佐野史郎、“冬彦さん”で大ブレーク!「僕が死んだら絶対、木馬に跨る冬彦のシーンを使われるだろうな」
1992年に放送されたドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)のマザコン男“冬彦さん”役で広くその名を知られるところとなった佐野史郎さん。
回を追うごとに視聴率はうなぎ上りで最終回の視聴率は30%を超えた。“冬彦さん”はマザコン男の代名詞となり、世の女性たちは結婚したくない男性のタイプに“マザコン”を挙げ、“冬彦さん”は、同年の「新語・流行語大賞」に選ばれた。
◆僕が死んだら絶対、木馬に跨る冬彦のシーンを使われるだろうな
プロデューサー、監督、脚本家を交えて話し合い、初恋の男と再会し不倫した妻ではなく、マザコン夫のほうを悪く見せるため、“冬彦さん”のキャラクターを作っていったという。
「冬彦を演じることに迷いは全然ありませんでした。俳優の仕事はあくまでも物語を生きることだから、与えられた役を僕なりに解釈するけれど、それをどう扱ってもらっても構わない。
当時は週に2日間リハーサルをしてスタジオ収録に臨んでいました。どうしたら視聴者の方に見てもらえるだろうかと、急に大きな声を出してみたり、物をぶつけてみたりと、感情に任せるのではなく、効果として台詞や動きを積み重ねていました。
携帯電話なんてない時代ですからね。夜中に固定電話で賀来(千香子)さんや野際(陽子)さんと『明日のシーンは、こういうことなんじゃないかな?』など、随分話し合って作っていました」
-回を追うごとに冬彦さんが注目を集めるようになって、電車にも乗られなくなったとか-
「そうそう。最初は電車でスタジオに通っていたんだけど、僕が電車に乗り込んだとたんに騒然として、ほかのお客さんに迷惑をかけるようになってしまいましたからね。
それで、プロデューサーさんから電車に乗らないでくれって言われて(笑)。なかなかないことですよね」
-あれから28年になりますが、いまだに「冬彦さん」と言われることについてはいかがですか?-
「誇りに思っていますよ。役のイメージが固まってしまうって思われるかもしれないけど、悪役は楽しいですしね。その後も色んな役を演じてますし。
劇団時代に唐(十郎)さんによく言われたんですよ。『役者っていうのは、一生に一度出会える役があるかどうかだ』って。
あと、『時代と寝なきゃダメだぞ』とも言われました。その頃は何のことだか実感がなかったんですが、『ああ、このことか』と。なかなか経験できることではないでしょうし、役者冥利につきましたね。
でも、僕が死んだら、絶対にあの木馬に乗っている映像が使われるだろうな(笑)」
冬彦さん役で注目を集め、佐野さんを取り巻く周囲もにわかに慌ただしくなり、取材も殺到。ワイドショーに登場する機会も多くなっていく。『ずっとあなたが好きだった』の大ヒットを受けて、翌年には『誰にも言えない』(TBS系)が製作され、賀来千香子さんと再びタッグを組むことになる。
佐野さんは、妻(山咲千里)がいながらも、かつての恋人(賀来千香子)に異常な執着心をもち、愛する男性(羽場裕一)と幸せな結婚生活を送るマンションの隣室に引っ越し、常軌を逸した行動に出る“恐怖の逆玉ストーカー男”麻利夫。ストーカーぶりが大きな話題に。
「『ずっとあなたが好きだった』のイメージが強すぎてもう賀来さんとの共演は、この先ないかもしれないと思っていましたからね。1年足らずでまたご一緒させていただけたのはうれしかったです。賀来さんとはそれまでにも共演させていただいていたんですが、とにかく相性がいいんですよね」
◆演じる役柄は善人でも悪人でもいい
“冬彦さん”、“麻利夫”とインパクトのある役柄のイメージが強いが、善人から癖のある役柄、そして悪人まで幅広く演じわけることで定評があり、多くの映画、ドラマに出演。2018年には63歳にして『限界団地』(フジテレビ系)で連続ドラマ初主演をはたし、団地に過去の幻想を追い求める男の情熱と悲哀を体現。
「最初は主演とは聞いてなくて(笑)。まさか還暦を過ぎて連続ドラマの主演のお話をいただくなんて考えたこともなかったけど、ものすごくおもしろかった。
