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<WRC>トヨタのタナック、年間王者に!25年ぶりの快挙もたらした“家族的”チーム文化

2019年のWRC(世界ラリー選手権)第13戦のラリー・スペイン。最後のSS17ゴール直後、ドライバーズチャンピオンシップが確定し初の年間タイトルを獲得したトヨタのオット・タナックは、インタビューにこう答えた。

「いい気分だ。この感覚を説明するのは難しい。この週末、僕が感じていたプレッシャーは別次元のレベルだったから。これらをすべてコントロールして僕の人生の目標を遂に手にした。それは想像もできないことだよ。チームに感謝したい。この週末ずっと言っていたが、リスクは追わないようにした。昨晩、母親が僕に言ったんだ。『もしあなたが強く願えば、きっとそれは実現するわ』と」

©TOYOTA GAZOO Racing

シーズン残り2戦。タナックは、ヒュンダイのティエリー・ヌービル、シトロエンのセバスチャン・オジェとタイトルを争う状況にいたが、最後の1戦を残したラリー・スペインにおいて遂に年間チャンピオンとなったのだ。

新王者、トヨタのオット・タナックは、1987年10月15日エストニア生まれ。

2012年にWRCフル参戦を果たしたが、なかなか勝つ機会には恵まれず、2017年のラリー・イタリアでWRC初勝利を飾る。そこから一気に人生の流れが変わり、2018年はトヨタへ移籍。そしてトヨタチームで2年目を迎えた2019年の今年、初のワールドチャンピオンへと駆け上がった。

トヨタにとっても、昨年のマニュファクチュアラーズチャンピオンシップ獲得に続いて、WRC復帰から3年目にしてドライバーズチャンピオンシップを獲得。1994年にディディエ・オリオールがセリカ・ターボ4WDでチャンピオン獲得以来、じつに25年ぶりの王者誕生となった。

©TOYOTA GAZOO Racing

この快挙を、チーム代表のトミ・マキネンも喜ぶ。

「この感情をいま表現するのはとても難しい。まずはハードな仕事をしてきたチームのみんなに感謝したい。タナックに素晴らしいクルマを送り出した。王者を獲得したのはタナックだが、このタイトルはチームみんなのものだ。この週末のタナックのプレッシャーは私も経験してきた。この感覚だけは、なかなか理解してもらえないだろう。タナックのやり遂げたことは、ただただ凄い。最後のパワーステージで彼がやり遂げたこと。(タイトル獲得に)必要なことを最後にやり遂げ、タイトルを手にした」

◆タナックが“やり遂げたこと”

自身も4度ワールドチャンピオンを獲得しているマキネン代表のコメントには少し説明が必要だろう。

今回、ラリー・スペイン前のドライバーズチャンピオンシップポイントは、タナックが240ポイント、シトロエンのオジェが212ポイント、ヒュンダイのヌービルが199ポイントだった。

WRCでは、1位に25ポイント、パワーステージ1位に5ポイントが加算されるので、フルスコアで30ポイントを稼ぐことができる。つまり、オジェとヌービルからすれば、今回の差が29ポイント以内であれば、タイトル争いを最終戦のラリー・オーストラリアまで持ち越すことが可能だった。

©WRC

そんななか、最後のパワーステージ。タナックより先にスタートしていたヌービルは優勝を確定させ、パワーステージで2位のタイムを出していた。つまり、暫定的には29ポイント加算で228ポイントを獲得。一方のタナックは、SS16終了時点で暫定3位に位置していた。

そのまま3位で終了すれば15ポイント加算と多少のパワーステージポイント加算で255ポイント+α。パワーステージの結果次第では30ポイント差をつけることができない。

だがタナックは、この最後のパワーステージで順位をひとつ上げ、さらにパワーステージのポイントも加えて自らの手でタイトルを獲得したのだ。それを成し遂げたからこそ、マキネン代表は「必要なことを最後に成し遂げた」とタナックを褒め称えた。

©TOYOTA GAZOO Racing

こうしてトヨタのオット・タナックが2019年王者を獲得してラリー・スペインは終了。(スペインの)結果は以下の通りだ。

1位:ティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)
2位:オット・タナック(トヨタ)/1位から17秒2遅れ
3位:ダニ・ソルド(ヒュンダイ)/同17秒6遅れ
4位:セバスチャン・ローブ(ヒュンダイ)/同53秒9遅れ
5位:ヤリ‐マティ・ラトバラ(トヨタ)/同1分0秒2遅れ
6位:エルフィン・エバンス(Mスポーツ)/同1分14秒2遅れ
7位:ティーム・スンニネン(Mスポーツ)/同1分47秒6遅れ
8位:セバスチャン・オジェ(シトロエン)/同4分20秒5遅れ

