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観る人の想像力を喚起させたい 現代美術家・玉山拓郎が作品に散りばめる”違和感”の正体

新感覚アート番組『アルスくんとテクネちゃん』、第3回の放送に登場したのは、ビビッドな色彩のインスタレーション作品を通じて、観る者を異空へと誘うアーティスト、玉山拓郎さん。

真っ赤な光に包まれた人型のオブジェや、天井から吊るされたモップ、その先を想像させるカーテンの重なり、回る目玉焼き…。日常とは異なる時間軸の世界に迷い込んだような空間は、忘れていた想像力の扉を開いてくれる。玉山さんが生み出す、違和感の正体とは。

◆観たことのある美しい景色を飛び越えたい

―玉山さんの作品は、絵画でもなく、彫刻でもないと思うのですが、なんとお呼びすればいいでしょう。

インスタレーションですね。絵や彫刻のようなひとつの対象物で成立するのではなく、対象物がある空間そのものが作品になっているという。彫刻のようなオブジェクトを置くこともあれば、照明やカーテンを使って演出をすることもあります。

―なるほど。たとえば絵画なら壁にかかっている絵を鑑賞するわけですが、インスタレーションの場合はどのように観るのでしょう。

絵と人との関係というのは1対1で、平面的ですよね。彫刻になると、視点は360度までぐるっと広がる。さらにインスタレーションとなると、鑑賞者は作品と同じ空間にいることになる。作品があるのは現実の空間で、時間も流れています。三次元という言い方が正しいかもしれないですね。

Dirty Palace (2018) Photo by Takamitsu Nii

―さらにその作品はすごく印象に残るといいますか。

僕は結構鮮やかな色を使うんですけど、色自体に意味があるというよりは、“色がある”ということに意味があるのかなと思っています。表現したいものを視覚的に捉えるには、色彩というのは大きな要素。自分のなかで、作品に対して「魅力的であってほしい」という気持ちが強いので、そのためにも色彩は重要だと思っています。

―たしかに、もしこれがモノクロだとまた印象が変わりますね。

なかには見えている視界がカラーではない方もいると思うんですが、あくまで僕個人でいえば、普段見えている景色はカラーなので、モノクロにすると不自然なんです。むしろ意味が生まれてしまうし、懐古主義的にも捉えられてしまう。当たり前の状況のなかで、作品を魅力的に見せたいなと思っています。

―色というのは、玉山さんにとって魅力的に見せるためのひとつのツールなんですね。

どういう言い方がいいんでしょうねえ。ツールというより“素材”かもしれないですね。

―玉山さんの作品はどれも鮮やかで、直感的に「わぁ美しい!」と思ってしまいます。

それは少し意識しています。ちょっと話が逸れますが、学生時代にモロッコに行ったことがあったんです。そのときに砂漠でラクダにまたがって夕日を見るという、ものすごく美しい体験をして。かなり特別なシチュエーションじゃないですか。でも、なぜかあまり感動しなかったんですよ。「知ってた」というか……。

―「知ってた」?

はい。夕日の美しさはテレビや雑誌で見て知っているし、裸足で砂を踏みしめる感覚も浜辺を歩いたことがあるからわかっている。だから全然驚かなかったんです。経験があると想像をこえないし、新鮮さが生まれない。そのことにすごく驚きました。

それでいうと、僕が携わっている美術という分野は今までなかったものを生み出せる。まだ知らない体験を与えることができるんじゃないかなと思うんです。

―だから独創的な色を使うわけですね。

そうですね。自然にあるとても美しい景色を飛び越えたいという思いがあって、そういう意味でも色の強さを信じています。人工的だけれど、インパクトを与えるためには重要だなと思っています。

―なかでもとくに好きな色ってあるんですか?

