『報道ステーション』新OPの舞台裏。“約10秒”に込められた映像・音楽クリエイターたちの思い

◆毎日の目まぐるしい情報を表現した楽曲


新しい『報道ステーション』のオープニング映像が放送された2021年10月4日からさかのぼること、約1か月。東京都内の音楽スタジオで、新テーマ曲のレコーディングがおこなわれていた。

作曲を担当したのは、映画『竜とそばかすの姫』やドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の主題歌、そして米津玄師作品の編曲などを手がける坂東祐大氏。

気鋭の若手作曲家が書き下ろした新曲は、一聴するとシンプルに感じるものの、じつは一小節ごとに拍子が変わる難曲だ。8分音符6個で1小節の部分となった次は5つで1小節、9つで1小節…と次々に変化していくため、作曲者である坂東氏本人がレコーディングに臨む際には「弾けないと思います」と苦笑いするほどだった。

この新曲の演奏に集まったのは、坂東氏とともに日本を代表する実力を持った若手演奏家たち。3つに分かれたピアノパートのうち、1stと3rdを担当するピアニストの山中惇史氏は、楽曲についてこのように語る。

「難しい曲ですね。ぱっと聴いた感じはキャッチーだけど、それだけで終わらせないのが坂東だな、という感じです。ひとつの旋律が繰り返されるなか、周りの景色がどんどん変わっていくので、奥行きがあるように感じます」

それぞれのパートを分けて聴くと不思議なフレーズに聴こえるが、山中氏の1stと3rdと坂東氏の弾く2ndパートが合わさることで、ひとつのメロディーが浮かび上がる。

「それぞれで見たらバラバラなんだけど、組み合わさるとひとつのものになるパズルみたいな感じです。これを打ち込みではなく、人間の手を介して弾くことで有機的な何かが生まれる。ニュースの報道と親和性がある音楽になるのが狙いです」(坂東氏)

「これだけ特殊なことをしているのに、聴くと普通に感じる。音楽として特殊なことに挑戦しているんですよ、という印象が一番に出てこないのがすごいと思います」(山中氏)

木管楽器のパートでクラリネットとバスクラリネットの中舘壮志氏、フルートとピッコロを担当する多久潤一朗氏は、楽曲の印象について、次のとおり語っている。

「指が大きく動くし、口の中の形が音域によってころころと変わるので、ヒットするポイントを毎回作らないといけない。難しい曲です。テンポも速いですね」(中舘氏)

「さすが、坂東さんはツボを抑えていますね。メロディーの後ろが非常に込み合っていて演奏も困難ですが、毎日の目まぐるしい出来事や情報量を表現しているようで、やりがいがあると思います」(多久氏)

各パートのレコーディングには約10時間かかったが、まだ完成ではない。後日、最後のピースを埋めるためのレコーディングは、遠く離れたイタリアのバーリでおこなわれた。

参加したのは、カメルーン出身でコンテンポラリー・ジャズ界をリードする名ベーシスト、リチャード・ボナ氏。日本で録音された演奏を聴き、「人と自然がつながる必要があるというイメージを感じました」という。

今回はベースとボーカルで曲に参加。何度も繰り返し曲を聴いて、メロディーを口ずさみ、イメージを膨らませていく。

レコーディングを始めると、独特のグルーヴでメロディーを歌い上げる。ボーカル、ベースのパートを半日かけて録音し終えると、「満足できるレコーディングができました。この曲を聴いた視聴者のみなさんも満足してもらえると嬉しいです」と語った。

ボナ氏の録音したデータを日本で受け取った坂東氏は「驚きが強かった」と語る。

「おお、ボナさんだって感じ。あ、こういうアプローチで来るんだと、けっこうびっくりしました。自分が想像していなかった部分で音楽的に返してくださったので、最初は驚きが強かったですが、それはそれで良かったと思います。特にボイスパーカッションの部分は、日本人にはできないなって感じがします」

このデータを含め、納得がいくまで音のバランスを整えていった。完成した曲は毎日のようにテレビに流れるが、この曲にどんな願いを込めたのか。

「最初は『え?』って違和感をおぼえる人もいると思います。でも時間が経つことで自然なものになると嬉しいですね。シンプルでありながら同時にすごく複雑である。毎日聴くものだから、そういうほうが新たな発見もあるのかなと思います」

◆0.1ミリ単位の調整を重ね、210カット分の印刷で完成した映像

オープニング映像を担当したのは、映像作家の岡大夢(おか・ひろむ)氏。パソコンで作ったCGを紙に印刷してコマ撮り撮影する、デジタルとアナログを融合させた世界観で人気の作家だ。

