『サピエンス全史』の著者が語る世界の危機。歴史学者の視点からみた“コロナ禍”や“環境問題”

テレビ朝日が“withコロナ時代”に取り組む『未来をここからプロジェクト』

『報道ステーション』では、多岐にわたる分野で時代の最先端を走る「人」を特集する企画『未来を人から』を展開している。

今回取り上げるのは、世界で最も影響力のある知識人ともいわれる、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ教授。2011年に出版された、人類の歴史を原始時代からひも解いた著書『サピエンス全史』は65か国語に翻訳され、全世界で約2100万部を超える驚異的な大ヒットとなった。

そのほか、人類のいまを描いた『21 Lessons』は約500万部、人類の未来を描いた『ホモ・デウス』が約900万部(すべて河出書房新社から出版)と、次々にベストセラーを生み出している。

マーク・ザッカーバーグやビル・ゲイツもファンと公言する人物は、この混沌とする世界がどこに向かうと考えているのか――。



◆歴史上最後のパンデミックになる可能性

11月9日には新たに『漫画 サピエンス全史 文明の正体編』が発売され話題となっているが、自身の著書が世界的に受け入れられている理由について、ハラリ教授はどのように考えているのか。

「『サピエンス全史』は、全世界、全人類の歴史について語っています。過去1000年や2000年ではなく、人類が誕生したときからの歴史です。私たちはグローバルな世界で生きているので、自分自身のことを理解するためには全人類の歴史を理解する必要があります。

多くの国では依然として、学校で主に自国の歴史や国民、その国の宗教のみを学んでいる。この21世紀になにが起きているのかを理解するには不十分なのです」

未来を知るためには、過去の歴史を振り返るべきだというハラリ教授。近年猛威を奮っている新型コロナウイルスに対しても、歴史学者らしい視点を持っている。

「伝染病は人類の歴史において目新しくはありません。これは農業改革からはじまりました。農業以前は狩猟採取社会だったので、20、50、あるいは100人程度の集団で小屋に暮らし、定期的に移動しながら狩りや魚釣り、ベリーなどの果実を採取していましたが、当時は伝染病を患うことは一切ありませんでした。

仮にひとりが野生動物からウイルスに感染しても、同じ小屋に住む20~50人に感染させるだけなので、この人数では伝染病にはなりません。

しかし農業をはじめてから、大勢が密集して住むようになりました。人口が増え、人との繋がりが増え、人口密度が高くなり、歴史が進化するにつれて伝染病は悪化していったのです」

コロナ禍の拡大について、グローバル化により移動が増えたことが要因だと考える人も多いが、テクノロジーの進化がはじまる前にも、伝染病が広まった例があった。

「パンデミックがグローバル化したのは1世紀前のことです。飛行機などが原因ではなく、黒死病がアジアやヨーロッパ、アフリカに広まったのは、飛行機や列車が開発されるずっと前なのです」

過去にも世界規模で広まる感染症は存在したが、人類はワクチンなどの治療法を時代とともに開発し、その情報をグローバルで共有。感染症を克服してきたのだ。

「(新型コロナウイルスの)パンデミックを例にとれば、私の母国であるイスラエルの人々が接種したワクチンは、自国の科学者が開発したものではありません。トルコ移民によって創設されたドイツの会社が開発したものですが、自国主義者でさえ『トルコのワクチンなんて打ちたくない、イスラエルのワクチンが開発されるまで待つ』とは言いませんでした。他国の科学者や発明家、企業と協力して自国民を思いやるのです」

その一方で、世界各国が新型コロナウイルスの対策として、ロックダウンや移動の制限というグローバルとは逆行した動きを見せた。これらは今後、最悪の結果を生み出す可能性もあるという。

「一般的に言えば、グローバルなリーダーシップもなければ、グローバルな行動計画も存在しない。パンデミック発生から2年経ったいまでも、世界規模でパンデミックを阻止する方法や経済回復への対応などグローバルな行動計画がありません。

それでも、(グローバルな協力は)不可能ではないと認識する必要がある。協力が不可能だと思いはじめると、より自己中心的になり、人類はこの先、戦争と競争だけになってしまうからです。

今後、どうなるかはわかりませんが、新型コロナによる緊張が高まり、世界はさらに分断し、新たな世界大戦が勃発するかもしれません。しかし、もし私たちが真の国益を理解すれば、選択肢はひとつだけではないでしょう。

新型コロナウイルスについて考えた際に、歴史上初めて人類がパンデミック拡大を阻止する方法を理解できた点についてはポジティブに評価できます。科学者はたったの2週間で新しい病を引き起こすウイルスだと解明し、そこから短期間で感染を阻止する方法を見つけましたし、有効なワクチンも開発できました。

