世界ラリー選手権、オジェが再び王者に!トヨタの“フォア・ザ・チーム”判断がもたらした優勝
現地時間の12月3日~6日、イタリアにてWRC(世界ラリー選手権)最終戦となる第7戦「ラリー・モンツァ」が開催された。
新型コロナウイルスの影響から、シーズンの一時中断、ラリー開催スケジュールの変更・短縮とさまざまな変化があった2020年シーズンが終了。最終戦の結果は以下の通りとなった。
1位:セバスチャン・オジェ(トヨタ)
2位:オット・タナック(ヒュンダイ)/1位から13秒9遅れ
3位:ダニ・ソルド(ヒュンダイ)/同15秒3遅れ
4位:エサペッカ・ラッピ(Mスポーツ)/同45秒7遅れ
5位:カッレ・ロバンペラ(トヨタ)/同1分11秒1遅れ
6位:アンドレアス・ミケルセン(シュコダ/WRC3クラス)/同3分56秒2遅れ
7位以下は、格下のWRC3クラスとWRC2クラスのマシンが並んだ。
優勝したトヨタのセバスチャン・オジェは、この最終戦の勝利で見事にチャンピオンシップトップに立ち、自身7度目(2013~2018年6年連続、2020年)のワールドチャンピオンを獲得。
トヨタにとっては、1990年と1992年のカルロス・サインツ、1993年ユハ・カンクネン、1994年ディディエ・オリオール、昨年のオット・タナックに続く、2年連続通算6度目のドライバーズチャンピオンシップ獲得となった。
3日目の土曜日以外はモンツァ・サーキットの敷地内でターマック(舗装路)とグラベル(未舗装路)を組み合わせたSSを走行することになった最終戦のラリー・モンツァは、どのドライバーも「トリッキーで難しい」とコメントするほどドラマチックな展開が連続するサバイバルラリーとなった。
ラリー開始前、ドライバーズチャンピオンシップは4人のドライバーで争われていた。
1位エルフィン・エバンス(トヨタ)/111ポイント、2位セバスチャン・オジェ(トヨタ)/97ポイント、3位ティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)/87ポイント、4位オット・タナック(ヒュンダイ)/83ポイント。
ランキングトップでリードを保つエバンス以外の3人にとっては優勝が必須条件。初日・木曜日のSS1の順位は、1位オジェ、2位ヌービル、3位タナック、4位エバンスと続き、4位までの差は2秒7。まさに4人のドライバーたちによる熾烈な争いが始まった。
◆トヨタが見せた「フォア・ザ・チーム」の判断
2日目、天候は雨。
ミスが許されない争いのなか、最初にミスをしたのはトヨタのオジェだった。SS2でコースをつくっているベール(牧場などで見かける家畜用の牧草を直径2m程度の円形状に固めたロールベールラップサイロ)に横滑りした車両の左側をぶつけてしまう。幸い大きなダメージはなく、直ぐに走行を再開できたがトップから脱落する。
次にミスしたのはヒュンダイのヌービル。SS2のオジェとまったく同じ場所で、同じように横滑りしてフェンスに激しく激突。フェンスがマシンに食い込んでしまい、ここから抜け出すのに約22秒のタイムロスとなった。
しかし、ヌービルにとって本当の悲劇はSS4にあった。SS4のコース上をクランク状に走らせるために設置されたコンクリート防護柵にマシンの右フロントを接触させてしまう。
その後、この接触トラブルが原因で大きな水たまりを通過するときにエンジンがストップ。ここでデイリタイアとなり、ヌービルのチャンピオンシップは終了した。ヌービル本人も「ギリギリで走り抜けようとコンクリート防護柵に近づき過ぎた…」と語っており、逆転王者を目指して攻め続けた結果だった。これでチャンピオン争いは3人に絞られた。
