障害者1000万人「誰ひとり取り残さない」全盲の館長が語る日本科学未来館の重要な役割

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『報道ステーション』では、多岐にわたる分野で時代の最先端を走る「人」を特集する企画『未来を人から』を展開している。

今回取り上げるのは、東京・お台場に位置する、日常の疑問から最新テクノロジーまで様々な科学技術を体験できる日本科学未来館の館長、浅川智恵子さん。

2021年に第2代館長に就任した浅川さんは、全盲というハンディキャップを抱えながらIBMで技術者として活躍。「誰ひとり取り残さない社会」の実現を目指し、新たなテクノロジーで社会問題の解決を目指している。

日本の障害者の人数はおよそ1000万人。国民のおよそ7%が何らかの障害を抱えているこの社会を新たなテクノロジーで変えようとする浅川さんが見据える未来とは――。


◆障害者の支援技術から生まれたイノベーション

「新しい科学技術を身をもって体験して、ともに社会実装に向けた活動ができる。未来館をそんなプラットフォームにしていきたい」

こう語る浅川さんが紹介するのは、視覚障害者のための自動走行ナビゲーションロボット“AIスーツケース”だ。

「これは、視覚障害者を目的地まで安全に誘導するため私たちが開発しているナビゲーションロボットで“AIスーツケース”と呼んでいます。スマートフォンを使って行きたい場所を指定すると、スマホからスーツケースに命令が行って、目的地が設定され、自動的に動き出すんです。ハンドルにはセンサーが付いていて、手を放すと止まります」

このAIスーツケースの中には、様々な最新テクノロジーが詰め込まれている。

「このシステムは目的地に到着するまでの様々な障害物を認識することができるんです。円筒形のライダーと呼ばれる装置によって、360度、100mの範囲で近赤外線レーザーが回っていて、周囲の壁や障害物、建物の形状をどんどん作り出すことができるんです」

赤外線で周囲の状況や建物の形状を把握したAIスーツケースは、登録されたマップと照らし合わせることで、自身の位置を認識することができる。さらに障害物を認知するためのカメラも搭載。実用化を目指して現在開発されているのだ。

実際に富川悠太アナウンサーが目を閉じて使用した際には、このような感想を語っている。

「お、動いた。…周りを見ながら動いてる感じがします。でも、思ったより安心感がありますね。すごく動きがスムーズで、スーツケースが止まろうとしたら何かあるのかなと気付ける。まっすぐ進んでくれる限りは信頼してついていける感覚です。

…これで目的地についたんですかね。(目を開けて)お、こんなところまで移動している。すごい、あっという間です」

この感想を聞いた浅川さんは「いつかは、いろいろな場所でこういうものが借りられて、その場その場で必要な情報を得られるようになるのではないか」と未来への希望を語った。

たとえば、視覚障害をもつ人が家から駐車場までAIスーツケースで歩き、自動運転の車で目的地へ移動。そして移動先の施設内でもAIスーツケースとともに行動する。このようなテクノロジーによるサポートが充実する世界を、浅川さんは目指しているのだ。

さらに移動の補助にとどまらない使い方も思案中だという。

「現在AIスーツケースは、視覚障害者の街歩きを支援するロボットとしての開発をしているのですが、近い将来は、高齢者の街中利用や病院での移動補助など、様々な用途に広がっていくのではないかと期待しています」

過去、人類の歴史では、障害者の支援技術から様々なイノベーションが起こってきた。

たとえばグラハム・ベルが発明した電話は、聴覚障害をもつ家族のため、様々な音声信号を研究する過程で生まれた技術といわれている。

車の自動運転技術も、2010年ごろから主に視覚障害者をターゲットとして開発がスタートしている。

「アクセシビリティの技術は、障害者を支援するという目的からはじまったけれども、じつは全ての人に役立つ技術になるのではないかと思っています」(浅川さん)

◆中学2年生のときに失明、体育系から理系の道へ

浅川さんがアクセシビリティ領域の開発に携わりはじめたきっかけは、自身のとある体験にある。生まれた当初は目が見えていて、小さい頃はスポーツ少女だったが、中学2年生のときに転機が訪れた。プールでのケガをもとに、失明してしまったのだ。

「まず最初に思ったのは、これで体育大学に行けなくなった…、ということでした。子どもの頃から大学に行くなら体育系だとばかり思っていたので、その夢が消えてしまったと。

ただ、目が見えなくてもなにか自分にしかできない、新しい仕事をみつけていきたいとも思ったんです。その後、なにができるのかを考えたけど、なかなか厳しい。なにか専門性をみつけなければと思っていたとき、目が見えない人がコンピューターエンジニアという仕事に就いたというニュースを知ったんです。いろいろな人に話を聞いて、そういう学校があると調べていきました」

