやめがささやかれはじめていたという。選手たちの心も荒み、赤坂はやりきれなさに沈んだ。
そんななか、彼女のもとに同級生から手紙やメールが届く。
「つらいね。苦しいね。でも前を向きつづけよう。上を向いていこう」
「あきらめなければ道はある。必ず」
そこには、励ましの言葉が綴られていた。
「たくさん仲間に相談をして、『こうなんじゃない?』ってアドバイスをもらったり、はっきり言ってくれる仲間だったので、支えあってがんばることができました」(赤坂)
そして新体操部は、ひとつの決意をする。
◆なにがなんでもこの発表会をやり遂げる
研究発表会には毎年決められたテーマがある。
当初赤坂たちが決めたのは「生命」だったが、ここであえて新たなテーマに変えた。
それは、「結(ゆい)」。
苦しいコロナ禍だからこそ、部員がふたたび団結し困難を絆で乗り越える! そんな思いを込めた。
赤坂は部員全員に発表会用の振り付けを宿題として課し、部員たちは動画でそれぞれの「結」を表現して返す。赤坂はそれらをひとつにまとめていった。
6月になり、練習は再開したものの、全員で集まることはできない。そこで2つの体育館に分かれ、互いをリモートでつなぎ「結」を表現していく。
「こういうときだからこそ団結しないと何もできないっていうことをあらためて感じましたし、当たり前だと思っていたことに感謝しないといけないと気づきました」(赤坂)
今回の発表会は、第1回からつづく集団での太鼓演技「響き」からはじまり、ロープやフープなど道具を巧みに使った演技など、12の演目が1時間ノンストップでつづく。
メインはトータル13分19秒「超大作」と呼ばれる集団演技。ゴースという布を多用して演技を構成し、大小の布を織り合わせ、さまざまな形を作っていくことで「結」の想いを込めた。
終盤には巨大なゴースを全長2メートルの棒に巻きつけ、ドーム状をはじめ多様なオブジェを作り上げる。
布を絡めた棒は重く、25人の力自慢をもってしても全員の力加減が合わないと綺麗なドームにはならない。
さらに驚くべきことは、舞台進行中にこれらの動きを指示する役がいないということ。
会場は5つのゲートから大道具小道具、選手の出入りがあるが、これが複雑を極める。ゴースなど道具の出入りは数十回を超え、1人3役4役は当たり前。全員が秒刻みで正確に体現していく。
それを支えているのが、「カウントノート」だ。
13分19秒の構成が秒ごとに細かく記されており、そのカウントを部員1人1人が頭に叩き込んでいるため、統制がとれているのだ。
まさに、秒刻みの戦い。逆に誰かひとりでもつまずけば、すべてが台無しだ。
◆悔しさを晴らす最後の舞台「絶対全員でやり切る」
本番4日前、彼女たちの本気が見えるシーンがあった。
演技づくりは大詰めとなり、通し練習が繰り返されるなか、同じパートでのミスが相次いだ。
それは発表会序盤「ドンパ」という作品中の5人の団体演技。投げ技でのキャッチのエラーがつづく。
実はこのチームは新体操部屈指の実力者集団であり、リーダーの小松美桜はリオ五輪最終候補となり、ワールドカップ出場も経験した。
そんな彼女、実はこの演目にトラウマがあった。
優勝をかけて臨んだ11月の全日本選手権でミスをしてしまい、入賞もできず終わってしまったのだ。
この発表会は悔しさを晴らす最後の場。そして、小松にとって現役最後の演技だ。
しかし、気ばかり焦り、何度もミスを繰り返す。
部長や監督からは演技のレベルダウンを提案されたが、絶対にこのままやりきりたかった。小松の目から涙があふれる。
「悔しくって情けなくって…。この発表会をノーミスでやり切るのが、ジャパン(全日本)での悔しい思いを晴らすというか…。自分たちのやりたい演技、気持ちの伝わる演技がほんの数秒ですけど、できたらいいなと思っています」(小松)
そんな小松をカバーするのは、部員全員。
何度もミスはつづいたが、「絶対全員でやり切る」という気合で臨み、本番3日前の午後、ノーミスでクリア。小松の曇った表情が晴れた。
最後の最後まであきらめず、完璧を目指す。その姿勢も脈々とつづく伝統だ。
◆満身創痍の選手たち。それぞれの想い
発表会3日前には、引っ越しさながらの搬出作業が待っていた。
たとえば、マットの重さは1本130キロ。ほかにも発表会に必要な道具は合計144ケース。4トントラックにぎっしりと詰め込む。
翌12月22日朝8時、その荷物の搬入がはじまる。会場での搬入や場内設営作業も、すべて部員たちが行う。これもまた半世紀つづく伝統である。
