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Perfume、モーニング娘…有名アイドルを輩出する“アイドル名門校”で挫折を乗り越えた少女<米田みいな>

テレビ番組『ラストアイドル』から生まれたグループ、「ラストアイドル2期生アンダー」の米田みいなは、小学校3年生からPerfumeやモーニング娘。など有名グループメンバーを数多く輩出する名門、アクターズスクール広島に通い始めた。

「ラストアイドル2期生アンダー」の米田みいな/©テレビ朝日

パフォーマンスレベルの高い精鋭が集まるなか、スクールの代表ユニット「SPL∞ASH」のメンバーに選ばれ、TOKYO IDOL FESTIVALのメインステージや、Jリーグ・サンフレッチェ広島のスタジアムでパフォーマンスをするなど、彼女は名実ともに名門スクールの“エリートアイドル”であった。

©テレビ朝日

しかし、様々なオーディションを受け続けるも結果が出ず、後輩たちがハロープロジェクトやAKB48など、有名グループのアイドルに加入していく姿を見て焦る気持ちが募っていく。

彼女がアイドル名門校を飛び出し、『ラストアイドル』のオーディションに応募したのは、そんなタイミングだった。

彼女はなぜ、アイドルを目指したのか。アイドルになって、望んでいたものを得ることはできたのかーー。

『ラストアイドル』に賭けた少女の、ビフォーアフターに迫る。

◆「デパートの着ぐるみがムリ」だった引っ込み思案少女

2001年9月、広島県で生まれた米田みいな。

©テレビ朝日 0歳。生後すぐのころ

幼少期は人見知りで、人前に出るなんてもってのほか。引っ込み思案な女の子だった。

©テレビ朝日 当時2歳

「デパートに行くと着ぐるみがあるじゃないですか。子どもだから触ったり、一緒に遊んだりしたいのに、恥ずかしくてムリなんですよ。お母さんに『行ってきなよ』って言われて、しっぽだけ、ちょんって触るみたいな。臆病な感じでした」

©テレビ朝日 3歳。引っ込み思案だった

そんな性格を変えるべく、両親は米田に習い事を始めさせようとしていた。彼女は、そのタイミングでダンスに興味を持ちはじめる。

©テレビ朝日 当時4歳。写真が嫌いなため、無表情だった

「母と一緒にいろいろ探した結果、小学3年生の頃にアクターズスクール広島に入ることになったんです。でも、誰かに憧れていたわけでもなくて、本当に軽い気持ちで始めただけでした」

©テレビ朝日

だが、結果的に高校3年まで計9年通い、様々な活躍を見せることになった米田だが、入校からしばらくの間は劣等生だったという。

©テレビ朝日 当時小学5年生。父親の影響でモトクロスを始める

「本当に音痴だったし、アクターズスクールに入るオーディションでも、テレビも見ないから歌もぜんぜん知らなくて嵐さんの歌を歌ったり。自分でダンスを作って披露するテストがあったんですけど、その日は本当に行きたくなかったです。スクールに向かう車の中で『行きたくない!』って大泣きしたこともあって。入りたての頃は本当につらかったです」

◆「あなたは何を目指しているのかわからない」と言われた

レッスンが始まってからも、苦労が続く。周囲にはレベルの高いパフォーマンスを見せる人もいて、自信を失いかけたことも。

©テレビ朝日

「先生からも『あなたは何を目指してるのかわからない』って言われるんですけど、自分でもわかんないんだよな…って思いながら、時間がすぎるのをただ待っていた感じでした。周りもみんなライバルのはずなのに、同じクラスに段原瑠々ちゃん(現在はハロープロジェクトのJuice=Juice所属)がいた時は、すごすぎて、ライバルだとは思えなかったです」

©テレビ朝日 当時小学6年生

そこから数年経ち、スクールの卒業生の活躍を見たことで、徐々に自分の夢が定まっていく。

「いろんな動画で、スクールの先輩たちのパフォーマンスを見ていくと、カッコいいなって感じたんです。特にモーニング娘。の鞘師里保さんの歌声とダンスが素晴らしくて。コンサートでも見たんですけど、あんなふうに歌って踊れる人になりたいと思って、それからはレッスンもガチで頑張るようになりました」

©テレビ朝日 14歳。大好きなモーニング娘。のメンバー鞘師里保のTシャツを着て

目標が定まったことで、努力を重ねていく覚悟も芽生えた。それと同時に、クラスも上がっていった。

©テレビ朝日

「クラスが下からA・B・C・Dに分かれていて、Dの子はエリートなんです。私もずっとDを目指していて、高1のときにやっと上がれたんですよ。一番上のクラスに入れたことで、今まで以上に頑張る気持ちになりました」

©テレビ朝日 17歳。スクールでの発表会での一枚

さらに、アクターズスクール広島を代表するユニットで、過去には元乃木坂46の中元日芽香など、多くのアイドルを輩出する「SPL∞ASH」のオーディションに合格。様々な場所でパフォーマンスをする機会を得ていく。

「SPL∞ASHに入れたことで、少しは自信がつきました。J1・サンフレッチェ広島の応援として、エディオンスタジアム広島でパフォーマンスをしたり、TOKYO IDOL FESTIVALのメインステージに立つことができたり。多くの人の前でパフォーマンスをする貴重な経験をさせてもらえました」

◆オーディションでも「かわいい…この子は受かるんだろうな」

その後、様々なアイドルグループや歌手としての事務所所属など、30回以上オーディションを受けていった米田だが、結果はついてこなかった。「いつもいいところまで行く」が、最終面接で落ちることが多かったのだ。