次はそのツールをどのように使うかという決断であり、それは政治家の役目ですが、政治家はその役割をうまく果たせていません。

パンデミックの存在を確認し感染拡大を阻止するためには、もっと良い形でのグローバルな協力が必要であると、人類がこの危機から学んでくれることを期待しています。もし私たちに政治的な知恵があれば、新型コロナウイルスは歴史上最後のパンデミックになるかもしれません」

◆テクノロジーが人類史上最悪の独裁を引き起こすおそれも

ハラリ教授が住むイスラエルは、新型コロナウイルスの対策において、迅速な対応をした国のひとつである。対テロの手法を転用し、感染者の携帯電話の通信情報やクレジットカードの利用記録から位置を追跡するなど、強力な監視システムを構築。コロナ禍で加速した監視社会化が、さらに進むことをハラリ教授は危惧する。

「国民は健康を守るために民主主義を犠牲にする必要はありませんし、プライバシーや自由を犠牲にする必要もありません。独裁者は国民に対して、『健康とプライバシーや自由のどちらを選ぶのか』と二者択一を提示しますが、これは間違っています。両方を享受すべきであり、良い政府は良いヘルスケアを提供し、同時に国民のプライバシーと自由を守れます。

人間は往々にして怠け者なので、ときに極端な選択に惹かれてしまう。バランスを見つけるより、極端な選択の方が簡単だからです。人生において、仕事と家庭で過ごす時間のバランスを模索する必要がありますが、バランスを見つけるのが難しいこともあります。

人生は困難なものなので、いかに良くするか学ぶ必要があります。健康とプライバシーも同様です。良い政府は両方を提供できますが、そうではない国では、この1~2年非常に懸念される事態が起きています。

現代は歴史上初めてテクノロジーが、誰と会い、どこに行くのかという人の“行動の監視”だけではなく、体の内側に入り込み感情や思考まで監視します。これは、独裁者が常に夢見ていたことです」

これまでの“監視”とは、カメラやインターネットの使用履歴など、体の外側からおこなわれてきた。しかし、現在はスマートウォッチなどの端末から血圧や脈といった健康情報を得ることが当たり前となり、体の内側からの監視がおこなわれるようになっていく。

そして近い将来、体の内部情報から人の感情さえも監視されてしまう時代が訪れると、ハラリ教授は考えている。

「いまやコンピューターテクノロジーが、人間よりうまくこれらの(体内情報の)シグナルを分析できます。性的指向をよく例に挙げるのですが、私が同性愛者だと気付いたのは21歳のときで、これはかなり遅いと思います。

15歳や16歳のころは、困惑したこともありましたが、自分が同性愛者だとは気づかなかった。人は往々にして自分に関する重要なことに気づきません。そして近い将来、私たちよりも先に、テクノロジーが私たち自身の内面を知るかもしれない。

繰り返しますが、テクノロジーはより良いヘルスケアの提供など、良い目的のために活用することもできます。しかし人類史上最悪の一党独裁政権を引き起こす可能性もある。

イランやガーナ、ウガンダなど、いまも同性愛を犯罪とみなす国があります。テクノロジーが本人が気づく前に同性愛者だと特定できるようになると、どういうことが起きるのでしょうか。

監視システムやAIは、人類史上最悪の一党独裁政権を築く可能性があります。一方で、人類史上最善の社会を築くことも可能なのです」

テクノロジーの進化とともに監視社会化が進んでしまうことを防ぐためには、“双方向性”が重要なのだという。

「重要な点は、個人の監視体制を強化すると同時に、政府や大企業の監視体制も強化するべきだということ。独裁体制の国の問題点は厳しい監視体制ではなく、双方向の均衡が取れておらず監視が一方通行であることです。

監視体制を強化するなら双方向でなければなりません。国家が私のデータ収集を強化するなら、同時に私も国家のデータ収集を強化します」

◆「ドナルド・トランプは真の“愛国主義者”ではない」

権力と監視の双方向性に関連して、コロナ禍をきっかけにあぶり出された問題のひとつが、「個人の自由」と「公共福祉」のバランスだ。世界中で感染者が増え続けたなか、中国などではロックダウンで感染者を封じ込めたが、この強権的な政策についても、ハラリ教授は警鐘を鳴らす。

「民主主義は時代とともに変わることが可能で、自らを改革できる素晴らしい能力を持っており、それは大きな強みです。その一方で、独裁主義の方が良いという人もいます。独裁主義であれば、ひとりが発言するだけですべてが決まり、国全体もロックダウンできる。より効率的な気もしますが、そこには問題があります。

独裁主義の現実的かつ最大の問題は、この世に完璧な人などおらず、誰でも間違いを犯すという点です。独裁者や独裁政権が間違いを犯したとき、間違いを犯した事実を認めるのが非常に難しいのです。