僕が演じた寺内誠司には非常に共感できました。失われてゆくものに想いを寄せ続ける感覚は自分のなかでも大切にしていることですし。不正を働く政治家や官僚など、共感できない役柄のときにはシナリオに書かれていない部分を抽出し、彼らの思考を掘り起こして悪役に徹する喜びもあります」
-癖のある役もいいですけど、映画『毎日が夏休み』(1994年・金子修介監督)のような役も好きです-
※映画『毎日が夏休み』は、父(佐野史郎)、母(風吹ジュン)ともに再婚同士という家庭にすむ女子中学生スギナ(佐伯日菜子)は、学校でのいじめにより登校拒否に。一方、エリート・サラリーマンの義父も出社拒否に陥り、会社を辞めてしまう。そして娘の教育に目覚めた義父は娘との時間を作るために“何でも屋”を開業することに…。
「僕も好きな作品です。金子修介監督は同い年ですし、金子監督もゴジラが好き。それに漫画も好きで、育った背景が一緒なんです。
金子監督は手塚治虫さんなどわりと明るい世界が好きで、僕は水木しげるさんの暗黒の世界の方が好きなんだけど、深いところは同じ。お互いとくに説明する必要もないですから、撮影中も阿吽の呼吸で楽しいんです」
-善人と悪人、演じる上で意識することは?-
「演じる役柄について善悪で考えることはありません。善人であれ、悪人であれ、なぜそういう生き方をするのか、その人物の思考をたどる作業がとても楽しくてやりがいがあります」
-映画『カラオケ』(1999年)では映画監督もされましたが、監督業は?-
「監督業をやりたいわけではないんですけどね、ただ、『やりませんか?』と言われたらやりますね(笑)。
自分から積極的に監督をやりたいとは思わないけど、自分のやりたい作品があって監督を誰にするかとなったとき、自分が一番わかってるんじゃないかなと思ったら自分でやるかな?
でも、この人がいいなあと思ったら、やっぱり別の人にお願いします。小学校の学芸会もそうだけど、自分がフロントに立ってやりたいわけじゃないんですよね。『この世界をやりたいんだけど、どうしたらいいかな?』ってことなんです。
で、そのまま放置していると、『やったら?』と言われる。それで、また『そうしようかな?』って(笑)。今年も緊急事態宣言で撮影が全部ストップして、2か月間撮影がまったくなくて、ほとんどずっと家にいて、どうしようかなと思って。
特撮映画、『ゴジラ』も1作目から見直したり、ウルトラシリーズも『ウルトラQ』の1話から円谷プロの初期のをずっと見直していたら、特撮関連の仕事が続いたりね(笑)。不思議な巡り合わせですよね」
-『カラオケ』を監督されたときは、佐々部清監督が助監督をされていたのですね-
「そうです。佐々部がチーフ助監督を務めてくれました。セカンドが瀧本智行で。2012年の松本清張ドラマスペシャル『波の塔』(テレビ朝日系)では監督と俳優としても密度の濃い時間を過ごしましたしね」
-2020年3月、まだ62歳という若さで急逝されたのが残念です-
「そうですね。直前にちょっとやりとりしていたんですけどね。『今、ロケハンに来てるんだ』って言っていて……。本当に優しい、人情に厚い方でした」
2019年11月には、年末恒例のバラエティー番組『ガキの使いやあらへんで!!年末スペシャル』のロケで腰椎骨折全治2か月の重傷を負うというアクシデントも。2週間の入院を余儀なくされ、寝たきり状態だったが、病室に台本とパソコンをもち込んで仕事をしていたという。
「今は完治しました。事故直後の初期治療がよかったようで、番組スタッフや病院の皆さんには心から感謝しています。
いいことにしろ災いにしろ、起きてしまったときにどのように受け止め、対処するかでその後が変わるということをこの1年で学んだような気がしています」
※映画『BOLT』
2020年12月11日(金)よりテアトル新宿、12月19日(土)よりユーロスペース他全国公開
配給:ガチンコ・フィルム
脚本・監督:林海象
出演:永瀬正敏 佐野史郎 吉村界人 堀内正美 月船さらら ほか
◆盟友・林海象監督の7年ぶりとなる最新作に出演
1986年のスクリーンデビュー作『夢みるように眠りたい』をはじめ、30年以上にわたって10本以上タッグを組んできた林海象監督と佐野さん。監督にとって7年ぶりとなる映画『BOLT』は、大地震が発生した日本が舞台。その振動で原子力発電所のボルトがゆるみ、圧力制御タンクの配管から漏れはじめた高放射能冷却水を止めるため、男(永瀬正敏)は仲間とともにボルトを締めに向かうが、この大惨事を引き金に、男の人生は大きく変わってしまうことに。佐野さんはボルトを命懸けで締めに向かうメンバーの一人を演じている。
