テレ朝POST

次のエンタメを先回りするメディア
menu

白石康次郎、世界で最も過酷なヨットレースを完走 「愛、勇気、忍耐、根性」の94日

◆地球一周のサバイバルレース

「愛、勇気、忍耐、根性」――。そんな照れくさくなるような言葉を、真正面から宣言する海洋冒険家、白石康次郎(53歳)が日本人・アジア人として初の快挙を成し遂げた。

昨年11月8日にフランス西部の港町、レ・サーブル・ドロンヌからスタートした単独無寄港世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」を94日かけて完走。レース艇<DMG MORI Global One>とともに日本時間の2月11日夜、出場した33艇中16位でフィニッシュしたのだ。

白石康次郎の乗る18mの最新レーシングヨット〈DMG MORI Global One〉。

「ヴァンデ・グローブ」は、60フィート(約18m)の大型ヨットを一人で操り、世界一周を無寄港、無補給で競う。

いったんフランスの港を離れれば、次に陸地を踏むのは何カ月先になるか分からないが同じフランスの港だ。そんなことから、世界で最も過酷なヨットレースとされており、ヨーロッパを中心に人気を集めている。今回の2020‐2021大会には33名が参加した。

このレースが過酷といわれる理由はほかにもある。

地球儀を思い浮かべれば分かることだが、海路で世界を一周するには、アフリカ大陸や南アメリカ大陸の南端を通過しなければならず、南極の近くを長く走ることなる。この南極近くの高緯度海域は、寒いのはもちろん、常に強風が吹く荒れる海なのだ。過去の大会では出場艇のリタイア率が半数近くになったこともある。

現在(日本時間2月11日時点)も続いている今大会でも、スタートした33艇のうち、優勝候補艇を含む8艇がすでにリタイア。

スタートから3週間後の昨年11月末には、アフリカ大陸南端のはるか南方沖で上位艇の1艇が大破して沈み、救命ボートで漂流していた選手を後続艇の選手が半日かけて捜索、救助に成功するという命がけのドラマもあった。

◆白石康次郎のポジティブ思考

1994年、26歳のときにヨットによる単独無寄港世界一周の最年少記録(当時)を樹立した白石康次郎は、その後もさまざまな冒険レースに挑戦。その明るく前向きな人柄で、仲間から「コージロー」と呼ばれ親しまれている。

昨年11月8日、サムライスタイルでスタート地点に向かう白石。

30年に及ぶ挑戦の中には失敗に終わったものも多いが、常に再チャレンジしてリベンジを果たしてきた。この「ヴァンデ・グローブ」も、日本人として初出場した前回2016‐2017年大会では、マスト(帆柱)が折れて無念のリタイア。今回が雪辱戦だった。

しかしスタート早々、白石に試練が襲いかかる。スタートのわずか6日後、風速18m/sの強風下で、操舵装置の不具合によってセールが急激に反対側に移動するトラブルを数回繰り返す。その結果、1枚しかないメインセール(主帆)の上部が大破してしまう。

11月14日、メインセールの上部が大破する。

風の力だけで進むヨットの最大の推進力を生みだすメインセールの上部が、まるで破裂したように引き裂かれた。しかも世界一周を目的に作られた大型ヨットのセールは、縫って直せるというような代物ではない。見ている者たちには、2大会連続リタイアが思い浮かんだに違いない。

しかし、白石の決断は違った

大破した巨大なメインセールを1日かけてデッキに降ろし、修理を開始する。陸上チームやセールメーカーと状況を共有しながら綿密に修理方法を検討。その後1週間かけて、洋上でセールの接合作業や貼り付け作業、カーボンパーツの作成などを行った。

セールは破れた部分を重ねて貼り合わせる方法で補修したが、船にあるスペアパーツや接着剤が限られていたため、非常に難易度の高い作業だったという。

11月20日、メインセールの修理を終える。このセールがフィニッシュまで持ちこたえるかどうかが完走の鍵となった。

スタート直前のインタビューで白石はこう話していた。

「試されるのは、クルー(陸上チームのメンバー)と完走を信じる力です。覚悟は決まりました」

まさに仲間との連携で難局を乗り切った白石は、戦線復帰を宣言した。そのとき(11月21日)の艇上からの動画配信レポートでは、笑顔で以下のように話している。

「やっとメインセールが揚がりました。上のほうが伸びきって不格好ですが、このセールで新しい冒険が始まります。これが僕のヴァンデ・グローブです。このセールで果たして世界一周できるか、それがテーマになってきています。船が沈むわけではないですし、マストも立っています。このセールでどこまでいけるかチャレンジしたいと思います」

◆実質最下位からの追走

この時点の暫定順位は31位。すでにリタイアした1艇と重大なトラブルでスタート地に引き返した1艇を考えれば、実質最下位からの再スタートとなった。

その後、修理したセールで最難関の高緯度海域を走り終え、南アメリカ大陸最南端に位置するケープホーン(ホーン岬)を通過した1月13日にはこう話した。

「本当に奇跡が起きました。メインセールが破れたときにはもうダメかと思ったんですが、チームの支え、みなさんの応援のおかげで、ここまで運んでくれたと思っています。本当にありがとうございました」

1月13日、南アメリカ大陸最南端のケープホーン(ホーン岬)を通過して、大西洋へ戻ってきた。

その後、順調に大西洋を北上し、スタートしたレ・サーブル・ドロンヌ沖のフィニッシュラインを2月11日に横切った。

その瞬間は、最も過酷なヨットレースとされる「ヴァンデ・グローブ」で、初めてアジア人が完走した瞬間でもあった順位は16位。実質最下位から出場33艇の半分以上の順位まで這い上がった

白石は、「自分の頑張る姿を見せることで、人々に元気を届けたい」と常に口にしている。トラブルや苦境に負けずに目標を完遂した今回の姿は、多くの人の心に届いたに違いない。

2月2日の白石。仲間と連携して修理したメインセールが、白石を再びフランスまで運んでくれた。

ライバル艇が遠くへ走り去るなか、大西洋を漂いながらセールの修理に明け暮れる1週間は、どんな気持ちだったのだろう。完全な状態でないセールで3カ月走り続け、追い上げる精神力はすさまじい。しかも白石はそれを明るく、笑顔でやってみせた。

「愛、勇気、忍耐、根性」――。

あまりにストレートで、スタート前には少し照れくさく感じていた言葉だが、まさにこの言葉たちが体現された、感動的な白石の地球一周航海だった。

<文/月刊『Kazi』編集長・中島 淳>

なお、本日2月12日(金)放送の『報道ステーション』では、アジア人初の快挙を成し遂げた白石康次郎に衛生中継をつなぎ、話を聞く。

LINE はてブ Pocket
関連記事
おすすめ記事