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原田大二郎、仕方なく受けた初オーディションで涙…“走馬灯”のように蘇った母との生活

新藤兼人監督が1968年に起きた連続射殺事件を描いた映画『裸の十九才』の主演俳優に抜てきされ、注目を集めた原田大二郎さん。180cmの長身に端正なルックスで、ドラマ『Gメン’75』(TBS系)、映画『蒲田行進曲』(深作欣二監督)、映画『野性の証明』(佐藤純彌監督)、舞台『王女メディア』など多くのドラマ、映画、舞台に出演。俳優としてだけでなく、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)に幸福配達人として出演するなどバラエティ番組や旅番組のリポーターとしても活躍。2月19日(金)には、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父・滋さんを演じた映画『めぐみへの誓い』が公開される原田大二郎さんにインタビュー。

◆仕方なく受けた英語劇のオーディションで芝居に魅せられ…

原田さんは1967年に明治大学を卒業後、「劇団文学座」に入団。多くの舞台、映画、テレビに出演してきた原田さんだが、演劇との出会いは大学に入ってからだったという。

「大学に入ったのは東京オリンピックの前の年。『オリンピックもあるし、来年からはグローバリゼーションだぞ』って言われたんだけど、『グローバリゼーションってどういう意味なんだ?』ってそんな時代だったんだけどね(笑)。

とにかく英語ぐらいしゃべれるようにならなくちゃということで、英語部に入ったら、大学2年のときに英語劇のキャストに選ばれて、オーディションを受けろって言われて。

でも、人前でセリフを言ったり、笑ったりするのなんてとんでもない。だいたいにして、おじいちゃんが『人に笑われるようなものになるな』って言っていたのに、舞台に上がったら役者なんていうものは人に笑われるじゃないかって思って(笑)。

5時間くらいかけて断っていたんだけど、断りきれなくてオーディションを受けたら、すごいおもしろかったの」

-はじめてのお芝居なのに?-

「そう。はじめてのお芝居なんだけど、覚えてくれって渡されたのが、アルバイトから帰ってきたら電報配達人が電報をもってきて、それに『ハハキトク』って書いてある。それをやってくれって言われて。

台本を見ながらやってはいけないというから、10行くらいなんだけど一生懸命覚えて(笑)。

それで、やることになったんだけど、電報の封筒を受け取って開けたら、『ハハキトク』というカタカナが見えるんですよ。

その文字が目に入った途端に走馬灯のようにおふくろとの生活が頭に浮かび上がって来て涙が止まらないわけ。『何なんだろう、これは?』って思ってね。

そうしたら10人くらいいる審査員が、もう大喝采。『ワーッ』って拍手して。それで、『なんだか気持ちいいものだなぁ』って(笑)。それでやることにしちゃったんですよ。

それで6か月間、芝居の『し』の字も知らない10人、演出家をあわせて11人集まって。毎日稽古をして。

今でも忘れもしない9月16日、稽古中に役みたいなのが降ってくるんだよね。『王女メディア』という芝居でジェイスンという役をやっていたんだけど、僕がいて、役があって、なんとなくその中間点に自分がいるような感じになるわけ。

そうすると、それまでは自分の口を使ってしゃべっていたセリフが、自分の肉体を通ってなくて『ワーッ』と部屋中に広がっている感じになるんですよ。

自分の子どもを殺されるというところでは涙が止まらないわけだよね。からだが震えて、『はじめから知っていた』って言って指を伸ばすと、その指先から体中に電流がビリビリビリビリって走って、『何なんだ?これは』って。

稽古が終わったら、口うるさい先輩が舞台袖に駆けつけて来て握手を求めてきたんですよ。それで握手をしたら、彼、泣いているんです。

『きょう、俺ははじめて芝居の美しさ、すばらしさ、力強さというのを、大二郎、お前に教えてもらった。ありがとうね』って言って泣いているんですよ。いつもは悪口しか言わないような先輩が(笑)。

