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落語家・柳家花緑、過剰集中で倒れたこともあった…発達障がいがわかり「本当に楽になりました」

9歳で落語をはじめ、祖父である人間国宝の故・5代目柳家小さん師匠の最後の内弟子となり、22歳で“戦後最年少の真打”となった柳家花緑さん。

小さん師匠は1996年、80歳のときに脳梗塞を患い、少し身体に麻痺が残ったものの、数か月後には得意だった剣道もできるようになり、高座にも復帰。生涯現役を貫き、87歳で亡くなる3か月前まで高座に上がり続けていたという。

小さん師匠に「教えることは学ぶこと」と言われていた花緑さんは、28歳のときにはじめてお弟子さんを取り、現在は10人のお弟子さんを抱えている。今年はコロナ禍で予定されていた高座やイベントが中止になるなか、「柳家花緑のおうちで親子寄席」、「柳家花緑と十人の弟子たち」を配信するなど、新たな挑戦を続けている。

(22歳)

(20代)(C)橘蓮二

◆生まれた瞬間から祖父のDNAが?

小さん師匠の長女である花緑さんの母・喜美子さんは、「子どもが生まれたら一人は落語家にしたい」と考えていたという。

「おふくろはとても明るい少女のような人です。何せ、著書のタイトルが『小さんの娘 ハッピー出もどり』というくらいですからね(笑)。

-ほかの子どもができることを自分の子どもができないと、だいたいの親は怒ると思いますが、花緑さんのお母様はそういうことがなかったそうですね-

「そうですね。多分母自身も勉強が得意じゃなかったからだと思います。母がある程度、勉強ということに対してもっと前向きであれば、ちょっと違ったんだと思うんですけど、母は僕を落語家にさせたいとか、兄貴(小林十市)をダンサーにさせようと思っていましたからね。

母には『芸ごとをやっていれば人間はグレない。暇だからグレるんだ』という哲学がありまして(笑)。学校と習いごとをやっていれば、グレる隙がないというのが母の持論ですから。実際、忙しいんですよ。たしかにグレている暇がない(笑)」

兄・小林十市さん(51歳)は「ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)」のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍した元バレエダンサーであり振付家。俳優としても活動。

「モーリス・ベジャール・バレエ団」=20世紀の半ば、それまで女性中心のバレエ界にボディタイツ姿の男性ダンサーを中心に据え、人間の愛、孤独、欲望、苦しみなどを、哲学的想念とすさまじい迫力で踊りきるという、新しい形を切り開いたモーリス・ベジャール主宰のバレエ団。

-お母様は、生まれた瞬間、お兄様を見てダンサーに、花緑さんを見て落語家にと決めたそうですね-

「僕はあまりにもうちの祖父に似ていたんですよね。兄貴は目がクリッとして鼻筋も通っていたんですけど、僕は隔世遺伝しちゃったらしくて(笑)。母の思い通りになりましたね。母の直感は当たるんですよ(笑)」

-40年近く前、バレエを習う男の子はまだ少なかったのでは?-

「そうだと思います。母は自分もバレエを10代から習っていて、男性ダンサーが多いことで昔から有名だった『モーリス・ベジャール・バレエ団』の公演を見て、衝撃を受けたらしいんですよ。

上手からバーッと男性ダンサーがたくさん出てきて、それでビックリしていたら、同じ数の男性ダンサーが下手から出て来て群舞で踊っているのを見て、日本にはそんなに男性ダンサーがいないので、圧倒されたって。

それで、『モーリス・ベジャール・バレエ団に兄貴が行けたらいいなあ』って、夢物語を思うわけですよ。

だけど、まさかそれを兄貴が本当にするっていうのが、信じられないことで(笑)。10年在籍して、兄貴は最終的にベジャールさんにオリジナルの振り付けをもらっていますからね。本当にすごいなって思います。

普通は夢に思っていたって入れないし、入ったとしても、そこで中心人物になれるというのはなかなかないことですからね。すごいことだなぁって」

-お兄さまは最初、「タイツを履くのが嫌だ」と言っていたわけですからね-

「そうですよ(笑)。弟の力を借りて行ったんですから、わからないものですね。兄貴はずっと僕の憧れでしたね。カッコよくて。またモテたんですよ。バレンタインデーにはチョコをもらいまくっていましたから。僕なんて一個ももらえないのに(笑)。

兄貴は、朝学校に行くと、机の引き出しやゲタ箱が、ギッシリチョコで埋まっているんですって。兄貴のチョコをよくもらっていました。中学生ぐらいのときにそんなにモテたらしいんですよ。そんなことは僕にはありませんでしたからね。だから、兄がすごくて祖父がすごくて(笑)」

-花緑さんも22歳で“戦後最年少の真打”に-

「そうですね。母が明るい性格でポジティブな言葉が好きなのでね。『大丈夫、大丈夫』という言葉とか、『お前たちは一流になるんだから』と言っていて、洗脳に近いですね(笑)。

あと、言っていたのは『変な女に騙(だま)されるな』と『タバコを吸うな』。これも1日に1回は言っていたので、『変な女って誰だよ?』って、よく兄貴と言ってましたけどね(笑)。

