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愛妻家の金田明夫、妻との出会いは“プールの監視員”。子ども3人は「ほぼバイトの収入で…」

©テレビ朝日

「演劇集団円」の劇団員として、舞台『リチャード三世』、『マクベス』、『あらしのよるに』など、多くの舞台に主演し、『科捜研の女』(テレビ朝日系)シリーズではコワモテの藤倉甚一刑事部長役、『警視庁・捜査一課長』(テレビ朝日系)では内藤剛志さん扮する警視庁捜査一課長の右腕・小山田大介管理官役でも知られる金田明夫さん

舞台だけでなく、ドラマ、映画にも引っ張りだこの実力派俳優。映画『いつくしみふかき』がロケ地である飯田市で先行公開中、4月9日(木)からはドラマ『警視庁・捜査一課長2020』の放送が始まったばかりの金田明夫さんにインタビュー。

©テレビ朝日

◆モノマネを披露してお年玉をゲット!

幼い頃には俳優になることなど考えもせず、ただ毎日遊んでいるのが楽しかったと話す金田さんだが、芸達者な子どもではあったという。

「今思うと小さいときに、『この子は大きくなったら役者になるよ』とか、そういうのっていうのはあったんじゃないですかね。

モノマネをやって、お年玉の額を増やしてもらったりしていましたから、人前で何かをやって見せるということは、 嫌いではなかったんでしょうね」

-お芝居の道へ進むことになったきっかけは?-

「大学受験に失敗してやることがなかったので、『何かやらなきゃいけないなあ』って思ったときに、フッと『俳優になるかな』って、そんな感じだったんですよね」

-劇団を受けることにされたのは?-

「たまたまですけど、知り合いにちょっとそういうことを知っている方がいたので、『俳優になるには、どうしたらいいの?』って聞いたんですよ。

今みたいにプロダクションが色々ある時代と違いますからね。そうしたら、『劇団というのがあるから、そこに入ったらいいよ』って言われて、いくつか教えてくれたのが『文学座』と『現代演劇協会』というところだったんです」

-それで両方受けられたんですか?-

「受けました。それで『文学座』はものの見事に1次で落っこちて(笑)。演技の『え』の字も知らない状態で受けたものですからね。

『現代演劇協会』というのは、『劇団雲』と『劇団欅(けやき)』というのがあって、その総称なんですけれども、そこの研究生として通うことになって。

それで、途中で『現代演劇協会』が分裂して、『演劇集団円』と『劇団昴』というのに分かれたんです。そのときにある人が『金田面白い。円に来たほうがいいよ』って誘ってくれたので、僕も『これも何かの″縁″だから』って(笑)。シャレじゃないけど、『演劇集団円』に入ることに」

-それはおいくつのときですか?-

「もうすぐ20歳になるというときでした。22歳で劇団員になっていますから」

-ご両親には反対されなかったのですか?-

「おやじは何も言わなかったし、おふくろは、今思うと非常にいつもポジティブで、『俳優になる』って言ったら、『あら、そう』っていうくらいだったんですよね。

比較的応援してくれて、劇団の研究所の入所試験のときも、課題の相手役も家でやってくれましたしね。

だから、僕がやろうとしていることを何ひとつ反対しないで、おふくろは賛成してくれていたなあって、今になってすごくわかります」

-劇団の研究生時代は月謝もあって大変だったのでは?-

「月謝は親に出してもらいました。月に1万円位は払っていたんじゃないかな。もちろんバイトをしていたので、自分で払うというのもあったかもしれないけど、なんとなく払ってもらっていたので、それはとても助かりました」

-アルバイトは何をされていたのですか?-

「僕はプールの監視員をしていました。水球をやっていて水泳が得意だったので、結構からだ作りも兼ねて、時間も自由にできてという、比較的楽しいバイトでした」

-劇団のお芝居があったり、稽古があるときにはお休みが取れたのですか?-

「そうです。あの頃は本当に仕事がないから、男の子はだいたい肉体労働か水商売みたいなのをやるんだけど、芝居に入ると辞めなければいけないという時代だったんですよね。今みたいに、こんなにたくさんの非正規雇用はなかったですからね」