それで、『芝居は人を感動させるんだ。これは一生かけて研鑽(けんさん)したいなあ』と思ったんですよね」

※原田大二郎プロフィル
1944年4月5日生まれ。神奈川県で生まれ、山口県で育つ。大学卒業後、「劇団文学座」に入団。映画『橋のない川 第二部』(今井正監督)、映画『エロス+虐殺』(吉田喜重監督)、主演映画『裸の十九才』、ドラマ『水もれ甲介』(日本テレビ系)、『Gメン’75』(TBS系)、『遺留捜査』(テレビ朝日系)、舞台『ジュリアス・シーザー』など映画、テレビ、舞台に多数出演。『裸の十九才』でエランドール新人賞受賞。近年は俳優業に加え、文筆活動、講演、絵画展開催、朗読指導など幅広い分野で活動。舞台版に続き、横田めぐみさんの父・横田滋さんを演じた映画『めぐみへの誓い』が2月19日(金)から池袋シネマ・ロサほか全国で公開される。

◆「劇団文学座」に入団、そして映画の世界へ

大学2年生のときに俳優になることを決意した原田さんは、在学中は英語劇を続け、4年生のときには学生劇団にも入ったというが、卒業後、「劇団文学座」に入ることに。

-文学座の倍率はかなり高かったのでは?-

「高かったですよ。受けたのは800人ぐらいいたんじゃないかな。そのうち受かったのは45人くらい」

-狭き門ですよねー

「そうです。僕は『劇団雲』も受けたんだけど、雲を受けたのは150人で、『俺完全に受かってるわ』という感じだったんですよ。

だけど、文学座は800人。一つの教室に100人ずつ、8教室にわかれていて、見てみると、どの教室にも僕より4、5人、いいやつがいる。『こりゃあダメだ』って(笑)」

-見ただけで自分より上だとわかるんですか?-

「わかる。みんな『カーッ』となっているし、俺も『カーッ』ってなっているからね。そうすると、光っているか、光っていないかというのがだいたいわかるんですよ。『ダメだ、これは』って思った。だから、文学座に受かったときは本当にうれしかったですね」

-最初に出演された映画は?-

「吉田喜重監督の『エロス+虐殺』でした。あれは監督に『台本読まないでくれ』って言われてね。

僕は現代版のほうの主役だったんだけど、『台本読まないでどうするんだろうな?』って思いながら、クランクイン初日に行って、文学座の同期の女の子を車に乗せて2人きりのシーンを撮ることになったんですよ。

それで運転していたら、監督が『セリフは?』って言うわけ。台本を読むなって言われていたから、その言葉通り、俺は読まないで行ったんだよね。

だから『セリフは別撮りじゃないんですか?』って聞いたら、『バカなこと言うんじゃないよ。どうやったら別撮りできるんだ』って怒るわけ(笑)。

それで『えーっ? 台本読むなって言ったじゃないですか』って言ったら『台本読まない役者がどこにいるんだ』って。

もうわけわかんなくて、『とにかく監督、僕に30分ください。覚えます』って言って、10何ページあったんじゃないかな。今でも忘れない、シーン15。

車内で2人きりでしゃべっているシーンなんですよ。それで30分かけて全部覚えてやったんです」

-30分で全部セリフを覚えたのですか-

「覚えました。だから若いときはすごかったんですよ、僕は。記憶力みたいなのが(笑)。

結局、吉田喜重さんが言いたかったのは、『台本を読むような演技を見たくない』ということだったんですよ。

普通にしゃべっているような雰囲気の芝居をしてくれというのを、あの人は『台本を読まないでくれ』って言ったんですよ。

それを僕は言葉通りに取ったから、『役者が台本を読まないでどうするんだろうな』って思いながら、台本を読まないで行っちゃったんだよね。

でも、それはあの頃、吉田喜重さんってヌーベルバーグ、その4、5年前からやっていたかな、ヌーベルバーグ。

普通にしゃべるというね。でき上がったウエルメイドな演技じゃなくて、普通にしゃべってその世界を作っていくという、それが走りだったわけです」

◆実在の元死刑囚をモデルにした問題作で映画初主演

-原田さんは新藤兼人監督の映画『裸の十九才』に主演されて注目を集めましたが、出演されることになったのは?-

「僕は今井正さんの『橋のない川 第二部』という映画で京都の亀岡に撮影に行っていたんです。

これもすごい映画で、合宿をして撮影していたんですけど、とにかく土地の人が卵とたくあんとご飯だけもってきてくれて、『いくらでも食ってくれ』と。それで、出演者は、缶詰買ってきて食事をするわけですよ。