今回の映像を作成するにあたり使われたのは「リソグラフ」という印刷機。1980年に開発された機械で、現代のコピー機とは違い、一度に印刷できる最大2色を版画のように重ねていく印刷方法が特徴だ。

独特な質感を表現できるため、欧米でも芸術性が高いと注目され、アート作品に使われることも多い。その一方で、一度に最大2色までしか印刷できないため、印刷してはインクを変え、何度も重ねていくことで、手間をかけて望む通りの色を目指すことになる。

今回使われたオープニング映像の番組ロゴは、イエロー、フェデラルブルー、マゼンタの3色で表現されている。まずイエローで印刷した紙の上にブルーを重ねて印刷し、最後にマゼンタを印刷してひとつの絵が完成する。

しかし、ただ色を重ねれば望んだ色が出せるわけではないと岡氏はいう。

「このロゴの3色重なっている部分は、全部を100%の濃さで重ねると混色になって黒くなってしまいます。完成形の色を出すために、ピンクとイエローを50%・50%で混ぜることで、黒ではなく少し濃いブルーになる。そんなふうに、印刷というアナログな行為の裏では、とてもデジタルな調整をしているんです」

色を重ねるうえでは、濃度とは別の問題もある。リソグラフの魅力であり、扱いが難しいポイントでもあるのが印刷のズレだ。0.1ミリ単位で印刷する場所を調整して、何度も試し刷りを重ねることでズレを少なくしていく。

「これは本番印刷でやったものなんですけど、本番でもこのようにズレてしまうこともあります。ただ、そこを完璧にコントロールできないからこそいいんだとも思うんです。手つけでブレを作ると気持ち悪いけど、頑張っても頑張っても、どうしても生まれてしまうブレが一番きれいだと感じる。リソグラフはそこがユニークですね」(岡氏)

試行錯誤を重ね、作り上げた1枚。このオープニング映像のために、210カット分も印刷を繰り返したという。ここまで手間がかかる手法を選んだのはなぜなのか。

「リソグラフの特性が報道番組とマッチしていると思ったからです。デジタルで作ったきれいなデータも、リソグラフの印刷を通すとズレてしまう。でも、ズレた部分が重なって、混色になって、黄色と青が混ざって緑になることもある。

実際に印刷してみたらズレやムラが発生したけど、見た目は味があっていいよねってことが、報道にもあっていいんじゃないかと思っています。

あの人がAと言っているけど、Bっていう考え方もある。そんなエッセンスがビジュアルとして落とし込まれているのがリソグラフの手法だと思います。そんな思いを込めて映像を作りました」(岡氏)

趣向を凝らした10秒ほどのオープニング映像に、岡氏が込めた意図とは。

「地に足のついた自分の目線と、その街並みを俯瞰で見た場合、起きていることの見え方も変わると思うんです。ニュースを見るときにも、ただ俯瞰で見るのと、深堀りするために自分のアイレベルの出来事だと捉えるのでは、目線が変わる。その視点を映像のメインに取り入れました。

また、6種類の紙を映像の場面ごとに切り替えて使っています。同じものを印刷しても、繊維やヒゲが見えるなど、紙の特性によって変わって見えるようになっています。このなかで『モンテシオン』という紙を使っているのですが、東日本大震災の復興支援商品として扱われているものです。ラストのカットにこの紙を使ったので、映像にも関わっているんだとイメージしてもらえたら嬉しいです」

新オープニングと同じタイミングで新たに就任した大越健介キャスターは、楽曲と映像についてこのような印象を語った。

「幾何学的でなにか謎をかけられている印象をもちました。球体や三角形などシンプルな形で作られていることに意味を感じまして、複雑な世の中を読み解いていくと、物事はシンプルな形に落ち着いていくんだろうという考えを連想するCGだと思います。

楽曲については、ニュースのテーマ曲でこのような音楽は初めてだなと、最初に聴いたときは驚きました。ところが、何度か聴いて耳に馴染んでくると、静かな中に、物事を伝えたい、知りたいという人間が持っている本来の欲求が呼び覚まされるような旋律だと感じました」

この映像と音楽に加えて、自身が新たな顔となる『報ステ』を視聴者にどう受け止めてほしいと考えているのだろうか。

「ある意味でとてもシンプルに人間の心に訴えかけるCGと楽曲の先にある番組の中には、とてもカラフルでいろいろな要素やニュースがあります。しかし、番組の終わりにはもう一度シンプルで優しい旋律で終わっていく。この番組を見て眠りにつこうかな、明日また頑張ろうかなという気持ちになってくれるといいなと思っています」

<構成:森ユースケ>

※関連情報:『未来をここからプロジェクト

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