©テレビ朝日

「アンジュルムのオーディションを受けたときには、自分のすぐ後ろに上國料萌衣さん(現アンジュルムメンバー)がいて、『かわいい…この子は受かるんだろうな』って思っちゃったり。スクールの同期や後輩たちがAKB48やSTU48、=LOVE…。いろんなグループに入っていくのを見て、自分は売れ残りだと感じて、自信がなくなった時期もありましたね」

そんな時期にチャレンジしたのが、ラストアイドル2期生のオーディションだった。

©テレビ朝日

「1stシーズンはバトル制だったじゃないですか。平和主義の自分には向いてないと思ったから、いち視聴者として番組を見ていたんです。でも、同じスクールの山本愛梨さんが出ていたことで、少し意識が変わりました。自分は8年もいてオーディションに落ち続けたけど、山本さんはスクールに入ってすぐにラストアイドルになったから、悔しさもあって。2期生の募集が出たときに、受けてみることにしたんです」

◆2019年、名門スクールでの努力がようやく報われる

米田は『ラストアイドル』の3rdシーズンに挑戦し、バトルでは破れたものの「2期生アンダー」としての活動を開始した。当初は学校に通いながらの活動だったため実感がわかなかったが、あるイベントに出た瞬間、一気に気持ちが切り替わる。

©テレビ朝日 18歳。ラストアイドルに加入した現在

「5thシングル『愛しか武器がない』の発売イベントで、池袋サンシャインシティ噴水広場のステージに立ったとき、ようやくアイドルになったんだという実感がわきました。ハロプロのアイドルのみなさんも立ってきた憧れの場所に、自分も立てたんだと思うと、嬉しかったですね」

アイドルになって以降、特に印象に残っている場面とは。

©テレビ朝日

「アンダーになって間もない頃なんですけど、1周年記念コンサートのステージに立ったときは、会場の一体感に感動しました。SPL∞ASHとして大勢の前に立ったことはあったけど、当時は私たちだけを見に来た人たちじゃなかったから。全員がラストアイドルのファンだから、温かみもあって、すごく嬉しかったです」

©テレビ朝日

名門スクールの代表ユニットに選ばれただけあり、歌と踊りのスキルは抜群の彼女だが、自分に自信がないためか、なかなかその実力を発揮することができずにいた。

しかし、今年9月にリリースされたシングル『青春トレイン』では、それまでの苦労が報われることになる。

この曲の振り付けは、2017年にバブリーダンスで一世を風靡した、大阪府立登美丘高校ダンス部の総監督であるakeneが担当。メンバー全員でダンスのオーディションを行い、A、B、Cのグループ分けがなされた。その結果、米田はグループに入るばかりか、曲中で目立つBメロのセンターを任されることに。

©テレビ朝日

「自分ではダンスより歌の方が得意だと思ってるし、今回もきっとポジションは端のほうだろうと覚悟していたので、Bメロセンターになったのを知ったときは、まさかという感じで放心状態でした。すぐ親に電話して、喜びをシェアしましたね。番組の放送をテレビで見ていたら、akane先生が『ダンスは米田が一番うまい』って言ってくださっていて、もうむちゃくちゃ嬉しかったです」

◆「見てくれるお客さんだとしても、私を応援してくれるわけじゃないと思っちゃうんですよ」

培ってきたパフォーマンス力がようやく評価された形だが、自信がなかった彼女を変えたのは、ファンの後押しだったという。三日坊主だった彼女が、現在はSHOWROOMの配信を毎日続けているのだとか。

「ステージを見てくれるお客さんだとしても、私を応援してくれるわけじゃないと思っちゃうんですよ。でも、SHOWROOMを見に来てくれる人は、私を応援してくれている。すごく支えになりますね。日によっては忙しくて配信をする時間がないときもあるけど、最近はSHOWROOMを中心にスケジュールを組むようにしています。自分に自信がないままやってきて、そろそろ365日連続が近いんですけど、これを続けれたことは少しだけ強みに感じています」

©テレビ朝日

多くの有名アイドルを輩出するスクールで代表ユニットのメンバーになり、一時はいわばエリートコースを歩んでいた彼女。しかし、同期や後輩に先を越されて焦った過去を経て、現在はイベントでかつての同志と一緒になることもある。米田は追いついたのだ。

「STU48の石田千穂や今村美月、=LOVEの山本杏奈と楽屋の廊下で会ったりすると嬉しいです。みんなが活躍しているのに、自分だけ取り残されている気がしていたけど、ようやくスタートラインには立てたのかな、と。これからもっと頑張って、もっと大きな会場でライブができるようになりたいです。ものすごくたくさんのファンの方とサイリウムに囲まれてパフォーマンスができたら、本当に気持ちいいだろうな」

<撮影:スギゾー、取材・文:森ユースケ>

©テレビ朝日

※米田みいなプロフィール

2001年9月、広島県生まれ。アクターズスクール広島の出身で、同校代表ユニット「SPL∞ASH」として活動。インターナショナルスクールに通っていたため、英語が堪能。握手会に来たファンと英語で話すこともある。辛いものが大好きで、番組内の激辛カレー対決では、ココイチの5辛を最速で食べきって優勝した

※番組情報:ラストアイドル『ラスアイ、よろしく!
【毎週水曜】深夜1:56~2:21、テレビ朝日(※一部地域を除く)

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