体育系を志していた彼女にとって理系の領域への転向とは、大変な苦労を伴うことであった。

「でも、私たちって選択肢が少なく、そのなかから選ぶしかない。そして、それが合わなくてもそう簡単に次があるわけではないので、とにかくやり遂げようと思って勉強しました」

そして視覚障害者が情報処理を学ぶ専門学校に進学し、その後は日本IBMに就職。そこで浅川さんを一躍有名にしたのは、ウェブページ上の文字を音声で読み上げる世界初のソフトウェア「ホームページ・リーダー」の開発だった。

それまでインターネットから視覚的に情報を得られなかった人々が、自身で情報を入手できるようになり、視覚障害者のQOL(Quality of Life、生活の質)向上に多大な貢献をしたと世界的な評価を得たのだ。

「ユーザーの方からいただいたコメントのなかに『ホームページ・リーダーは世界に開かれた窓です』という言葉があって、すごく嬉しかったです。限られた情報源が無限大に広がったというイメージが私自身にもありました。必要な情報に自分でアクセスができることは、積極的に社会参加する上で必須ではないかと思います。

テクノロジーをうまく利用することによって、私たちはつながりを深めることができる、人を理解することができる。それは多様性、“ダイバーシティ”“インクルージョン”と議論されますが、そういうことへの理解を深めるという意味でも情報へのアクセスというのは重要だなと思います」

SDGsが叫ばれる、誰ひとり取り残さない社会への潮流に浅川さんは期待を寄せている。

「私が失明した当時は、障害って本当に特別なもので、それについて語ってはいけない雰囲気がありました。昨年、オリンピックとパラリンピックが東京で開催されましたが、その影響も大きく、世の中が変わったなとすごく思います。

いまの社会では多様性、ダイバーシティとインクルージョンに対する理解が急速に深まっていて、みんなで一緒に進んでいけるベースが出来つつあるんじゃないかというふうに思っています」

では、今後の課題とはなにか。

「障害を乗り越えてインクルーシブな社会の実現をするためには、障害者自身も能力を発揮できる社会にならないといけません。そのため重要になるのはテクノロジーです。

私たち障害者も使える技術は頑張って習得して使う。そして、できることにチャレンジする。テクノロジーを使ってできる限り障害を補い、能力を発揮するということが重要になると思っています」

2021年にGoogleが開発した新技術は、道路に引かれた黄色い線をスマホのカメラが認識することで、視覚障害者が伴走者なしで走ることを可能にした。

福岡県などで導入されたスマホ向けアプリでは、対応した信号機に近づくと、交差点の名前や信号の色を音声や振動で知らせることで、安全に渡れる技術が使われている。

「テクノロジーのレベルはまだまだ向上できる」「開発者として、ここで止まるわけにはいかない。新しい技術とともに障害者を支援する技術を普及していく必要がある」と語る浅川さんが、次に選んだステージは、日本科学未来館の館長だった。その理由とは?

「研究者として、技術開発しても社会に実装するのがすごく難しいと感じていました。発明と社会実装は、車の両輪のように分けることができないもの。未来館は、多くの人とつながれる場所であると思ったので、ここから新しい科学技術を発信することによって、社会実装を加速できるかもしれない。そう考えたことが、就任させていただくことを決めたひとつのきっかけです」

就任後に取り組んだのが、前述した未来館でのAIスーツケースの体験だった。ここで得たデータは開発へフィードバックされ、実用化に向けて歩みを進め、さらにこれらの技術をオープンソース化しているという。

「このテクノロジーを可能な限りオープンソースにして、仲間を増やして世の中に普及していこうというのが目的です」

技術開発で社会をアップデートし続ける浅川さんは、この先どのような未来を描いているのか。

「多様な人々がいることが当たり前に認識され、すべての日常生活が回っている――。そんな未来が来ることを願っています。そのためには、多様性とはそんなに特別なことではないと感じることが重要だと思うんですね。

私たちの社会がより多くのイノベーションを生むためには多様性が必要であり、多様な人々と一緒に活動することがイノベーションを生むカギになる。その理解を広げて進んでいくループを繰り返すうちに、多様性が当たり前のことになっていくと思います」

その未来を実現する過程で、日本科学未来館は重要な役割を担う。

「多様性を普通と捉えるためには、バイアスを持たないことがとても重要です。そのためには、子どものころから多様性のある人と一緒に活動したり、勉強したりする機会が必要だと思います。この未来館で、まだ社会に実装されていない一歩先の未来を見て、考えていただけるようなきっかけを作っていきたいと思っています」

<構成:森ユースケ>

※関連情報:『未来をここからプロジェクト

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