巨人・菅野智之、ソフトボール上野由岐子の“金言”で開眼。プロ入り後はじめての一大決心で進化
開幕から好調な読売ジャイアンツでマウンドの中心に君臨する菅野智之。今シーズン4年ぶりとなる開幕戦勝利を飾ると、ここまで6連勝と抜群の活躍を見せている。
しかし、絶対的エースは去年大きな苦悩を味わい、プロに入ってはじめての改革を決断していた。
7月12日(日)深夜に放送したテレビ朝日のスポーツ情報番組『GET SPORTS』は菅野智之を特集し、彼の挑戦に迫った。
◆「いいタイミングなのかなと。新しいことに挑戦する」
2020年1月、福岡で汗を流していた菅野。
2019年まではハワイで自主トレを行った後、都内で春季キャンプに備えるのが恒例だったが、今年は自主トレを終えると、そのままある男の元へ向かった。
アスリートコンサルタント・鴻江寿治だ。
これまでソフトボール・上野由岐子や埼玉西武ライオンズ・松坂大輔など、数々の一流アスリートを指導してきた鴻江。毎年、福岡で行う鴻江主宰の自主トレ合宿には、上野をはじめ福岡ソフトバンクホークス・千賀滉大など、錚々たるメンバーが集っている。
今回、菅野ははじめてその合宿に参加したというのだが、一体なぜなのか?
「去年、あそこまで成績を落としてケガで苦しんだシーズンは、野球人生を振り返ってみてもなかったことなので。いいタイミングなのかなと。新しいことに挑戦する」(菅野)
昨シーズン、5年ぶりとなるリーグ優勝をはたした巨人。だが、菅野自身はプロ7年目にして防御率、投球回数ともに自己ワーストの成績だった。
さらに、腰のケガで三度の登録抹消も経験。悔しい1年を過ごした。
不振の原因は、登板後に疲労が抜けず投球フォームを崩していたこと。30歳を迎える年齢の影響もあっただろう。
菅野は体への負担を減らし、自分に合ったフォームを身につけるため、多くの選手を導いてきた鴻江の門を叩いたのだ。
◆新フォームの導入で進化
鴻江の理論は、実に独特である。
人間の体は、猫背でお腹側に力を溜めこむ特性の「うでカラダ」タイプと、反り腰で背中側に力を溜めこむ特性の「あしカラダ」タイプの2つに分類され、それぞれに合った動きがあるという。
「うでカラダ」タイプは、右足の軸で一度「タメ」を作り、お腹を中心にパワーをボールに伝えていくのが理想。菅野はこの「うでカラダ」タイプに分類されるという。
一方、「あしカラダ」タイプは左足で力を溜め、背中を中心にパワーをボールに伝えていくのが理想。このタイプの代表例が、千賀滉大だ。
2019年の菅野は理想からかけ離れたフォームだったというが、どこが問題で、どう変えたのか?
