芸人・永野、“恩人”斎藤工を語る。「地獄のアングラ生活」から救ってくれた
7月13日(月)に放送された『しくじり先生 俺みたいになるな!!』には、“ラッセンネタ”でおなじみの芸人・永野が登場。
「等身大の自分に自信がなかったので変人のフリをしていたらひとりぼっちになっちゃった先生」として授業を行った。
芸歴26年目の“孤高のカルト芸人”、永野。
永野はまず、「番組の収録中に泥酔してスタッフを大激怒させた上、事務所もクビになり、4年間無収入生活を送っていた」と恐ろしいしくじり経験を明かす。
一体なぜ、そんなしくじりをしてしまったのか。それは、等身大の自分に自信がなかったため、変わった人のフリをしていたのだという。
21歳で大手芸能事務所に所属した永野は、本当は自分も出場したかったのにもかかわらず、「オンバト(『爆笑オンエアバトル』/NHK)に出ている芸人はダサい」などとバカにしていたと当時を振り返る。
“変わり者アピール”をする人は定番をこなす人をバカにしがちだというが、永野いわく、それは裏返し。“ベタなこと”を否定することで、ベタができない自分を守っているだけだった。
永野はその後も、「泥酔状態で舞台に上がる」「先輩芸人のライブの舞台転換をわざと全裸で行う」など奇をてらうことばかりしてきたが、これらの行動も変わり者アピールする人の特徴だと分析。わざとルールを破ることで自分の“存在感”を示そうと必死になっていたのだという。
26歳のときにはバラエティー番組の年越し企画に起用されたものの、持参した日本酒の一升瓶を飲み干して泥酔。裸でひょっとこ踊りを披露し、スタッフからつまみ出されてしまった。
そんな行動を重ねていた永野は28歳のとき、マネージャーから「お前がいると後輩に悪影響を与える」と宣告され、ついに事務所を解雇されてしまった。
事務所をクビになった永野を待ち受けていたのは、想像を絶する“地獄のアングラ生活”。
仕事ゼロ、家賃2万4千円の風呂なしアパート暮らし…。バカにしていた芸人たちがどんどん売れていくなか、誰にも会いたくないからと窓を布団で隠して暗闇で生活していたそうだ。
しかし、どん底であがいているとき、ライブ芸人仲間が「行くところがないならウチの事務所に来ませんか?」と声をかけてくれ、現所属先の前身の事務所に入ることとなり心機一転。そこで頑張ろうと思い、ラッセンネタを生み出したという。
◆“恩人”斎藤工への感謝
授業では、永野がブレークするきっかけを作ってくれた恩人の名を告白。それは、俳優の斎藤工だ。
斎藤とは、彼が司会を務める演芸番組に出演したことで知り合ったというが、そのとき永野は、現在のラッセンネタの音楽に別の歌詞をのせて披露していたそう。
その後、斎藤は自身が監督を務める映画に永野を起用したばかりか、ラッセンネタを見せたところ「こっちのほうが面白いじゃないですか!」と推してくれたという。
さらに斎藤は、永野のネタを集めたDVDを撮影現場で配るなど“宣伝隊長”のようなことまでしてくれた。
斎藤のおかげもあってアングラ生活から抜け出した永野は、授業の最後、“変わり者アピール”をしがちな人々に向けて「最初から“なりたい自分”になれている人なんていない。みんな努力してなりたい自分になったんだ」という言葉を送る。
心を入れ替えた永野は、「今はトガったりスカしたりするのはダサいと思うようになった」「目の前の人たちのために一生懸命ベストを尽くして何かを届けられればいいと思うようになった」などと真摯に語った。
しかし、実は最近でも「生放送中に若手をビンタして110番通報される」「落とし穴ドッキリで不機嫌なリアクションをして現場を凍りつかせる」「クイズ番組でマジメに答えないというボケをやり続けてスタッフを激怒させた」「“絡みにくい芸人は?”と聞かれ、面白いと思ってサンドウィッチマンと答えて炎上」など、まだまだ懲りずにしくじっていることも告白。
「さっきの(反省)はなんだったの?」「治ってないですよ、永野さん…」と教室中をあ然とさせながら授業を終えていた。
なお、地上波放送直後、深夜0時45分からお送りしている「ABEMA」では、永野先生の授業“完全版”と、ABEMAオリジナル企画“お笑い研究部”で大好評だった企画「賞レースで落ちた理由がわからないを考える・ピスタチオ編」を配信中だ。
※番組情報:『しくじり先生 俺みたいになるな!!』
毎週月曜日 深夜0:15 〜深夜0:45、テレビ朝日
※放送終了後から「ABEMA」でも配信