そんな生活を続けながら撮影していたら、文学座の事務所から『新藤兼人さんに会ってくれ』って言われたので、上京して会うことになって。

喫茶室で待っていたら新藤さんがあらわれたんだけど、細い目で人を射抜くようなまなざし、蛇のような目で『グワーッ』と僕を凝視するわけ。

何なんだろうなあ。『くそ!にらめっこなら負けないぞ』って思うわけよ、俺のほうは(笑)。

それで俺も『グワーッ』と睨み返しながら、僕は山口県で新藤さんは広島だから、田舎の話をしたりしてね。口調は柔らかく、『先生、広島ですか?』って言うんだけど、目だけは睨みつけて。

そうやって睨みあったまま少し話をした後、新藤さんから『これは僕が書いた台本だけど、もって帰ってちょうだい』って言われて台本を渡されてね。

帰ってから読んだら泣けて、泣けて…。それまでシェイクスピアを読んだってチェーホフを読んだって、泣けるなんてことはまずなかった。戯曲を読んで泣けるなんてことはなかったのに、『裸の十九才』の台本を読んだらもう涙が止まらないんだよね。

『これはすごいなあ。あー、失敗した。睨まなきゃよかった。この役がやりたい』って思っていたら、次の日に、やってもらうからっていう連絡が来たんですよね。

あの『裸の十九才』も撮影に6か月間かかったんだけど、いつ死んでもいいと思った。もう全然命が惜しくなかった。

その経験があるから、基本的に1本の作品をやっている間は、『いつ死んでもいい』っていう気がずっとあるんですよね」

-全身全霊でその役と取り組んでいるから後悔はないということですか-

「そう。周りには迷惑をかけるけども、俺は思い残すことがないっていうね(笑)」

-『裸の十九才』は実在の元死刑囚を題材にした社会派の作品でしたー

「台本読んだら、もうとんでもない大作ですよ。元死刑囚のお母さんの歴史と、本人の歴史があって。

新藤さんは撮影する前に本人と会って、それで彼の日記を借りてきたらしいんですよね。

本人から『映画にするんだったらこれを読んでください』って言われて。それが後に出版される彼の著書『無知の涙』のいわゆる原本だったわけ。だから、『無知の涙』が出版されて読んだらまったく間違ってないんですよ。

彼の一生が台本に描かれていて。だから本当に充実した、いい6か月間を過ごさせてもらいました」

-現場での新藤監督はどういう感じでした?-

「まず撮影がはじまる前に、『今回、僕はイージー・ライダーを撮りたいんだ』って言うんですよ。

新藤さんがクランクインする1か月くらい前に公開された映画だったから、僕は新藤さんの息子の(新藤)次郎と一緒に見に行ったんだけど、見た後、『次郎、どこがイージー・ライダーなんだ? 俺たちの「裸の十九才」にはオートバイなんか出てこないじゃないか』って(笑)。

でも、新藤さんのなかでは、いわゆるヒッピーたちの走りの文化が、『裸の十九才』の文化だったんだね」

※映画『イージー・ライダー』(1969年)

自由と平和を求めてアメリカ横断の旅に出た2人の青年(デニス・ホッパー&ピーター・フォンダ)が、偏見、恐怖、憎しみに直面するさまを描き、世界的ヒットを記録したアメリカン・ニューシネマを象徴する金字塔的作品。日本では1970年に公開。

