“バーチャル空間に生活圏が移っていくのは必然” 元ひきこもりCEOが考える「これからの体験」
来るべき5G時代に伴い、エンターテイメント領域を中心にテクノロジーを駆使し、新たな文化の創出や魅力的な街づくりなどを目指す「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」。
「渋谷」という世界的にも有名なランドマークを舞台にさまざまなイベントや試みが展開されるなか、自社開発したバーチャルSNS「cluster(クラスター)」で仮想空間「バーチャル渋谷」を提供しているのがクラスター株式会社である。
テレ朝POSTの企画「エンタメの未来」シリーズの特別編「渋谷5G特集」として、雑誌「ForbesJAPAN」の“世界を変える30歳未満の30人の日本人”に選ばれ、同社のクリエイターであり代表取締役でもある加藤直人氏にプロジェクトへの取り組み、そして未来のエンタメへの想いを尋ねた。
ーーまずは今回オープンされた「バーチャル渋谷」についてご説明ください。
加藤:私どもクラスター株式会社は「cluster」というアプリケーションでバーチャル上に“場所”を作るためのツールと、そこで動き回るために必要な“身体”としての3Dアバターを提供しています。
「バーチャル渋谷」の企画自体は前々から進んでおり、新型コロナによって実現がはやまったという側面はありますが、おかげさまで多くのメディアに取り上げていただき、初日で5万動員、以降の流入も順調で、たくさんの人に楽しんでいただけているのではないかと思ってます。
ーー加藤さん自身は渋谷についてどのようなイメージをおもちですか。
加藤:日本における代表的なランドマークのひとつであることはもちろん、クラスター社発祥の地でもありますので、愛着や思い入れはかなりあります。よく道玄坂を登ってコワーキングスペースに通っていました。
「バーチャル渋谷」のメインはやはりスクランブル交差点ですが、狭い路地から見える景色や各店舗の凝ったパロディ看板など、細部にまでこだわっているので、渋谷に通い慣れた人ならきっと楽しんでもらえると思います。
ご存知の通り今、これまでのように気軽に渋谷に行くことが容易ではない状況ですが、僕個人として考えているのは「都市」の役割とは何か? ということなんです。
ーーぜひ詳しく聞かせてください。
加藤:そもそもどうしてリアルな空間に人が集まるのか。それは多くの人が集まることで仕事や作業の効率性が高まり、そこから新しいモノが生まれるという歴史的な背景がまずあります。
僕自身、引きこもり生活を3年ほどした経験があり、インターネットはたしかにすごく便利ですが、得られるのは結局「情報」がほとんどであり、生身の人間と会う「体験」は残念ながら得られませんでした。
やっぱり「会う」「集まる」という体験はなかなかエモいというか、言語化することが難しく、現時点では「体験」としか言い表せないんですよね。これからの時代はそういった「体験」をベースに消費活動が行われていき、そこから何かが生まれ、社会ひいては人類が発展していくのではないかと思います。
ーーそのなかで「cluster」がはたす役割は大きくなっていくと。
加藤:「cluster」でもこれまで音楽コンサートや握手会など、さまざまなイベントを催してきましたが、人が集まる場所には、どうしてそこに集まるのかという「ストーリー」が重要になってきます。
その意味で「渋谷」という街のもつ歴史や背景のインパクトは大きく、人が集まるためのワードとしてはものすごく強い。つまり、「ストーリー」が連なることで「ヒストリー」になっている。
たとえば音楽イベントをやるにしても「渋谷のスクランブル交差点でゲリラライブをやるぞ」となれば、まったくの仮想空間よりも興味を惹かれる度合いが違います。
ーー私たちのなかにある「渋谷」の記憶とバーチャル空間が融合することで、これまでにない「体験」が味わえそうですね。
加藤:リアルな空間が存在するのにどうしてバーチャルな空間をわざわざ作るのか、という素朴な疑問を抱く方もいらっしゃると思いますが、バーチャル空間上に私たちの生活圏が移っていくことは、この10年20年でもはや必然だと思うんです。
実際、『フォートナイト』や『あつまれ どうぶつの森』などの例を挙げるまでもなく、ゲームがソーシャル化していく流れは明確にあります。バーチャル空間がフィジカルな体験とリンクし、より心が動かされることでバーチャル上の「都市」にも価値が生まれ、効果も最大化されるのではないでしょうか。
◆心が動かされる「体験」にバーチャルが活用されることを目指す
ーーバーチャル空間がその力を発揮するのは、やはりイベントなのでしょうか。
加藤:イベントと大雑把に言うよりも、「インタラクティブ性をもったエンターテイメント」だと僕は考えています。
コンサートやeスポーツ観戦、そしてゲームも「ゲーム性のあるイベント」と言い換えることも出来ます。人が集まって何らかのインタラクションがある、それによって心が動かされる「体験」にバーチャルが活用されることを僕らは目指しています。
ーーそう考えると、バーチャル技術にとっても新型コロナウイルスの影響は大きかったですね。
加藤:テクノロジーが進化しても、そのスピードに人の慣習はなかなかついていけなかった。それがコロナによってある意味、強制的にアップデートされましたよね。