※金田明夫プロフィル
1954年10月13日生まれ。東京都出身。1977年、「演劇集団円」の劇団員に。舞台『リチャード三世』、『マクベス』『あらしのよるに』など、多くの舞台に主演。1980年代半ばから映像作品でも活躍。連続テレビ小説『おしん』(NHK)、『3年B組金八先生』(TBS系)、『科捜研の女』、『警視庁・捜査一課長』、映画『いつくしみふかき』など、テレビ、映画に多数出演。映画『スター・ウォーズ』シリーズ、映画『ベイマックス』など声優としても知られている。

©テレビ朝日

◆出会いはプールの監視員、夢と希望しかない状態で結婚

愛妻家として知られている金田さん。奥様とはプールの監視員同士の出会いだったという。

「知り合ったとき、彼女は大学生でした。僕は劇団員になっていましたけど、食えない役者でね。夢と希望しかないやつと結婚なんて無謀なことをしたよなぁと思って(笑)」

-でも、俳優を続けてらしてレギュラー番組も多いですしね―

「そうですね。ありがたいことですね」

-舞台の主演作も多いですが、挫折(ざせつ)というか、もうダメじゃないかと思ったことはありますか?-

「それはないですね。人並みの役者としての悩みみたいなのはあったかもしれないけど、今思うと、『本当にバカなの?』っていうぐらい、『食えなかったらどうしよう?』とかいうのが全然なかったですね。

日々が楽しくて。この間も女房と話していて、『将来食えるようになるかな?』とか、『食べられなかったらどうしよう?』とか思わなかったか聞いてみたら『ない』って言うから『俺もないんだよね』って(笑)。

なんか舞台をやってはバイトをやって、たまに映像の仕事をやって、またバイトという生活だったんですけど、ふたりとも『将来私たちどうなるの?』って思ってないんですよ。

神様って良いものでね、そういう不安感を払拭(ふっしょく)させてくれているんですよ」

-奥様もすごいですね-

「うん、すごいなぁと思いました。普通は不安になるはずなのに全然気にしてなかったからね」

-お子さんもいらっしゃいますしね-

「そうですよ、子ども3人。全然食べられないうちに、子どもが3人いましたからね。ほぼアルバイトの収入で子どもを育てたようなものですよ。『女房を働かせない』というのが僕の誓いだったので」

-奥様は専業主婦に?-

「はい。僕が鍵っ子だったので、お母さんには家にいて欲しかったんです。子どもが自分で電気をつけるような生活をさせたくないというのもあったし、僕自身もガチャって鍵を開けて帰るのではなく、『ただいま』って帰る人生にしたかったんですよね。

だから、『俺が働くからお前は働かなくていい』って言って。でも、女房は英語ができたので、翻訳の仕事とかを家のなかでできる範囲でちょっとやってくれていました。

それも子どもが生まれたりとかして、だんだん仕事が減っていきましたけど、女房を働きに出させるということはさせませんでした。

『俺が全部やる。俺が稼ぐから』って言って、バイトも掛け持ちしていましたよ。プールの監視員以外にも、空いているときにはビルの管理清掃のバイトをやったりして。プールの監視員の方は、僕も古参になっていって、バイト先では親分みたいになってきて僕自身が仕切るようになっていました」

―肉体的にかなりきつかったのでは?-

「そうですね。でも、子どもが3人いたし、今から3、40年前のことですから、今みたいなしっかりした保育システムもなかったし、何となくアバウトでね。『とりあえず、家にお母さんがいたほうがいいよ』って」

―アルバイトをしながらの生活というのはどれぐらい続いたのですか?-

「20歳で俳優を始めて、40ちょっと前までバイトをしていたのを覚えていますよ。だから20年間ぐらい。結構大変だったんですよ。仕事をして映像でまあまあの役をいただいていながらも不安感があったので、アルバイトを辞められなかったというのもありました」

『3年B組金八先生』の放送が始まってからもしばらくはアルバイトを続けていたため、気づかれそうになったことも多々あったという。次回は“食えない時代からの同士”内藤剛志さんとの絆、『警視庁・捜査一課長』(テレビ朝日系)の撮影裏話を紹介。

※映画『いつくしみふかき』全国順次公開
配給・宣伝:渋谷プロダクション
監督:大山晃一郎
出演:渡辺いっけい 遠山雄 平栗あつみ こいけけいこ 三浦浩一 眞島秀和 塚本高史 金田明夫
30年前、妻の出産中に妻の実家に盗みに入った広志(渡辺いっけい)は、悪魔として村を追い出された。その時生まれた息子・進一(遠山雄)は、仕事も長続きしない何もできない男になっていた。そんなある日、村で連続空き巣事件が発生し…。

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