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キックボクシング・江幡睦、“歴史を創る”壮絶な死闘。タイ国外に不出…ムエタイのベルトへの挑戦

11月24日(日)に放送されたテレビ朝日のスポーツ情報番組『Get Sports』では、キックボクサー・江幡睦選手について特集した。

◆キックボクサー・江幡睦が挑んだ“歴史を創る戦い”

現在、日本のキックボクシング界に、鮮やかに才能を喚起させる双子の兄弟がいる。兄・睦(むつき)と、弟・塁(るい)の江幡兄弟だ。

今年2019年10月、その兄・江幡睦が、格闘家人生を懸けた一戦に臨んだ。

「立ち技格闘技最強」と言われるタイの国技・ムエタイ。その王座への挑戦。それは、日本キックボクシング界が目指し続けてきた“最高峰”。いわば“神の領域”へと踏み入るに等しい歴史的決戦である。

江幡睦は、新たな歴史を創ることができるのか。その挑戦の一部始終を追った。

◆日本キックボクシング界の悲願

今年3月、東京・代官山の伊原道場。ムエタイの本場・タイから招いたトレーナーと共に激しい練習を行う江幡睦の姿があった。

日本のキックボクサーである江幡が、異国のトレーナーに教えを乞う理由。その説明から物語を始めよう。

500年の歴史を持つ、タイの国技「ムエタイ」。

その最高峰の舞台であるラジャダムナンスタジアムの王座は、世界中のツワモノが憧れる“頂点”と言われる。パンチとキックに加え、ヒザ蹴りやヒジ打ちも有効。過酷な戦いを生き残った者だけが王者の称号を得る。

そのベルトがタイ国外へ渡ることは、極めて稀。否、挑戦する機会さえ滅多には巡り来ない。

キックボクシングは、この「ムエタイ」に対抗する形で1966年に日本で誕生したスポーツである。

1970年代には“キックの鬼”沢村忠らの名選手を生み出し、隆盛を極めた。その後、人気の低迷があったものの、近年のキックボクシング界には“新世代”と称される才能が台頭し再び熱い視線を浴びている。

キックボクシングの範疇を越え、総合格闘技でも活躍している那須川天心(なすかわ・てんしん)、新生K-1のエースとしてカリスマ的人気を誇る武尊(たける)などが注目されているなか、江幡兄弟も目の肥えたファンからその実力を高く評価されてきた存在である。

なかでも江幡睦は、50年余りにわたるキックボクシングの伝統を背負い、他団体への参戦もほとんど行わない。

「ムエタイ」のベルトを奪うことで、伝説を創る。――そんな想いを貫いてきた。

そのなかで、2013年には2度の王座挑戦の機会があったものの、いずれも判定負け。さらに2015年の3度目の挑戦も…当時の王者をあと一歩まで追い詰めながら、惜敗に終わっている。

「またイチからですけど、まだ何もない状態ですけど、この大きな夢のムエタイのベルト、もう1回諦めないで狙っていこうと…」――当時、睦はそう誓い、再挑戦の機会をずっと待ち望んできた。

今年で28歳。衰えを感じたことはまだないというが、現在のコンディションをいつまで保てるかは分からない。練習パートナーをタイから招いたのも、再挑戦への意欲の表れ。ムエタイ流のテクニックを、日々学ぶことに努めていた。

◆江幡が磨いた、日本キックボクシング“伝統の技”

そんな取り組みが実ったのは、今年7月。

睦はタイの強豪に見事KO勝利し、プロモーターへのアピールに成功。そして、難しいと思われた4年ぶり通算4度目のタイトルマッチが10月に日本の地で実現することになったのだ。

「もう獲れないんじゃないかとも思ったし、もうチャレンジできないんじゃないかと思ったこともあって、“ついに来た!”って感じましたね。この話を頂いたときにトレーニングもそうですし、生活もそうですけど、集大成を見せて、このベルトを獲りたいなと思ってますね」

江幡が挑む相手は、22歳の若き王者、サオトー・シットシェフブンタム。攻撃力に優れ、ムエタイの真骨頂である「至近距離の戦い」が得意。なかでも、相手との離れ際を狙う「ヒジ打ち」は一撃必殺の威力を誇る。