3日目、ステージはモンツァ近郊の山道へ移る。この週末、モンツァ周辺の気温は最低気温が1~4度とかなり冷えており、山肌には雪が積もりコースはまるで1月のラリー・モンテカルロを思わせる。
ここで速さを見せたのが、ラリー・モンテカルロで通算6勝しているトヨタのオジェ。最初のSS7で総合トップに浮上し、その後もトップを譲ることなく3日目を走りきった。
チャンピオンシップ争いに目を向けてみると、SS8でチームメートのエバンスが総合3位につけており、エバンスはこのまま順位を守れば2001年リチャード・バーンズ以来のイギリス人の戴冠となるはずだった…。
しかし、悲劇がエバンスを襲う。SS11、積雪が多い場所でブレーキした瞬間にマシンが大きく横滑りしてしまいコースオフ。そこは運悪くガードレールがないコーナーで、マシンは2mほど道から落ちてしまい、エバンス初戴冠の道は途絶えた。
エバンスとコ・ドライバーのスコット・マーティンはすぐさまマシンを降りると、続いてやってくるオジェにスピードを落とすよう路上から伝え、オジェはコースオフを免れる。「フォア・ザ・チーム」の精神が徹底している2人ならではの判断であった。
3日目を終え、チャンピオン争いは総合1位オジェと3位タナックの新旧王者に絞られた。
◆王者オジェ、タイトル獲得は「チームが成し遂げたもの」
いよいよ2020年シーズン王者が確定する最終日。
タナックは逆転を狙うものの、オジェの脱落がない限り王者の可能性は限りなく低い。そして総合トップからスタートしたオジェは、タナックとのタイム差を見極めながら3つのSSを走り抜け、見事7度目となるワールドチャンピオンを獲得した。
こうしてドライバーズチャンピオンシップの最終結果は、
1位:セバスチャン・オジェ(トヨタ)/122ポイント
2位:エルフィン・エバンス(トヨタ)/114ポイント
3位:オット・タナック(ヒュンダイ)/102ポイント
4位:ティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)/87ポイント
となった。
一方、マニュファクチュアラーズチャンピオンシップは、2位と3位を獲得したヒュンダイがポイントを241まで伸ばし、236ポイントのトヨタを引き離して2年連続でマニュファクチュアラーズタイトルを獲得した。フォードを駆るMスポーツは129ポイントだった。
7度目のタイトルを獲得したオジェと、チーム総代表である豊田章男氏のリリースコメントは以下の通りだ。
※セバスチャン・オジェ コメント
「もちろん、今日はとても良い日です。信じられないような週末でしたし、本当に、本当に難しいラリーでした。間違いなく、最終ステージは自分のキャリアの中であまり楽しめないステージのひとつでした。
路面はとても荒れていたので、とにかく生き残り、ミスをしないように走りました。ここに来たとき、我々はこのラリーで勝つことだけを考えていました。序盤は非常に接戦でしたが、自分たちの計画に従って攻めの走りを続け、プレッシャーをかけ続けました。
エルフィンに起こったことは、タイトル獲得を狙う我々にとって非常に大きな事件でしたし、素晴らしいシーズンを戦ってきたエルフィンとスコットに同情を禁じ得ませんでした。
チームはマニュファクチャラーズタイトルの獲得を渇望していると感じていましたし、我々は3人のドライバーで5人のライバルを相手に戦い、あと一歩のところまでいきました。
私が獲得した7回目のドライバーズタイトルはチームが成し遂げたものでもあり、彼らなしでは実現できなかったことなので感謝していますし、キャリアの延長として戦う2021年が今から楽しみです」
◆豊田章男チーム総代表、コメント
セバスチャン、最終戦モンツァでの優勝、そしてシーズンチャンピオン獲得おめでとう!
