篠井英介「本当に憎らしい」は悪役への最高の賛辞。「いやなやつだったね」って言われれば…
ネオかぶき劇団「花組芝居」で看板女方(おんながた)として活躍後、女方三部作『欲望という名の電車』、『サド侯爵夫人』、『サロメ』をはじめ、数々の舞台でヒロインを演じてきた篠井英介さん。
テレビ、映画の出演作も多く、今年3月に公開された映画『Fukushima 50』では東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故現場の混乱をほとんど無視し、本店から指令を出す常務役、映画『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』(2013年)と『探偵はBARにいる3』(2017年)ではショーパプのママ、ドラマ『下町ロケット』(TBS系)では主人公に立ちはだかる敵役など、多彩な役柄を変幻自在に演じ分けることで知られている。
◆渡辺謙さんとの緊迫感あふれる応酬は…
2011年3月11日に発生した東日本大震災による福島第一原子力発電所事故。あのとき、本当は何が起きていたのか。未曾有(みぞう)の事態を防ごうと現場に留まり奮闘し続けた人々の知られざる姿を描いた映画『Fukushima 50』が、今年3月に公開された。この映画で篠井さんは、本店常務・緊急時対策室総務班の小野寺秀樹役を演じている。
-混乱する現場の状況をほとんど無視して困難な指令を出す役ですが、ちょっとした表情に、本当はそんなに無慈悲な人ではないのだろうなと感じました-
「そうだとうれしいです。そうありたいなと思ってお芝居していました。あれが全部本心で、ああいう風に現場に指示をしていたとは思えないじゃないですか。だから、官邸と現場との板ばさみの人ですよね。
本人もものすごい葛藤があるけれども、口に出しては、現場の声を無視したような過酷な指示を出さざるを得ない、つらい立場の人だという風に演じないと深みが出ないと思ったので。そうなると良いなあと思ってやっていました」
-撮影も大変だったのでは?-
「そうですね。僕のシーンは全部1日で撮ったんですけれども、やりとりしている吉田所長役の渡辺謙さんとは一度もお会いしてないんです。あのシーンは僕のほうが先だったので、撮影のときに渡辺謙さんの声も聞こえない。自分のセリフだけでやっていたんです」
-渡辺謙さんはこういう風に言うだろうと想定してですか-
「そうです。なので、かなり無謀ですよね。実際にはどれぐらいのトーンで言ってくるのか、全くわからない状態でというのは、かなり難しいですから。渡辺謙さんがあのシーンを撮影するときには、僕の声が聞こえていたみたいですけど」
-そのようにして撮られたとは思えない緊迫感があるシーンでした-
「そうですね。そういう特殊な共演の形だったので、特殊なお芝居が求められていると思ってやっていました」
-東日本大震災のときには篠井さんは?-
「家にいました。お友達と会う約束をしていて、そろそろ家を出なくちゃと思っていたときでした。もちろん、もう出かけられませんでしたけどね。電車も止まりましたし」
-それからわりとすぐに海外に行かれたそうですね-
「そう。仕事でアメリカに行っちゃったんですよ。ニューヨークだったんですけど、日本を脱出する外国の方がいっぱいいたので、こっちから行くことは行けたんですよね。ニューヨークに着いてからのほうが不安でした。リアルタイムで細かな情報が入って来ないので。
ニューヨークからは2泊3日で帰って来ましたけど、戻って来られて良かったです。下手したら帰って来られないかなと思ったので。本当に怖かったです。現実じゃないみたいで」
◆悪役は「本当に憎らしい」と言われることが最高の賛辞
日曜劇場(TBS系)の池井戸潤原作ドラマ『下町ロケット』では、国内の全医療薬品・医療機器を審査する独立行政法人の審査官・滝川信二役で出演。人工弁「ガウディ」を開発する主人公・佃(阿部寛)の前に立ちはだかる敵役。
-審査する側の立場を笠に着て言いたい放題の滝川審査官は、本当に憎らしい感じでした-
「あれはそうおっしゃっていただけるのが最高の賛辞。『いやなやつだったね』って言われれば、それは成功しているということなので(笑)」
-演じていていかがでした?-
「あのシリーズは、独特な撮影の仕方をしていて。普通はカットを割って撮るんですけど、3分なら3分のシーンを一気に撮って、それを繰り返すんです。
映像で3分やるのはすごく大変なことなんですけど、それをカメラの場所を変えて、またもう1回頭から3分やってという撮り方なんですね。
ですから、僕がやっていたシーンが4分あるとすると、4分を何回も何回もやるんです。