「サオトーは今まで僕が戦ってきた中で一番強いって言われている。評価でいったら、たぶん僕が勝つ確率なんて低いと思ってる人たちがたくさんいて、まだまだそういう認識をされてるっていうのが現実なので。ただ僕がこのベルトを獲ることによって新しい歴史を創ることができるので」

これまでタイ人のトレーナーと共に、ムエタイ対策は入念に行ってきた。しかしそれだけでは、最強王者に勝ち切ることは難しい。そこで江幡が磨いたのは、日本のキックボクシングが培ってきた“伝統の技”。

「パンチのインパクト、あとローキックというのがムエタイにはほとんど存在しないんですね。キックボクシングというのはローキックが武器になるので、キックボクシングスタイルの大きなパンチと効かせるキックっていうのを意識してますね」

ローキックでダメージを与え、パンチで仕留める。これまで何人ものタイ人を倒してきた江幡睦の、そして日本のキックボクシング伝統のスタイルで、悲願成就を期す。

「ムエタイっていうのはもともと賭けを前提にしたスポーツなので、勝つことを優先して、倒すっていうことをあまり意識してないんですね。でもキックボクシングっていうのは相手を倒すっていうことに美学があるので」

◆師匠・伊原信一会長への想い

試合まで3週間に迫るなか、江幡は“最も勝利を捧げたい人物”と向き合っていた。師匠・伊原信一会長だ。

徹底して基本にこだわり、この日も構えた際のバランスについて何度も注意を与える伊原会長。

伊原は、1968年に選手としてデビュー。キックボクシング黄金時代を支えた1人である。そんなレジェンドが、現役時代に果たせなかった“打倒ムエタイの夢”を愛弟子に託す。

「睦はやっぱり素晴らしいものを持ってるんだから、自分の良いものを出して、やっぱりこの最後のムエタイのベルトだけはあいつに巻いて欲しいなと、僕は切に思ってるんですよ」

17歳の時、茨城から上京してきた江幡兄弟は、厳しさと同じ分の愛情を会長から受け、ここまで強くなった。

かつて、会長と熱き日々を過ごした場所(西郷山公園)へと赴いた睦は…。

「17歳の頃から会長との朝練の場所がここだったんですね。ここの歩いてきた通りをバーって走って、広場の所で会長の手ミットをするというのが大体1時間半くらいやってましたね。もう毎朝ここにきて、“ムエタイのベルトをお前ら獲るんだぞ。だからこんな所で挫けちゃ駄目だ。もっと頑張れよ”っていうのを本当によくここを歩きながら言われてましたね」

そして睦は、ひとつの誓いを立てる。

「ベルトを獲ったら、絶対に会長とここで写真を撮りたいな。そしたらたぶん2人、涙顔で撮ってるでしょうね(笑)。そうだと思うな…まぁそれが会長への一番の恩返しだと思います」

タイトルマッチ前日の公式計量。王者・挑戦者共に一発OKだったが、その会場はただならぬ緊張感に包まれていた。そんななか、睦が口を開く。

「明日僕がベルトを獲ることを本当に僕も楽しみにしてますし、そして日本中の皆さんに僕がベルトを巻いた姿を見て欲しいと思ってます」

睦の階級であるバンタム級は、ムエタイの中でも特に選手層の厚い階級。そのベルトがタイ国外に流出したことは一度もない。

会見終了後、王者サオトーに挑戦者・睦のことを聞いてみると…。

「江幡の試合映像を見たけど、正直言うと大した選手ではない。試合は面白くなる。ヒジかヒザでKOするよ」――そう言ってヒジを指さし、挑発するようなポーズまで見せていた。