チームメンバーから「出発1分前のオジエ選手です」と写真が送られてきました。もう出発という瞬間まで、君はパソコンの画面に向かいコースのデータ確認をしていました。その後、「SSの前のオジエ選手です」という写真も送られてきました。そんな時でも君はいつも通り、貴元の質問に丁寧に答えてあげてくれていました。
チャンピオンを獲ってくれたことも本当に嬉しいですが、これらの写真を見て、君がTOYOTA GAZOO Racingを選んでくれて本当によかったと思いました。一緒に戦ってくれてありがとう。
残念ながらチームとしてのタイトルは逃してしまいました。我々のつくったヤリスWRCにも何か足りないものがあり、チームとしても足りないことがあったということだと思います。もしかしたらエルフィンは、チームタイトルを獲れなかったことが、自分のコースオフのせいだと感じているかもしれません。そのコースオフによって、彼は自身のチャンピオン獲得からも遠のきました。一番悔しい想いをしているのはエルフィン自身のはずです。
しかし、彼はサービスに戻り、開口一番「チームタイトルに貢献できず申し訳ない」と言ってくれたそうです。チームタイトルを逃したことは悔しいですが、チームのために走ってくれていたこの言葉は嬉しく思いました。
カッレも今年1年で大きく成長してくれました。貴元も本当に頼もしいドライバーになってくれています。モンツァの最終ステージでは全ドライバー中トップタイムを貴元は出してくれました。この選手たちと2020年のシーズンを戦えて本当に良かったと思います。
一緒に戦ったドライバー、コ・ドライバー、メカニック、チームスタッフのみんな、大変なシーズンでしたが、本当にお疲れさまでした。本当にありがとう。
そして、今回のラリーは、トミがチーム代表を努める最後のラリーでした。トミ……、君とも一緒に戦って来れて本当に良かったと思っています。WRCに出ることを決意して、そのクルマづくりとチームづくりをトミにお願いしました。
実は、当時、少し無理なお願いをしたかなと思っていました。しかしトミは、本当に1年の準備期間でクルマもチームもつくり上げてくれました。しかも、デビュー戦のモンテカルロで2位表彰台、その次のスウェーデンで優勝です。
その後、苦しい戦いもありましたが、その経験のひとつひとつを、我々のクルマを強くすることに繋げていってくれました。2018年のフィンランドで優勝して、一緒にヤリスの屋根に上ったのは最高の思い出です。トミがヤリスを強くし続けてくれたおかげで、我々は新たにGRヤリスをつくることもできました。
トヨタがラリーへの参戦を通じてクルマづくりを変えて来れたのもトミがいてくれたからこそです。先日発表のとおり、トミはモータースポーツアドバイザーという役割に変わります。引き続き、トヨタのもっといいクルマづくりに力を貸してもらいたいと思います。
最後になりますが、大きな変化の中で臨機応変に7戦のラリーを開催いただいた主催者の皆さま、そして変わらず応援を続けてくださったファンの皆さま、1年間本当にありがとうございました。2021年も世界のあらゆる道でライバルチームの皆さまと共に走れることを願っております。
◆日本人ドライバー・勝田貴元、自身初のステージ勝利
豊田章男チーム総代表の言葉にもあるように、日本のファンにとって大きなニュースは、日本人ドライバーの勝田貴元がシーズン最後のパワーステージで自身初のステージ勝利を獲得したことだ。
「3~4年でチャンピオンを狙える位置にいたい」と1月に語っていた勝田選手にとって着実な成長を見せた1年だった。来年は表彰台、そして初勝利を目指して、さらなる成長を期待したい。
こうして波乱の2020年シーズンは終了した。
2021年シーズンは全12戦、初戦はラリー・モンテカルロ(1月21日~24日)を予定している。そして、今年中止となったラリー・ジャパンも最終12戦(11月11日~14日)を予定。つまり、ひと月半後には新シーズン開始ということだ。
ほんの束の間の休息を経て、トヨタにとって新たな挑戦が始まる。目標はもちろん、ダブルタイトル獲得だ。<文/モータージャーナリスト・田口浩次>