う〜ん、これと言ってないんですけど、本当は今日着ているような淡い中間色が好きなんですよ。薄いブラウンとか。作品が鮮やかなので、ときどき「家のなかもああいう感じなんですか?」って聞かれるんですけど、真っ赤な家には住めないです(笑)。

―そうですよね(笑)。

ついサービスしちゃうんですよ。どんと強烈な印象を与えたいって思ってしまって。でも本当は、もっといろんな幅をもって色を扱いたいという思いがあるんです。だから〈オーラリー〉とのコラボレーションのように、別の方と一緒に制作するときはチャンスでもあります。寄せるわけじゃないけれど、トーンダウンした中間色にも挑戦できるなと。コラボはあくまで作家としての自由度を担保してもらった上じゃないと参加が難しいですが、〈オーラリー〉はものづくりの姿勢に魅力を感じる部分もあったので、すごく楽しめました。

◆作品に数多く登場するモップは“ミューズ”

Dirty Palace (2018) Photo by Takamitsu Nii

―コラボレーションのなかで振り幅が見られると楽しいですよね。オブジェクトの話に移りますと、登場するのは“日用品”になるんでしょうか。

大きくカテゴライズするならそうですね。「あれは何だろう?」と考えてしまうものよりは、みんなが知っているものを選ぶことが多いです。お皿だったり、クシだったり、映像を映すためのモニターだったり。ソファも登場しますね。

―誰もが身近に感じられる日用品を使う、その意味はどんなところにあるのでしょう?

先ほど話したような、まったく知らない、新しいものを見ることへの衝撃もある一方で、「知っているし見たことがあるけれどちょっと違う」という違和感みたいなものも大事にしているんですね。まったく新しい異物を表現するというよりは、普段生活しているなかで違和感を感じてほしくて。

―生活のなかの違和感ですか。

はい。たとえば、フォルムが変わっていたり、既製品のように見えるけどしつらえられたものだったり、もしくは置かれた状況が不自然とか。普通、お皿はテーブルの上にのっているものだけれど、ふわふわした布の上に、壁に平行して並んでいる状態とか。本来あるべきじゃない状況に置かせることで違和感をもたせるというか。あえてスケール感を変えて、大きくしてしまうのもそうですね。モップも実はすごく大きいんです。

―あっ、そうなんですね!

天井から吊られている作品なんですが、柄の部分は4メートルぐらいの真鍮のパイプを曲げてもらって作っています。穂になってる部分で2メートルくらいあるのかな。

―既成品じゃないというのもおもしろいですね。そもそも玉山さんの作品のなかにはモップがたくさん登場しますよね。

モップは素材自体に魅力を感じていて、それでよく使っています。

―モップに魅力を?

はい。まず、柄がついてるじゃないですか。その先に毛がついていますよね。急にディテールが変わるというか、ツヤッとした硬質なものと毛束の柔らかさ。そのふたつを合わせもつ素材としての魅力というか。

―なるほど。

あと、ちょっと人っぽいっていうか、キャラクター性をもったものに見えているんです、僕には。たとえば映画監督で同じ俳優さんを起用する方っていらっしゃるじゃないですか。画として魅力的だから必要なんだという、女性ならミューズと呼ばれるような存在。なんとなく、それに近いようなところがあって。モップのことをいちばん理解してるというか、どう演出したら魅力的になるかわかってるっていう感じですね。

―モップはミューズなんだと。もう、それ以上の説明ってないですよね。あと、作品をよく回転させていらっしゃると思うんですが、これはどういった意味合いがあるんでしょう。

まず、「空間には一定の時間が流れている」ということを表現したかったんですね。そして、流れているのは、僕たちが生活している時間軸とは違うものかもしれない。それを表現するために、いちばん単純な運動である回転運動を使ったんです。とくに「Dirty Palace」では、窓から普段見えている景色が見えないようにして、外の景色を介入させない状況を作り出して。

―観た人が不思議な感覚になるというか。

そうですね。「ここは一体どこなんだろう」と思えるような作品というか。夜なのか朝なのかわからなかったら、時間的な広がりも生まれるだろうと思いました。

◆違和感が呼び起こす、想像力

―眺めているとなんとも言えない気持ちになるんですが、どういうことを感じ取ってほしいですか?