そして、チャンピオンシップポイントは以下のようになっている。

1位:オット・タナック(トヨタ)/263ポイント
2位:セバスチャン・オジェ(シトロエン)/227ポイント
3位:ティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)/217ポイント
4位:アンドレアス・ミケルセン(ヒュンダイ)/102ポイント
5位:エルフィン・エバンス(フォード)/102ポイント
6位:クリス・ミーク(トヨタ)/98ポイント
7位:ヤリ‐マティ・ラトバラ(トヨタ)/94ポイント
8位:ダニ・ソルド(ヒュンダイ)89ポイント

◆“トヨタウェイ”という文化

今回、マキネン代表は“チームみんなで”獲得したタイトルと表現していた。この言葉自体はどのチームも使うのだが、トヨタがこの言葉が非常にぴったりくる“家族的”なチームであることはあまり知られていない。

これについては、ヤリスWRCのエンジン開発を担当するTMG代表も務めた、現TOYOTA GAZOO Racing WECチーム代表・村田久武氏が“トヨタのモータースポーツ文化”として説明してくれた。

「トヨタには“トヨタウェイ”という文化があり、このトヨタウェイのなかのひとつに、家族的であることを重要視しているというのがあります。普通ヨーロッパ文化では、チーム内にもヒエラルキーがあるのですが、トヨタの場合は完全にフラットなんです。

例えば、トヨタのレースチームのなかでは、相手を役職で呼ぶ文化がない。役員が日本から来たとしても、スタッフはミスター○○ではなく、○○さんと呼びます。つまりタイトル(役職)のヒエラルキーを嫌うんです。また、レース現地での宿泊も役職関係なく同じ宿に宿泊しています。食事の内容も皆一緒です。それが良いか悪いかはわかりませんが、トヨタのモータースポーツ活動のDNAはそういう感じなんです。

また、世界で勝ちたい、世界一を目指すとなると、ひとつの民族では勝てない。日本人は農耕民族、ヨーロッパの人たちは狩猟民族とよく言いますが、民族性に関係なく、自分たちだけのやり方にこだわると勝てない。

つまり、多様性、いろいろな見方、いろいろな切り口、さまざまアイデアを融合して、それがひとつのチームになることで勝てる。私はそう思います。私はトヨタ以外の会社を知りませんが、多様性が大事だということは心の底から思います」

マキネン代表が率いるトヨタのWRCチームもまた「家族的なチームである」ということは、ドライバーのヤリ‐マティ・ラトバラが常々コメントしていることからも伝わる。

©TOYOTA GAZOO Racing

「自分が以前にいたVWでは、マシンのセットアップひとつにしても、チームメートにデータを明かすことはなかった。しかし、トヨタでは皆がデータを開示し、チーム全体でマシンを速く、チームを強くすることで一致している。本当に家族的なチームだ」

このようにトヨタの強さは、ひとりのドライバーが突出するワンマンチームとは違う。ラグビーで言う「ワンフォーオール、オールフォーワン」を体現してきた強さだ。それが実を結び、遂に25年ぶりのWRCワールドチャンピオンを輩出した。

©WRC

こうなると、ダブルタイトルに期待がかかるところだが、じつはこれはなかなか厳しい状況にある。

現在、マニュファクチュアラーズ争いの1位はヒュンダイで380ポイント。2位のトヨタは362ポイントで18ポイント差をつけられている。最終戦となるラリー・オーストラリアでは、表彰台を独占するほどの勢いが必要だ。しかし、決して不可能な数字ではない。

いよいよ長かった2019年シーズンも最終戦。次戦はラリー・オーストラリア(11月14日~17日)で、ここでトヨタはダブルタイトルに挑戦することになる。

また、ラリー・オーストラリアの前には、2020年に開催が決定したラリー・ジャパンのプレイベントが愛知県と岐阜県にまたがって開催される。「セントラルラリー愛知/岐阜」(11月7日~10日)だ。

WRCシーズンは次が最終戦だが、ラリー・ジャパン開催に向けてはまさにスタートを切ったところ。ますます盛り上がっていくことは間違いない。<文/モータージャーナリスト・田口浩次>