◆決戦のとき

10月20日、東京・後楽園ホール。遂に迎えた、決戦の日。

試合前、控室にいた江幡のもとに、伊原会長から入場の際に着るガウンが届けられた。その背には「KICK BOXING IHARA」の文字。

「これは会長が現役時代に着ていたガウンなんですね。ずっと取ってあったガウンを今回のタイトルマッチに向けて用意してくれて“これを着ろ!”って」

試合までの僅かな時間にも、弟・塁と最後の調整を行う睦。

そして、キックボクシングの伝統を背負い、新たな歴史を創る戦いが幕を開ける。

伊原会長と短く言葉を交わし、リングへと向かう睦。

試合は3分5ラウンド。試合前には、両者がワイクルーと呼ばれるタイ伝統の舞踊を行う。厳格なる「ムエタイ」のタイトルマッチであることを強く感じさせた。

このバンタム級の王座を奪えば、日本人初の快挙。下馬評は、睦の絶対的不利。それを覆すことは出来るのか。

第1ラウンド開始のゴングが会場に鳴った。

序盤から、当初の作戦通り、ローキックからのパンチというキックボクシング伝統のスタイルで戦う睦が試合の主導権を握り、王者得意の「至近距離での戦い」を封じる。

セコンドを務める弟・塁からも「ボディー効いてるよ!」との弾んだ声も飛んだ。

しかし、第2ラウンドに入ると、徐々に王者が牙を剥く。巧みに距離を詰め、ヒザ蹴りから強烈なヒジ打ち。致命打とはならなかったものの、睦が一瞬グラつく場面も…。早くも試合の主導権を奪い返されてしまう。

第3ラウンド。

睦はローキックを再三決めるものの、巧みに距離を詰めてくる王者のヒジ打ちに苦戦。なかなか打開策を見出せない。

ラウンド間には、伊原会長から「睦、打て!ガードの上からでもいいから!」との檄も飛ぶ。

王者を倒すために残されたのは、2ラウンド。

手数を出していきたい江幡。しかし、勢いに乗る王者が一気に仕留めに来る。それでも、ロープ際に追い詰められた睦から咄嗟にヒジ打ちが飛び出した。

窮余の一打として放ったカウンターだったが、惜しくもクリーンヒットはならず。膠着状態が続く。

最後のインターバル。

会長:「ポイント、負けてるぞ」
睦:「前に行っちゃいますか」
会長:「お前がやるんだよ!」
塁:「さぁ睦、行こう!」

そして、最終第5ラウンド開始のゴングが鳴り響く。

変わらず王者は、巧みに距離を詰め、強烈なヒジ打ちを放ってくる。それに、ひるむことのない睦。ローキックからのバンチも随所に決めてみせる。

後半に入ると、両者壮絶な打ち合いに。そして終盤、ロープ際へと後退する相手へ、強烈なバンチを浴びせる睦。王者がグラついているようにも見えた…。

しかし。ここで無情にも試合終了のゴング。勝敗は、判定へと委ねられた。

結果は、ジャッジ3者全てが「48-48」の判定。引き分けにより、王者サオトー・シットシェフブンタムのタイトル防衛となった。

またしても、王者を追いつめながら、江幡睦の悲願成就はならず。

試合後、リングを去る時まで気丈に振る舞う睦。

一方の王者は、セコンドの肩を借りながら、おぼつかぬ足取りでリングを下りる。その姿は、いかに壮絶な死闘であったかを雄弁に物語っていた。

痛々しく腫上った睦の顔を見た伊原会長は、「色男が台無しだな」と声をかけた。そんな労いの言葉に、愛弟子の表情が微かに緩む。そして会長を真っ直ぐ見つめ返し、その思いを噛み締めた。

睦は試合を振り返って…。

「ベルトをこうやって自分のもとに持ってこられていないということを受け止めるのに、今ちょっと信じられないですけど…。やはり倒し切れなかった、そこに尽きると思います。やはり最後、ひとつでもダウンを奪えない僕が、やっぱりベルトを獲れないということなんだなと感じました」

こうして、新たな歴史を創る一戦は幕を閉じた。

死闘から3週間を経た11月14日。男は、ロードワークを再開していた。

「ムエタイ」王座挑戦のチャンスは、もう2度と巡って来ないかもしれない。それでも、今は前だけを見つめ、進もうと決めた。

キックボクサー江幡睦、踏みしめたその道は、明日へと続く。<制作:Get Sports>

番組情報:『Get Sports
毎週日曜日深夜1時30分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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