-撮影はいかがでした?-

「新藤さんは撮影中もとにかく機嫌がよかった。1度もダメ出しをくらわなかったしね。

撮影の合間には、俺と次郎と監督の3人でトーナメントみたいに将棋をさしていたんだけど、新藤さんはさしながら鼻歌を歌っているんだよね。

それを見て、乙羽信子さんが『不思議ね、どんな撮影だって、先生が鼻歌を歌うことなんてないのに、ずいぶん機嫌がいいわね』って驚いていましたよ。そんな感じだったの。

一か所だけ、拘置所に面会に来たお母さん(乙羽信子)に『なんであのとき、僕を置いて行ったんだ』っていうセリフを新藤さんは怒鳴ってくれって言ったんだけど、俺は怒鳴りたくないって言って、3時間くらい膝詰めでスタッフを待たせてやっていたんですよ。

これはもう撮影にならないなと思って、『それじゃあ両方撮っておいてください。選択は監督にお任せしますから、怒鳴らないパターンと怒鳴るパターン、両方撮ってください』って言ったの。生意気だよね(笑)。

それで、新藤さんは俺が言ったほうを使ってくれたんだけど、若い子の感性のほうが正しいと思ってくれたんじゃないかな。意見が違ったのはそこだけでしたね」

-完成した作品を実際にご覧になったときにはいかがでした?-

「最初はもうダメだと思いましたね。もう俺は役者できないって。

『エロス+虐殺』のときもカメラマンが『大ちゃんは残念だけど、テレビに出れないね』って言われて。

理由を聞いたら、『大ちゃんは俺のシネスコのサイズに収まらないんだよ、大ちゃんの芝居っていうのは』って。

あれは彼の褒め言葉だったんだけど。『テレビに出れない』という言葉だけが頭にあって、『そうか、ダメか。俺は役者として』って。

それで『裸の十九才』を見たら、とにかく芝居になっていないんだよね。頭悪そうだし、『ダメだな、これは役者として通用しないなぁ』って思った。

でも、その年新人賞をもらって、それでもう一回見に行ってみたら、目から鱗(うろこ)が取れたように、『あー、これ結構いいな』って。

それで先輩なんかにも『大二郎、俺泣けたぞ。マラソンのところは絶品だった』って言われて、もう1回マラソンのシーンを見なおすと、そう言えばジンジンくるわって。

やっぱり、主観的になって見ている間というのは、ちゃんと見えてこないんですよね。客観的になってはじめてよさが見えてくる。

公開されてから10年ぐらい経って、学生たちが『映画祭で「裸の十九才」をやりたいので、原田さん見に来てくれませんか?』って言われて行って見たときには、『この俳優、すごい俳優だな』って、もうすごい客観視していたんですよね。

そうすると、『すこい俳優だな。俺はデビューのときの俺に追いついていないな』って思って、『この芝居は今の俺にできないな』って。そんなですよ、役者の人生っていうのは(笑)」

原田さんは『裸の十九才』でエランドール新人賞を受賞。若手俳優として注目を集め、『新・平家物語』(NHK)、映画『野性の証明』、映画『蒲田行進曲』など話題作に出演することに。次回は執念で結婚した奥さまとの結婚秘話、『Gメン’75』、映画『蒲田行進曲』の撮影裏話も紹介。(津島令子)

©︎映画『めぐみへの誓い』製作委員会

※映画『めぐみへの誓い』
2021年2月19日(金)より池袋シネマ・ロサ、AL☆VEシアター(秋田市)ほか全国順次公開
配給:アティカス
監督・脚本:野伏翔
出演:菜月、原田大二郎 石村とも子 大鶴義丹 小松政夫 仁支川峰子 坂上梨々愛 安座間美優 小林麗菜
13歳のときにいきなり北朝鮮の工作員に拉致されて家族と引き離され、それまでまったく知らなかった国で懸命に生きる横田めぐみさん。愛娘の救出運動に邁進(まいしん)し続けるご両親。2人の幼子を残したまま連れ去られた田口八重子さん。許されざる事件と運命に立ち向かう姿を描く。

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