僕たちにとってもそこは良い悪いではなく、インターネットに空間や身体を乗せようという自分たちの試みが何年かはやまったと捉えています。
新型コロナより前からバーチャルイベントは増加してましたし、ここに来て一気に増えています。
しかし、インターネットでモノは買えるけど「集まる」が足りない、そこがまだデジタライズされていない部分だと思うんです。
やはり「情報」だけでは人の心は動かないし、消費活動もなかなか起こらない。バーチャル空間で「ストーリー」を全身で体験することが、経済を加速させる材料になり得るのではないかと。
ーー今後、私たち人間とバーチャル世界との関わりはますます加速していきそうです。
加藤:それこそ10年ほど前に話題になった『Second Life』もそうですが、もっと前からメタバース(※インターネット上の仮想空間)という概念はSF小説などで語られていました。
それに、たとえばゲームをインターネット上でプレイする人の数は2000年代に全人類の5%ほどしかいませんでしたが、今や世界中で30億人もの人たちがオンラインゲームを楽しんでいます。
ここ数年で人はデジタルな空間に身体性を移すことに慣れはじめたとも言えるでしょう。同時にテクノロジーにおいてもスマホを筆頭に進化は目覚ましく、通信速度に関しても5Gがもうすぐ導入されようとしていますので、この流れは必定だと思います。
ーーテクノロジーの進化とともにバーチャル空間に「人が集まる」ことが大きな動きを生み出すということでしょうか。
加藤:興味深いのが、私どももこれまでさまざまなバーチャルコンサートを行って来ましたが、普通の動画配信よりもアイテム課金のパーセンテージがはるかに高いんです。
これはリアル空間でコンサートに行くとなぜか気持ちが高まって3,000円のタオルや5,000円のTシャツを買ってしまうように、バーチャル空間でも同じような現象が起きていると言えます。
インターネットにおいて購買活動というものは抽象化されているのですごく難しいのですが、バーチャル空間がそのブーストになり得ると私どもは考えています。
◆どれだけテクノロジーが進化しても、人は「体験」を求めてどこかに集まる
ーーそんな加藤さんから見て、未来のエンターテイメントはどうなっていくと思いますか。
加藤:これはあくまで僕の考えですが、人類の歴史においてエンターテイメントは「集合」と「分散」の繰り返しだったと思うんです。
たとえば「音楽」を例に挙げると、もともとはひとりもしくは少人数で演奏して披露していたものが、聖堂や教会に大人数が集まって一緒に体感する形態へと変化し、やがて大衆化して社会に広がっていきました。
それが今度は録音技術の発達によってレコードやカセットテープが生まれ、個人の間に分散していった。
でも、そうなると人はまた大きな音による“圧”を求めるようになり、フェスなどが隆盛になっていく。
その一方でテクノロジーの進化によって、個人がオンラインで楽しむスタイルも生まれ…というように、ざっくりですが行ったり来たりを繰り返して来た歴史がある。
でも、すべてに共通しているのは「体験」であり、結局のところエンターテイメントに必要なものは「体験」なんです。
これから先、どれだけテクノロジーが進化しても、やっぱり人は「体験」を求めてどこかに集まるでしょう。そんなとき、バーチャル空間において必要になっていくのは「インタラクティブ性」といかに「他者」を感じられるかどうか。
元引きこもりだった僕が言うのも変かもしれませんが(笑)、僕も結局は「人」が好きなんです。
ーー人が好きだからこそ、わざわざこういう空間を作っているのだと。
加藤:ええ(笑)。たとえばcluster(クラスター)で昨年行ったあるコンサートでは、時間の経過とともに足元から水がせり上がって海のなかに沈みながら音楽を聴くという演出を行い、多くのユーザーに楽しんでいただきました。
これは現実世界で味わうことがまず不可能な体験であり、その意味で未来のエンターテイメントにおいて必要なものは、全身で感じられる「体感性」と、それをみんなで楽しめる「一体感」だと思うんです。
もうひとつ重要になっていくのが、「個人」で作れるエンターテイメントの存在です。
今までは「妄想」として片づけられていた個人のアイデアも、テクノロジーの発達によってデジタル上で実現出来るようになりつつあります。そんな流れのなか、ひとりひとりのユーザーやクリエイターが担う役割はもっと大きくなっていくでしょうし、そこから生まれるものもきっとある。
これから先、そういった新しいエンターテイメントが発達していくなか、僕はあくまで裏方として(笑)、これからも地道にインフラを支えていければと思います。
<取材・文/中村裕一>
※加藤直人(かとう・なおと)プロフィール
京都大学理学部で、宇宙論と量子コンピュータを研究。同大学院を中退後、約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にクラスター社を創業し、2017年に数千人規模のイベントを開催できるバーチャルイベントサービス「cluster」正式版を開始。現在はソーシャル×ゲームの要素を加えて新たなSNSを目指す。経済誌『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出される。