「監督とは10本以上ご一緒していますが、撮影監督のカメラマンが同じ長田勇市さんでしたし、セリフが少なく、サイレント映画の要素もあったので、デビュー作の『夢みるように眠りたい』に近い感じがしましたね」
-防護服を着用しての撮影は大変だったのでは?-
「あの特殊なスーツは動いていると本当に息が苦しくなってくるんですよ。僕は閉所恐怖症じゃないので何とか大丈夫だったんですけど、実はしんどかったです。
動くと本当にきつかった。トシだしね。芝居じゃないリアルな部分がずいぶんありました。
息が続かないから、ワンカット撮り終わると、すぐに脱がないといけないんですよ。一人じゃ脱げないからスタッフの学生が手伝ってくれるんです。
監督は『映画は若い人と作るもの』という考えから、学生たちもスタッフとして撮影に参加していたので。学生ですけど、撮影現場はすごくプロフェッショナルでしたね」
撮影は香川・高松市美術館に巨大セットを作り上げ、来場した観客に公開する形で進行。撮影中とは知らずにオブジェを見に来た来場者を前に演技をすることもあったという。
「俳優は、美術や建造物と対等に写っていなければいけない。人間だけが特別なことをやろうとすると、美術や建物に負けてしまうんです。
今回は展示物と並び、来場者の皆さんに見ていただきながら撮影したということで逃げ場がありませんでしたからね。それが非常に楽しくもあり、厳しくもあった撮影でした。
自分のなかでは今年、『Fukushima50』(若松節朗監督)、『おかあさんの被爆ピアノ』(五藤利弘監督)、そして『BOLT』と、核三部作の年となりました。
それぞれ立場が違って、総理と現場の人間と両方の立場を演じました。僕はかつて東京電力のコマーシャルに出演していたこともあり、広島、長崎から75年経って、はじめて核爆弾が落とされたこの国で、なぜそうなったのか、どうしたらいいのかということをやっぱり、自分自身も背負っていかなければいけないことだと思っています。
長崎に原爆が投下される前日から翌朝までの日常風景を描いた黒木(和雄)監督の『Tomorrow 明日』もありますから、映画に関わる俳優として、この問題は避けて通れないし、これからも正面から向き合わなきゃいけない内容だと思っています。
そのなかでも、ともに映画デビューした林海象監督の『BOLT』 でまたスタート地点に戻って、見つめ直す大切な時期なのかもしれません。シンボリックなオブジェと格闘する内容は原点の『夢みるように眠りたい』に通じるファンタジーでもありますしね。
核を扱う映画の捉え方は監督によってそれぞれですが、やはり救いの眼差しは大切だと思います。芸能は大衆娯楽であると同時に供養でもあると思うので」
12月18日(金)には、第2次世界大戦直後のGHQ占領下の日本を舞台に、一刻も早い日本の独立を求めて尽力した吉田茂(小林薫)と白洲次郎(浅野忠信)を描いたヒューマン・ドラマ「日本独立」では憲法学者の美濃部達吉役を務め、19日(土)にはデビュー作「夢みるように眠りたい」と公開作品が続く。(津島令子)
※映画『日本独立』
2020年12月18日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国順次公開
配給:シネメディア
監督:伊藤俊也
出演:浅野忠信 宮沢りえ 小林薫 柄本明 渡辺大 松重豊 伊武雅刀 佐野史郎 石橋蓮司 ほか
※映画『夢みるように眠りたい』
2020年12月19日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
配給:ドリームキッド、ガチンコ・フィルム
監督:林海象
出演:佳村萌 佐野史郎 大泉滉 あがた森魚 十貫寺梅軒 遠藤賢司 吉田義夫 深水藤子 ほか
林海象監督のデビュー作がデジタルリマスター版で34年ぶりに公開。
当時29歳、まったく無名で現場経験もゼロだった林海象が、モノクロ・サイレントの手法を用いて撮った昭和30年代頃の浅草を舞台にした探偵物語。