俳優は演劇(舞台)で同じお芝居を公演期間、10回も20回もやるんだから、できそうだと思うんですけど違うんですよね。
映像はセリフを覚えて行って、その現場ではじめてお会いする共演者の方と、その場で繰り返し本番を4回、5回やるというのは、人間の生理として、困難を極めるんです。
普通は、4分のシーンだったら、カメラの位置を変えたりして何カットかに分けて撮影するので、途中で台本を確認したりすることができるんですけど、それが一切できない。ですからちょっと言うと地獄の撮影なんですよね(笑)」
-長回しでトチったら…と思うとドキドキしますね-
「そう。僕が間違えたりすると、もう1回頭からやるわけですからね。どうなることやらって、ちょっと今までの経験上ないくらいハードでした。
普通、時間がないときは、間違えたところだけ、もう1回ってなるんですけど、4分間頭からやるわけですから、それはものすごいプレッシャーになる。その苦しさたるや、ちょっと忘れられないしんどさですよね(笑)」
-一度トチると、また同じところで間違えてしまうということもありますよね-
「あったと思いますよ。『いけない、いけない』と思うと余計にね。ハマっちゃいます。そこがうまくいっても、その次にしくじることもありますからね。
演劇(舞台)はそういうしくじりを何度もお稽古場で、お客さんがいないところで繰り返してからだになじませていって、最終的にスムーズにやれるようになるわけです。
その過程を本番でやらされているようなものなので、やっぱり寿命が縮むみたいな気持ちになりますよね。その撮り方を知っていたので。撮影がはじまる前がものすごく怖かったのを覚えています。
僕はあのドラマの撮影前にお芝居の旅公演に行っていたんですけど、旅公演のさなかに、あのセリフを覚えていまして。気晴らしにスーパー銭湯に行って、スーパー銭湯の湯船につかりながらもセリフをやっていました(笑)」
-セリフ覚えは良い方ですか-
「若い頃ははやかったんですよ。『篠井君はNG出さないね』って言われたことがあったくらい、大丈夫だったんですけど、10年ぐらい前からはもう本当にセリフが覚えられなくなってきて。
これは皆さんそうおっしゃいますけど、『よし、覚えたぞ』って覚えたつもりになっても、現場に行くと環境が変わるし、フッてわからなくなる。セリフが出ないときがあるんです。
本当にスリリングですよ。自分で自分のことを信じられませんからね(笑)」
◆40歳までは、ある役をやらないと決めていた理由
映画『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』と『探偵はBARにいる3』では、探偵(大泉洋)のススキノの情報源であるショーパブのママ・フローラ役で出演。
「『探偵はBARにいる』のフローラママとか、『瞳』(NHK連続テレビ小説)のゲイバーのママ的な、ヒロインの相談役のお姉さんおじさんというか、そういう役はお話が来ても、40歳ぐらいまでは一切やらないようにしていたんです。いわゆるゲイっぽい役はね。
舞台で女方をやっているので、そういう役をテレビなどでやっちゃうと、女方さんなのか、今でいうオネエのタレントさんなのか、区別がつかなくなってしまう。
僕は舞台の女方なんだということを認知して欲しかったので、そういうゲイっぽい役や、オネエっぽい役はやらないって決めて。
マネージャーさんと相談して、『そういう役が来たら断ろうね』って言っていたんですけど、それこそ『欲望という名の電車』も何回かやって、40歳ぐらいになったときに封印を解いて。
うがった言い方をすれば、演劇界において『女方篠井英介』という認知が、演劇の世界では少しされるようになったので、もうドラマや映画でそういう役をやってもいいかなって」
-大泉洋さんとは三谷幸喜監督の映画『清州会議』でも共演されていましたね-
「はい。『探偵はBARにいる2』でフローラをやって共演した直後に『清洲会議』でしたからね。織田信長役をやったときに大泉洋さんと対峙(たいじ)して芝居をしたら、『同じ人とは思えない』って、一言僕に言ったんですよ。
フローラと織田信長では真反対の役だし、大泉洋さんは両方生で見ているわけですからね。大泉さんからすれば、それが本当にフッと出た言葉だったんだと思いますけど、ある種褒め言葉だなってうれしかったです」
-演じる役柄の幅が本当に広いですね。映画『リトル・マエストラ』(2012年)では漁師役。イメージがまったく違って驚きました-
「ああいう役とか、『昭和元禄落語心中』(NHK)のハゲたおじいさん役とかが来るのが不思議なんですよね(笑)。『リトル・マエストラ』に至っては、高校生の孫がいるおじいちゃんの漁師ですからね。『なぜ来た?』って(笑)。