ポイントはふたつある。まずは軸足に「タメる」こと。
「菅野投手のフォームを見ると、右腰に体重が乗っている時間が非常に短いので、もう少し右腰に深く体重を乗せれば、もっと素晴らしい球が生まれるのではないかと」と語る鴻江。
そこで今シーズン、新たに取り入れたのが、腕から始動し、右側の軸足に腕を深く引くフォーム。これにより、軸足にしっかりと体重が乗り、「タメ」を作ることができるという。
力強いボールを生み出す、源となる「タメ」。そしてその「タメ」を、どのようにボールに伝えるかが、ふたつめのポイント。それは「一直線のライン」を作ることだ。
以前の菅野は体重移動の際、左手のグローブが外に流れ、「あしカラダ」のような背中側で押し出す投げ方をしていたという。
これでは体が1塁側に開いてしまい、結果、力が分散され、ボールに十分パワーを伝えることができなかった。しかも、本来の体に合わない投げ方をしていたため、腰のケガにもつながった。
そこで、新たに意識したのが左手の小指。小指を前に押し出す意識で、グローブのポケットをキャッチャーに向ける。そうすることで、左肩の開きを抑え、体のラインがキャッチャーに向かって一直線になるよう変えたのだ。
2020年1月の合宿では、マウンドの周囲にカメラを設置。さまざまな角度から撮影し、鴻江がチェックしていた。アドバイスを受けた菅野は一球一球、体に合った理想的なフォームを探っていく。
2月の春季キャンプでも、繰り返し行うことで身体に染み込ませていた。
「やはり意識付けが一番ですね。手から先に動いて、その後で足を上げる。それですべてが決まるくらい。体への負担は減っていると思いますし、ブルペンでいくらでも投げられそうです」(菅野)
迎えた今シーズン。新しいフォームで、自身4年ぶりとなる開幕戦勝利を収めると、7月3日(金)の中日戦では圧巻のピッチングを見せる。
7回1アウトまでノーヒットピッチング、被安打はわずか1。12球団一番乗りの完封勝利でエースの矜持を存分に示した。この試合、新しいフォームの効果が現れたシーンがあった。
8回まで111球を投じ、迎えた9回。151キロのストレート。さらに、120球目にはこの日最速となる152キロで見逃し三振。通常ならば疲労がたまる試合終盤に、最速を叩き出したのだ。
体に合った新しいフォームを取り入れたことで、30歳にして、確かな進化を感じている菅野。実は、プロに入って一度もフォームを変えたことはなく、まさに一大決心だった。
「今までは投球フォームを変えないことが自分の強みだと思って、ここまでやってきました」(菅野)
長年、体に染み込ませていた自分の強みを崩すことは、恐怖心さえ感じていたという。だが、それを消し去ってくれたのが、38歳にして今なおソフトボール界のトップで戦う上野由岐子だった。
◆結果が出なくなったことは「次のステップに移るチャンス」
1月の合宿では、千賀も加わり3人で本音をぶつけあう姿があった。
菅野:「成績って毎年変わるじゃない? たとえば千賀が20勝しました。その次の年は15勝で終わりました。となると、15勝はすごい数字なのに『調子が悪かった』ってなるでしょ? それがしんどいよね。俺の場合、2018年にキャリアハイの成績を残したけれど、去年はどうしようもできなかった。でも、それ以上の成績って自分が求めちゃうよね?」
千賀:「周りも求めちゃいますよね」
上野:「求めることは絶対悪いことじゃない。常に上を求めていかないと」
菅野:「でも、自分の首を絞めている気がするんですよ、求めすぎて」
上野:「結果が出なくなったということは、今まででは通用しない自分がいて、次のステップに移るチャンスだと思う。それをきっかけに、そこから積み上げていくことで、新しい自分を作れると思う。今はそこで挫折して終わるのか、ステップアップ出来るのか、一番大事なわかれ道で、自分の身体や考え方の変化についていけなかった人が脱落していく。菅野さんは今、30歳ですよね? もう何回か、その繰り返しですね」
高い理想に近づくため、これまで作り上げたものをあえて壊す。そして、それはこれからも続いていく。
上野の言葉を聞いた菅野は…。
「心構えを上野さんから教えてもらい、最初は変えることにためらいがあるので『怖いです』という話をしていたんです。でも上野さんから『去年ダメだったんだよね?』と言われ、いろんな言葉もかけてもらい決心がつきました。鴻江先生同様、上野さんにも感謝しています」
こうして逆境を力に変え、己の体と向き合い、最大のチャレンジを乗り越えることで、今シーズンの進化につなげた。
生まれ変わったエース、菅野智之30歳。
「昨シーズンはふがいないシーズンでした。今年はキャリアで一番いいと思ってもらえるようなパフォーマンスを目指してやっていきたいと思います」
※番組情報:『GET SPORTS』
毎週日曜日夜25時30分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)