両親が離婚して祖父の家で暮らすことになったんですけど、ラッキーでした。祖父の傘の下で日々を過ごせたというのは、母も兄も僕も本当に運がよかったと思います」

◆「落語家は世襲制じゃない」

祖父は5代目柳家小さん師匠、叔父(母の弟)は6代目小さん師匠という花緑さん。落語家は世襲制ではないが、一代ではじめた小さん師匠の苦労は大変なものだったと思うと話す。

「息子(母の弟・6代目小さん師匠)も孫も落語家になりましたけど、祖父のなかにはうれしさだけじゃなくて、『さあ大変だぞ、落語界というのはそんな甘いものじゃないぞ』という思いもあったと思いますよ。

ただ、祖父自身は二世ではないので。その苦労はしてきてないんですよ。歌舞伎と違って落語家は世襲制じゃないですからね。

祖父も誰かの、偉い人の子どもだったり、孫だったりしたら同じ苦労をするので、そこは言ってくれたと思いますけど、祖父は一代でここまで来た人ですから。

ただ、祖父は祖父で苦労があって、親や周り全員に反対されて、味方がいない状態で落語家になっていますから、スタートは誰にも祝福されてないんですよ。

『やめなさい』って、師匠である4代目小さん師匠にも言われていたそうです。それでも『やる!』と言って、落語家になったわけですから、大変な反骨精神とバネで上がってきた人なので、僕とはかなり違います。

母に後押しされてとか、偉い祖父が環境のなかにいて、叔父もいて噺をすぐ習えてとか。お囃子(はやし)も今回のネット配信ではCDを流していましたけど、本来は、太鼓とかは前座さんが全部覚えるんです。

僕は自宅に太鼓があるわけですから、家で稽古ができるわけですよ。普通の家には太鼓なんて無いじゃないですか。僕の場合は、環境が全部整っていたので、そういうところはちょっと歌舞伎の子みたいな感じですよね」

-落語家さんの場合、代々という方は意外と少ないですね-

「世襲じゃないからです。歌舞伎や狂言などは王道で世襲ですけど、落語は基本、そうじゃないということなんです。一代限りなんです、芸は。

笑いって難しいですよ。だからテレビでも、お笑い芸人の息子でお笑いをやっているという人は出てこないでしょう?落語もそうです。

上手(うま)いも下手も、明るいも暗いも、全部モロバレですね(笑)。知性も何もモロバレ。

わかっていないのは自分だけという感じです。

子ども寄席で小学校とか行くじゃないですか。おそばの仕草を『ズズズズッ』てやると、一番前に座っている子どもに『上手い!』って言われるんですよ(笑)。

『はじめて聞いた子が、上手いか下手かがわかるって怖いなあ』って思いましたよ。それで子どもだと思ってダレてしゃべると、すぐザワザワと騒ぎますね。

真剣にやっているものは、子どもも聞くんですよ、わからなくてもね。隙がないからでしょうかね。隙ができると、すぐしゃべっちゃう(笑)」

-子どもの感性というのは鋭いですね-

「本当に鋭いです。だから僕は子ども寄席こそと言うと何ですけど、大人相手と、同じように真剣にやっていますよ。いつでもそうしなきゃいけないんだけど、とくにそう思ってやっています」

(C)馬場道浩

◆発達障がいがわかるまでは「過剰集中で倒れてしまう」ことも

花緑さんは落語家としてだけでなく、俳優、ナレーター、ナビゲーターとしても活動。2005年には、映画『ヒナゴン』(渡邊孝好監督)に出演。1970年代に広島県で起きた謎の生物ヒバゴン騒動をベースに、教育や市町村合併問題などを盛り込んだこの作品で、花緑さんは生まれ故郷の行く末を案じ、市長選に挑む西野俊彦を演じた。

-俳優業ももっとやられるのかと思っていました-

「もちろんそのつもりでおりました。実はいくつもオファーが来たんですけど、『1か月後とか、半年後どうしてますか?』というようなオファーばかりなんですよ。

おかげさまで落語会のスケジュールがビッシリで、当時のマネジャーがスケジュール調整しようとしてくれたんですけどダメで、結局、全部お断りすることに。

そうすると、もう声がかからなくなるんです。すごいですよ。『1か月後から3か月間空いていますか?』って言われても、空いているわけないじゃないですか。

だから、俳優は売れてなきゃいけないわ、長期間のスケジュールも取れないといけないわで大変なんですよ(笑)。

結局、全部ダメ。だから映画は1本しか出られていないんです」

-舞台では主演もされていますね-

「はい。戦後70年ということで5年前にやった舞台『南の島に雪が降る』では、はじめて主役をやらせていただいて、名古屋市の中日劇場とか大阪、福岡、東京と回りました。

ずっと夢のようでした。『僕でいいのかな?』と思いながら。3時間の芝居に出ずっぱりだったので、体力的にきつくて1か月の内に点滴を5回入れてもらったりしていましたけど」