やっぱり、いちばん強く刺激を与えたいのは想像力ですよね。僕の作品で、それを強く喚起させられたらいいなと思っています。普段の生活のなかにはちょっとした気づきがたくさん転がっているはずなのに、つい見落としてしまっていると思っていて。違和感を感じることで、それが気づきに繋がっていくというか。

―たしかに玉山さんの作品を眺めていると、いろんなことを考えますね。

道端の石ころでも、そのなかに風景が見えたときに想像が広がっていくと思うんですよね。日本にも“水石”(すいせき)という石を鑑賞する文化があって、石の模様や表面の起伏から、枯山水のような大きな山々を想像する。小さなもののなかに大きなスケールを見る、それに近いものがあると思っています。

―やはりイマジネーションを膨らますことは大事だよと。

そうですね。想像力を働かせるって、何も芸術に関わらなくたって、生きるうえですごく重要なことだと思うんですよね。誰かとちょっとしたことで揉めてしまったり、些細なトラブルに出くわしたとき、そこに想像力があれば解決できたりするじゃないですか。でも、自分では考えずに、すぐにネットのなかに答えを求めてしまう。

―今の世の中は安易にそうしがちですよね。

電車のなかではみんなスマホに目を落としているけど、もしかしたら窓の外に大きな気づきがあるかもしれない。本当はもっといろんな風景に気づいたり、立ち止まって想像したりすることが大事なんじゃないかなって思います。

―すごく興味深いです。ずっと物事を思考されている印象があるんですが、小さい頃からそういうお子さんだったんでしょうか。

自分の記憶はほとんどないんですけど、ひとりでいることが苦じゃない子だったみたいですね。ひとりで遊ぶのがすごく好きで。これは親から聞いた話ですけど、人形遊びって普通「今日は何しようか」みたいに人形の声を代弁して遊ぶじゃないですか。他の子はそうやって遊んでるのに、僕は喋らずに遊んでいたみたいで(笑)。たぶん想像するのが好きな子だったんじゃないかなとは思います。

―頭のなかで想像を繰り返されていたんでしょうね(笑)。小さな玉山少年が目に浮かびます。そして、新しい作品についてもお伺いさせてください。これは豊田市美術館で展示された作品ですね。

Eclipse Dance (2020)

はい。置いてあるのは約6mとかなり巨大なテーブルです。実際に目の当たりにする人にとって、知っているはずのテーブルなのに見慣れないスケール感や、違和感を感じてもらえるものを目指しました。さらにその上に、人のような形のステンレスのオブジェクトがのっています。

Eclipse Dance (2020)

 

◆回転運動のなかにも気づきがある

―このオブジェは何をあらわしているんでしょう。

名前はとくにないんですが、モチーフは人ですね。僕の作品って無機質で、基本的に人が登場しないものだけが存在している空間なんです。

でも、そのなかで唯一人のような要素をもっているのが「Dirty Palace」ではじめて登場した人型のミラー。そこに鑑賞者が映り込むことで別の意味が生まれるんじゃないか、自分も作品の一部かもしれないと思ってもらえるかもしれない、そういう装置として生まれたものです。

―意味をもったミラーだったわけですね。

そのうち、その存在自体が人をあらわす素材として重要だなと思うようになって。人型のミラーに回転運動を組み合わせたら、ボリュームが出て立体になるんじゃないか。そのイメージから生まれたのが、このテーブルの上にあるこけしのような立体です。素材は無垢のステンレスを磨いているので、鑑賞者も空間もすべてが映り込むんですよね。つまり、マイナス方向の無限みたいな広がりがあるのかなって。景色が凝縮されていく、どんどん内側に入っていく広がりのような。