彼らは行動を変えようとしませんし、人々は政権を交代させることもできません。これは大惨事をもたらします。

その一方、民主主義は政府が間違いを犯し、それを隠そうとしても、新聞やテレビなどには報道の自由があるので、人々は政府が間違いを犯したことを知ることができます。

しかし、ひとりですべてを調査できる人なんていません。では、どうやって情報を信頼するのか。出版社を信頼し、論文や本を発行している大学や新聞を信頼するのです。社会への信頼を維持するカギとなるのは、政府による統制や操作の影響を受けずに独立した機関が、政府が嫌がる事でも調査して報道することです。そしてこのような機関を、いかなる代償を払っても維持すべきです」

コロナ禍で可視化されたかに思われる民主主義の危機は、じつは以前から進んでいたものだという。「愛国主義者」を自称していたアメリカのドナルド・トランプ元大統領を例に、真の“愛国主義”の意味をこう解説する。

「人々は真の“愛国主義”と真の“自国主義”を誤解しています。ドナルド・トランプを例に挙げると、彼は自分のことを『偉大なアメリカの愛国主義者』と呼んでいました。なぜなら反外国人や反マイノリティ、反移民を説いたからです。

しかし、これは真の愛国主義ではありません。愛国主義というのは、正直に納税して自国の人々が良い教育や医療を受けられるようにすることです。これが納税の目的です。

自分を偉大なアメリカの愛国主義者と言っている人が、報道によれば、大統領就任の初年度に750ドルしか納税していなかった。驚くべきことです。億万長者で大統領なのに税金逃れをすることは愛国主義ではなく、まさに愛国主義に反する行為です。

私たちは、米国のトランプ政権で民主主義を目の当たりにしました。彼はコロナ危機において無責任な行動をとったため、追放されました。このように常に民主主義の方がより良いのです」

近年は「SDGs」をキーワードとして議論が盛んになっている環境問題について、民主主義で解決するのは難しいとの考え方もある。ハラリ教授はどのように考えているのか。

「争点は民主主義や独裁主義ではありません。争点はグローバルな協力であり、世の中の問題は一国で解決できるレベルのものだけではありません。また政府がどのような体制なのかは関係ありません。

たとえば、ある国では気候変動が深刻な問題で、民主主義では解決できないからと独裁者を迎えたとします。独裁者が政権を担ってすべての発電所を閉鎖し、排出をゼロにしたと宣言する。でも、それでは問題は解決していませんよね。単に一国の話ですから。

他の国が間違った政策を続ける限り、たとえ気候変動のせいである国が完全に滅びたとしても、解決しません。それぞれの国の体制の問題ではなく、国同士がいかに協力できるかが重要です。忘れてはいけない重要なポイントは、グローバルな協力ができれば、私たちは壊滅的な気候変動も防ぐことができるということです」

「(環境問題は)最も困難な問題のひとつであり、その解決は私たちの決断に委ねられています。もし世界GDPの2%が、適切なテクノロジーやインフラ開発に出資されれば、明るい未来が開けて、壊滅的な気候変動を防ぐことができます。より回復力のある、環境にやさしい社会を構築できることは私たちにとっても、他の動物や地球にとっても良いことです。

もし誤った決断をして必要な出資をせず、必要な変革も起こさなければ、人類や地球上の大半の動物に壊滅的な結果を招きます。なにが起こるかわかりませんが、賢い選択をすることを願っています」

この混沌とする世界で、ハラリ教授は10年、20年後の未来をどのように見ているのか。

「よくわかりません。いまの時代の面白いところは、歴史上初めて、20年後世界がどうなるのか誰も予測できないことだと思います。たとえば、子どもたちになにを教えるのか。農業を営んでいるのなら田植えを教えるでしょう。20年後にも必要ですから。貴族階級や戦士なら、息子に乗馬や弓を射る方法を教えるでしょう。20年後にも必要だからです。

でもいまは、まったく予測ができません。20年後、雇用状況がどうなっているのか。軍隊がどのようになっているのか。家族構成はどうなっているのか…。唯一確かなのは、世界は今日より大きく変わっていることです。変化の速度が加速していくため、次の世代の若者に最も必要なスキルは柔軟性です」

歴史学者のハラリ教授が歴史の教科書を作るとしたら、このコロナの時代をどのように描くのだろうか。

「『選択の時代』と書きます。人類は甚大な危機に直面し、難しい決断を下さなければなりません。それでも私たちにはまだ力がありますし、政府機関が存在します。対立に進む方向を選ぶのか、あるいは協力を選択するのか。独裁主義や全体主義に進む方向を選ぶのか、民衆に力を与える民主主義の方向へ進むのか。

まだ、それに関する記述はどこにもありません。歴史は決定論的ではありませんから。今後数か月あるいは数年後の私たちの選択によって、私たちや子孫がどのような未来を享受できるのかが決まるでしょう」

<構成:森ユースケ>

※関連情報:『未来をここからプロジェクト

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