-体力を消耗しますものね-

「そう。もたないんですよ。セリフも1か月かかってやっと覚えましたけど、やっぱり3時間の芝居をずっとだと気が立って夜も寝られないんです」

-40代になってから、よく倒れたとおっしゃっていましたね-

「それは今思うと発達障がいが原因ですよ。過剰集中してやってしまうので、人よりエネルギーを使いすぎているということですね。そして回復が遅い。もともと胃腸も弱いですしね。

前は夢中になると倒れるまでやってしまうこともあったんですが、発達障がいだということがはっきりわかって、本当によかったと思っています。

自分が発達障がいだとわかるまでは、できないことや苦手なことは、自分の努力不足だと思って落ち込んだりしていましたからね。

でも、わかってからは、『これは僕にとってすごくエネルギーを必要とするので、ちょっと休ませてください』と言えるようになったし、色々なことがわかって本当に楽になりました」

電子チケット販売プラットフォーム ZAIKO」にて販売中
※柳家花緑独演会『花緑ごのみvol.38』
2020年10月4日(日)14時配信開始

◆毎年恒例の独演会も無観客でネット配信に

新型コロナウイルスの影響によって休校や外出自粛となっていた期間には親子向け落語会の無料ライブ「柳家花緑のおうちで親子寄席」を配信。8月1日(土)~10日(月・祝)までの10日間は「柳家花緑と十人の弟子たち」と題し、10人のお弟子さんたちと日替わりで競演して生配信を実施した。

-10人のお弟子さんと一緒に10日間の配信もされました-

「これは僕に言わせると当然というか、弟子を救いたいという思いがあったので。コロナの影響で仕事が全部なくなりましたからね。これは自己紹介VTRというか、商品ラインナップみたいなものです。

『これだけ弟子がおります。よろしければコロナが明けたときに誰か呼びたい弟子がいたら、お仕事ください』的な発想が僕にはあって、やりたいなあと思っていたので」

-それに発表の場があると、お弟子さんたちの励みにもなりますよね-

「そうだと思います。『明日は自分の番』だとかね」

-10人のお弟子さんが全員、出られたということは大きいですね-

「そうしたかったんです。先日、ある番組で弟子たちも出演したんですけど、全員は出してくれなかったんですよ。

僕は全員出したいと言ったんですけど、ダメだったんです。悔しいからこれをやったんです(笑)」

-花緑さんに配信で発表の場を与えられたお弟子さんたちは、励みになって頑張れるでしょうね-

「そうですね。本当によくなるかならないかは、この毎日の過ごし方、積み重ねでしかないですから、僕らは。

僕がしてあげられるのは補足的なもので、本人がみんな頑張っていかないといけないので。

少しでもそういう力水というか、たまに場を与えてあげるということぐらいしか僕がお弟子さんにやれることはないので」

-10月4日(日)には独演会もありますね-

「はい。毎年『花緑ごのみ』というタイトルで2日間、イイノホールで千人のお客様に聞いていただいているんですけど、これは本当にチャレンジの会なんです。

安定しているものを見てもらうのではなくて、船出を見てもらう会なので、初演のものが多く、そこをスタートにだんだん練っていって自分のものにしていくという会。

今回もそのスタイルは変わらないんですけど、ただ、無観客配信にするということを事務所で決めました。

ソーシャルディスタンスで、お客さんを少なくして客席に入ってもらう会もいくつもあるんですけど、無観客に決めた時点では10月の状況がどうなるかわからなかったので、また制限がきつくなってお客さんを入れられないとかいうことになるんだったら、いっそのこと無観客で配信にしようということになりました。

もともと配信はしようと思っていたので。それに向けて、今、一生懸命稽古をしていこうというところですね。

それが吉と出るかどうかはわからないですけどね、はじめてのことですから。でも、一つわかったことがあるんですよ。

これまでは一つの演目をやるときにウケ場ってあるじゃないですか。『ここはお客さんがワーッと笑ってくれるところだ』って。

それで、そこで笑ってくれないと、『笑ってくれない』という気持ちを認識するじゃないですか。そう思いながら一喜一憂して一つの作品をやるのってよくないなあと思ったんですよ。

役になりきってないと、口調が速くなったり、間がズレたりとかなりきり度合いが薄くなるんです。そうすると面白さから一歩後退するんです。

落語家はお客さんと明るいなかで向き合ってやっているから、あくびをしたとか、寝ているとか、全部わかる状況でやっている。全部わかるんですよ、ウケたとかウケないとか。

無観客だとウケもないので、間も変わってくるし、そっちのほうがいいなあって。だから、大事なことはお客さんの前に戻って来ても、無観客でやった感覚を思い出そうという感じなんです。

お客さんを気にしないで、もっと噺の世界に没頭しようと。そっちが大事なんだということが、今回新型コロナの影響で『柳家花緑と十人の弟子たち』をやってよくわかりました。そういう意味ではいい経験でしたね」

昨年までは仕事で忙しく、独演会で披露する新しい演目の稽古時間に苦労したそうだが、今年は新型コロナの影響で稽古時間がタップリあるとか。来年50歳を迎えるにあたり、落語家としてもっと本物の域になっていかないといけない状況だと話す花緑さん。決意も新たに花緑さんの挑戦は続いていく。(津島令子)

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