―逆の無限のような。

オブジェは回ってるんです。すごくゆっくりではあるんですけど。

―そうなんですか!でもステンレスだからか、パッと見はわからないですね。

反射しちゃうのでほとんどわからないんです。でも3秒くらい見つめれば、表面のちょっとした凹凸や反射の歪みでわかってくる。回転運動は宇宙につながる動きだと思っていて。僕たちが生きているこの世界のなかで、いちばんシンプルな運動だと思うんです。地球もまわっているわけだから、ものが回転してるだけで宇宙的なスケールを喚起できるんじゃないかなと。

―宇宙に繋がっていくと。

この作品では“日食”というモチーフを使っています。日食というのは太陽と月が重なってできるわけですが、僕たちが普段目にするあの黒い丸は、奇跡的な距離と大きさの関係があって成り立っているわけですよね。実際には巨大な太陽と地球よりもうんと小さい月が重なっている、ものすごく壮大なスケールがある。その想像を働かせたうえで見ると、今まで見ていた景色が変わってくると思うんですよ。

―たしかに日食を話題にするときに、太陽や月の関係まで思いを巡らせてはいないですね。しかし、どうして日食をモチーフにしようと思われたんですか?

多分思いついたときは何かがあったと思うんですけど、いつも覚えてないんです(笑)。よくあるんですよ、「僕なんでこんなの作ったんだろう」って。でも、それがいいのかなって思っています。普段生きているなかで、自分が気づいている以上にいろんなことを察知しているのかなって。

―玉山さんの作品への考え方というのは、いつ頃から生まれてきたものなんですか?

インスタレーションを作るようになったのは学部生のときですね。その頃は彫刻的なオブジェを作ってたんですけど、学内の個展でどうやって見せようか試行錯誤していたときに、「僕が見せたいのはもしかして作品だけじゃないのかもしれない」と気づいて。空間自体を中心に考えるようになったきっかけはそこですね。

最初は空間を内包した小屋を作っていたんですが、だんだん窮屈になってしまって。それで小屋の壁をひっくり返したんですよ。そうしたら内側が外側に広がって、空間が解放できたというか。それが5〜6年前ですね。そうやって段階的に空間を広げていった感じです。

―そうやって現在のインスタレーションが形づくられていったと。制作するときは、まずラフなどを描かれるんでしょうか。

よく空間的な作品を作る人って、CADなんかを使って三次元のデータをつくるんですけど、僕はそういうのを一切したくなくて。どうしても必要性を求められた場合は、ワンショットでわかるインスタレーションの雰囲気をPhotoshopで作りますが、自分の制作の絶対的なプロセスとしてあるわけじゃないですね。ただ展示のときはギャラリーの方に心配がられちゃうので、頑張って作るんですけどね(笑)。

―ラフを描かないっていうのはちょっと意外でした。

自分のなかで結構大事なのが、「イメージの鮮度を保たせたい」という部分で。あらかじめ作り込んでしまうと、「もっとこうしたい」「ああしたい」っていろんなアイデアが浮かんでしまうと思うんですね。そうするともう僕のオリジナルな発想じゃなくて、誰もが思うような一般的な感覚になってしまう気がするんです。

それよりも、最初に浮かんだイメージを忠実に再現したい。だから自分でコツコツ削り出したり組み立てたりするんじゃなくて、発注する。思いついた瞬間に投げて、思ってもみないズレが生じたとしても、むしろそれを求めているところもあります。

―作り込むより、イメージを大事にしたいと。

現場でもあんまりああだこうだと指示を出して展示物を動かすことはないですね。本当だったら搬入も行きたくないくらい(笑)。展示初日に見て「わあ!」って言えたらなあって。

<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>

玉山拓郎
たまやま・たくろう|アーティスト。1990年、岐阜県生まれ。愛知県立芸術大学卒業後、東京藝術大学大学院修了。2018年に個展「Dirty Palace」を開催。2020年に行われた豊田市美術館の開館25周年記念コレクション展で「Eclipse Dance」を発表した。

※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)

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