会場は代々木第2体育館。過去48回中31回ここで開催されてきた、新体操部の「聖地」だ。
歴代受け継がれるマニュアルをもとにさまざまな配置を終えると、そこからはひたすら通しリハーサル。それは、さながら本番のような気迫に満ちていた。
当時は感染者数が激増し、この発表会も中止勧告を受ける可能性もあった。そんななかで部員たちは、この通しリハーサルが最後の演技となっても悔いを残さぬよう、全身全霊をこめていた。
だが部員の大半はケガを抱えていたため、通路に設置された治療スペースでは、野戦病院のように多数の故障者たちがひっきりなしに出入りしていた。
決して万全の状態ではないが、誰一人やめるとは言わない。
治療スペースの「常連」、3年の小針なちは、「普段の生活だったら痛くて歩けないけど、練習だったらできます」と言う。
小針は次の通しリハーサルギリギリまで治療をつづけ、大急ぎで舞台に駆け込んだ。発表会には、限界を超えられる何かがある。
通し練習の合間の空き時間には、今回のシンボル「結」の旗の裏に76人全員がぞれぞれの想いを書き込んだ。
◆ついに結実した「結」
そして、2020年12月24日。夢に見た舞台にたどり着く。
例年は家族やファンで超満員になるステージだが、今回はコロナ禍の規制もあり観客は1000人。第2波到来のさなか、来場を取りやめた人も相次いでいた。
それでも部員たちは、気持ちを切らすことはない。
本番直前、舞台裏に全員が集合すると、キャプテン赤坂が口火を切った。
「いろいろなことがあったけど、目標を失いそうになったときも、ここまでこられたのは部員のみんながいたからです。今までで最高の演技をして精一杯やれることやりきりましょう。世界中のみなさんに幸せなクリスマスイブをお届けできるように団結してがんばろう!」(赤坂)
キャプテンの言葉を受け、部員全員が「ガンバー!」と右手を挙げた。
午後3時、幕が開くと、まずは第1回からつづく集団太鼓演技「響き」からスタート。部員たちは、さまざまな演技を繰り広げていく。
ロープやフープを使った「ドンパ」の演技ラストには、小松美桜率いる団体が登場。大会で悔いを残し、発表会直前にミスで苦しんだなか、5人のメンバーは何とかノーミスで乗り切る。
実はメンバーの1人は前夜盲腸で病院に搬送され、それでも何としても出たいと医師に懇願し、投薬治療を受け本番2時間前に帰還。ステージに立っていた。
1人欠けても成功とはいえない。そんな「結」の決意が76人全員にあった。
そして最大の見せ場、13分19秒の「超大作」がはじまる。ここはメンバーで決めた「結」のメインテーマでもある。丸型、長方形、超大型長方形など多種多様なゴースが現れ、美しく重なり、ときには結ばれる。
そして8分過ぎ、超特大といわれる10メートル超の丸型ゴースが登場。それを力自慢の25人が旗に巻き付け持ち上げ、巨大ドームを形成。そこから幻想的照明を受けさまざまなオブジェを魅せる。
すべて調和がとれた美しさを見せた。
そのさなか、舞台裏で1人の選手が応急処置を受けていた。2年の松坂玲奈。個人部門でのエースだが、この超大作のさなか、足を捻挫してしまった。このあとクライマックスで彼女はサンタの衣装でバック転をすることになっている。
出演まで残りわずかななか、テーピングが完了。あわてて衣裳を着てゲートをくぐる。
最後の見せ場は大小さまざまなゴースが登場し、複雑な調和を見せる。そこで松坂は登場し、バック転を成功。激痛を表すこともなく、演じ切った。
クライマックスは全員での「結」。
76人が結んだ「超大作」は、1000人の拍手の中、無事成功した。
◆76人の絆が生んだ最高の舞台
東京女子体育大学76人の部員がやりぬいた研究発表会。取材のさなか、どうしてここまでやるのか? そんな疑問に何度も襲われた。
理由はさまざまだろう。ここで新体操人生を終える卒業生の刹那もある。だが一番の理由はシンプルに、「これが伝統だから」なのだろう。
先人たちが作り上げ、後輩たちが脈々と受け継いできたノウハウも想いも、当たり前に途絶えさせてはいけない。そんな不文律が、そして絆があるからこそだったのではないか。
ここは彼女たちの輝く、約束の場所なのだ。
2020年12月24日午後4時。会場に76人、最後の挨拶が響き渡る。
「ありがとうございました!」
※番組情報:『GET SPORTS』
毎週日曜日夜25時25分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)