たまたまあれが石川県の能登のお話だったので、同郷の石川県の出身者1人ぐらい、キャストに入れておくのが良いかなっていう思いがおありだったような気がするんですけどね。それにしても、『村のおじさんぐらいならわかるけど漁師?』って(笑)」
-石川県の観光大使もされていますものね。でも、普段の篠井さんとはまったくイメージが違いました-
「歌舞伎役者の方にとても無礼なんですけど、僕は歌舞伎役者にちょっと近いところがあって、歌舞伎役者の方のなかには、男の役も女の役も老け役も、おじいさんもおばあさんも武家もお百姓さんも何でもやれなきゃいけない人たちもいて、そういう人たちを見て育っているんですよね。
あと、男が女を演じるという飛び方ですよね。そのぶっ飛び方というのは、ある種技術も必要で、それも例えば娼婦、お姫様、西洋の女王…どんな役でも女方としてはやらなきゃいけないし、やれなきゃいけないと僕は思っているんですね。
女方たる者は、どんな女の役でもやらなきゃいけない。でも、その飛び方のことを自分のなかで培ってきたとしたら、それが漁師だろうが、ハゲたおじいちゃんだろうが同じなんですよ。
だから、そういう意味では、僕はある意味器用なんだと思うんです。それで自分と遠いほうがやりやすい。女方がそうですからね」
◆新型コロナウイルスの影響で中止になった舞台は…
新型コロナウイルスに関する「緊急事態宣言」が発令されたことにより、篠井さんが出演するはずだった舞台『アユタヤの堕天使』も公演中止に。ともに劇団「花組芝居」の旗揚げに参加した深沢敦さん、ドラマ『相棒』シリーズに出演していた大谷亮介さんとともに結成した演劇ユニット「3軒茶屋婦人会」の5年ぶりの公演になるはずだった。
-演劇ユニット「3軒茶屋婦人会」を結成されたきっかけは何ですか?-
「僕と深沢君はたまに女方をやっているので、それを見た大谷亮介さんが、ある日、『お前らずるい』って言うんですよ。『お前ら良いなぁ、男も女もやって楽しそうだなあ。俺にもやらせろ』って言うわけ。
だけど、『そんなに簡単にいかないよ』って思って放ったらかしていたんですけど、あんまり何度も言うので(笑)。
それで、『今度俺一人芝居で80歳のおばあちゃんの歯医者さんの役をやるから見に来い』って言うから、見に行ったらうまかったんですよ、そのおばあちゃん役が。
とても可愛くてチャーミングで、僕ちょっと見直して、『こういう芸があるんだ』と思って、『1回だけ混ぜてやるわ』ってはじまったのが、最初。
『ヴァニティーズ』という、アメリカのお芝居をやったんですけど、そのときの大谷さんがものすごく可愛くて良かったんですよ。
僕、舞台上で、ちょっと惚れるぐらいすてきだったんです。女の子の可憐(かれん)な気持ちとかがすごく良く出ていて可愛くて。
それで、僕も味をちょっとしめて、『じゃあ、続ける?』って(笑)。『3軒茶屋婦人会』というのは、あっちゃん、深沢君のネーミングで、これまでにもう6回も舞台をやっているんです。コロナで中止になっちゃいましたけど、今回が7回目だったので」
-大谷さんは本当にガラッと変わりますね-
「大谷さんは気合が入っていますよ。大谷さんは誰よりも『3軒茶屋婦人会』を愛している(笑)」
-今回中止になったお芝居はいつかできそうなのでしょうか?-
「難しいですね。一旦(いったん)全部白紙なので。劇場を押さえるところからはじめなきゃいけないし、すでに写真を撮ったり、劇場を押さえたり、稽古場を推さえたり、費用も結構出ているので、それは1回きれいに精算してから、改めて考えないと。脚本はできているんですけどね」
-今、エンタメ業界は大変な状況ですが、今後はどのように?-
「もうこの状況ですからね。『お仕事があると良いな。この先も』って、それだけ。
『舞台でも、ドラマでも、バラエティでも何でもいいです』という感じ。
『やりませんか?やってもらえませんか?』って求められたいです。誰もがそうだと思います、今。
俳優さんに限らず、お仕事をしている人は、『君にこれをやってもらいたい』って、それで多少の報酬がもらえればものすごくうれしい。生きがいがある。その生きがいが今ないっていうのがつらいところですよね」
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立ち居振る舞い、所作がとにかく美しく、穏やかな話し方も耳に心地良い。2019年は「劇団新派」の舞台『夜の蝶』での美しい女方も話題に。新型コロナの影響で舞台はまだ先の見通しが難しいが、ようやくドラマ、映画の撮影は再開しつつある。変幻自在の篠井さんが次はどんな役で魅せてくれるのか楽しみだ。(津島令子)