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“3度目の五輪”で地元へ恩返しを。元カヌー選手が、キルギス共和国の文化を広める理由

テニスの現役を退いてから、“応援”することを生きがいにしている松岡修造。

現在は2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けて頑張る人たちを、「松岡修造の2020みんなできる宣言」と題して全国各地を駆け巡って応援している。

今回、修造が訪れたのは東京の北西部、新宿から電車でおよそ一時間のところにある羽村市。そこで修造を待っていたのは、羽村市役所に勤める笹本弘子さんだ。

バルセロナ、アトランタ五輪にカヌースラロームの選手として出場したオリンピアンでもある。修造も同じ時期に出場しており、笹本さんは2020年、“3度目の参加”を狙っているという。

©テレビ朝日

案内されたのは、羽村市役所の一角。そこには、ユーラシア大陸のほぼ中央に位置し、人口およそ620万人のキルギス共和国の旗や衣服、写真が飾ってあった。

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実は羽村市では、キルギス共和国の男子柔道チームが、2020年東京五輪の事前キャンプを行うことが決まっているのだ。

そのため、市は笹本さんを中心に、キルギス共和国の音楽家を招いてコンサートを開催したり、キルギス料理の料理講座を開いたり、羽村市民にキルギス共和国の文化を広めている。

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◆「羽村に恩返しをしたい」

「羽村市でこのプロジェクトを成功させたい」その情熱の奥底には、笹本さんの生い立ちが大きく関係していた。

東京・杉並区で生まれた笹本さんは、幼い頃から喘息を患い、3歳の時に自然豊かな羽村市に移り住んだ。

そこでカヌーと出会い、地元の多摩川で練習を重ね、遂にオリンピック2大会連続出場を果たした。

笹本さんは、羽村市に来ていなかったら、五輪出場は成し遂げられなかったという。

「羽村市役所に入ってから、いろんな人に支えられて、オリンピックに出場させていただきました。なので、羽村に恩返しをしたい!という気持ちでいます」(笹本さん)

そして2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まった際、笹本さんは、アトランタ五輪当時のエピソードを思い出した。

「アトランタオリンピックで、ボランティアの人と毎日、顔を合わせて『仕事を休んで大変ですね』と言ったら、『何を言っているんだ!一生に1回しか、こんなチャンスはないだろう!僕は楽しんで参加しているんだよ』と言われました。

運営するスタッフ、ボランティア、また観客の皆さんが、一体となって楽しんで盛り上げるから、こんなに盛り上がるんだと、その時に気づいたんです」(笹本さん)

市民にスポーツを通じて感動を伝え、羽村へ恩返しする―それが笹本さんにとっての、24年ぶり3度目となるオリンピックへの挑戦なのだ。

「羽村市全体でキルギス共和国を知って応援して…そうするとキルギスのチームも、すごく盛り上がる。関わった人達が、そこで感じたものを次の一歩にしてもらいたいです」(笹本さん)

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笹本弘子さんのできる宣言は「キルギス全力応援。羽村市民全員で東京2020に参加したい」。

修造は「羽村市のみんなならできる!」と笹本さんの“3度目への挑戦”を後押しした。

※番組情報:『TOKYO応援宣言
毎週日曜あさ『サンデーLIVE!!』(午前5:50~)内で放送、「松岡修造の2020みんなできる宣言」も好評放送中、テレビ朝日系

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