変幻自在に“顔”を変えるアーティスト、澤田知子がセルフポートレイト作品で問いかける”外見と内面の関係性”

新感覚アート番組アルスくんとテクネちゃん、第25回の放送に登場したのは、セルフポートレイトという手法で、自身の姿を被写体にし、作品として発表しているアーティスト、澤田知子さん。ずらりと並んだ証明写真に写しだされた「顔」はすべて澤田さん自身なのに、メイクや髪形、服装の違いでまったくの別人にも見えてくる。変幻自在に外見を変え、観る人に驚きと混乱を与える澤田さんが、作品を通して問い続ける、外見と内面の複雑な関係とは?

◆大学時代、自動証明写真機で撮ったデビュー作

―澤田さんは、いつからセルフポートレイト作品を制作されていらっしゃるんでしょうか。

大学の写真の授業で、セルフポートレイトを撮る課題が出てからです。それがきっかけで今までずっと続けている感じです。

―どんな授業だったんでしょう。

先生が最初に、写真家のドキュメンタリービデオを見せてくれたんです。シンディ・シャーマンという、変装してセルフポートレイト作品を制作する有名な作家さんのムービーで。だからクラスメート全員が変装して自分の写真を撮ってきたんです。私も同じように変装してセルフポートレイトを撮りました。

―そこからずっと続いているということは、何かがしっくりきたんですね。

そうですね。それ以前に、高校生のときから将来アーティストになりたいと思っていて。でも、どういう手法とかやり方で自分が表現をしていけるのかっていうことは手探りだったんです。

だから授業でセルフポートレイトと出合ったときに、ちょっと言葉で説明するのは難しいですけど、直感的に「なんかこれで私、やっていけるかもしれない」みたいなものがあって。そこからスタートした感じです。本当にただの直感なんですけどね。

―これだ! というものがあったんですね。そのときはどんなふうに撮影されていたんですか?

学校のスタジオで一眼レフを使って、いろんな変装をしてクラスメートと撮り合いっこをするところからはじめました。雑誌で見たことがあるイメージだとか、自分の頭のなかに浮かんでくる変装アイデアを形にする。それを繰り返していきましたね。

―変装というとメイクを施すわけですよね。そのあたりも抵抗なく?

はい。もしアーティストになれなかったらメイクアップアーティストとか、ファッションデザイナーになれたらいいなと思っていたので。それが結果的に、セルフポートレイトを作る上での大きな手助けになったかな、とは思います。

―実質的なデビュー作でもある、証明写真を使った作品を撮るようになったのはいつくらいなんですか?

セルフポートレイトをはじめたのが短大のときで、もっと写真を本格的に勉強したいなと思って4年制大学に3年次編入で入学したんです。

そこからテーマやコンセプトを考えて制作を行うようになって、そのときに自動証明写真機を使って『ID400』というシリーズを撮りました。

この作品は証明写真が全部で400枚あって、つまり400回変装しています。その400人は本当は存在していないんだけれど、証明写真によってその存在が証明されてしまっている。それで「ID」(識別や身分証明を表すidentificationが由来)に「400」を合わせて、『ID400』というタイトルにしました。

―なるほど、おもしろいです。実際の自動証明写真機で撮ったわけですよね。

そうです。まず自動証明写真機で撮るにあたって、カラーの要素を抜きたかったんですね。スーパーの立体駐車場のなかにあるモノクロの写真機で、しかもちょうど機械の斜め前にトイレがあったので、そこをフォトスタジオみたいな感じで使って(笑)。

―ぴったりの場所が。

トイレで化粧をして変装して自動証明写真機に駆け込む、っていうことを、400回繰り返しました。

―すごい! 当然1日ではないですよね。

はい。学生だったので、春休みや夏休みに集中して作りました。友人に付いてきてもらって、紙袋にウイッグだとか衣装を入れて、1日に8〜20変装くらい繰り返して。

―大変な思いをして、最初の作品ができたわけですね。先ほど「カラーの要素を抜きたかった」と仰っていましたが、それはどんな意図があったのでしょうか。

色が入ると要素が多すぎるなと思ったんです。セルフポートレイトであること、自動証明写真機を使っていること、いろんな服を着ていること……すでにいくつかの要素があるじゃないですか。色を抜くことで、“同じフォーマットで撮っている”ことがよりクリアに見える気がして。

―現在はカラーで撮られる作品もありますよね。

そうですね。作品をカラーにするかモノクロにするかは、その作品に合っているほうを選ぶという感じですね。

たとえば、就職活動用の証明写真はモノクロじゃないですよね。一般的に社会に流通している写真の使われ方を、そのまま作品に引用しているので、カラーである必要があるときはカラーにします。『MASQUERADE』はキャバクラ嬢の見本写真、という切り口なのでカラーです。モノクロだったらちょっと不思議ですもんね(笑)。

◆相対する社会や相手によって顔は変わる

―たしかにそうですね(笑)。こうして澤田さんがセルフポートレイトを軸に作品を作られているのはなぜなのでしょうか。

私は「外見と内面の関係」を大きなテーマとしてずっと制作しているんですね。

たとえば『ID400』なら、「変わらないはずの内面と、簡単に変わる外見」がコンセプト。私たちは社会のなかでいろいろと顔を変えるわけですよね。家族といる顔、恋人といる顔、友達といる顔。相手が変われば表情も変わる。さらにファッションや髪型、メイクでも外見は変わります。

―コミュニティによって変わったりしますよね。

良いとか悪いではなくて、社会によって顔が変わるというのは、生きていれば絶対にあることで。そのいちばん象徴的な場所がキャバクラなんじゃないかなと思って、『MASQUERADE』を作りました。だからタイトルも“MASQUERADE=仮面舞踏会”です。

―時と場所、さまざまな役割で顔が変わると。

私には、その「外見と内面の関係性」そのものがすごく魅力的で。

まず、他者から見た自分の外見は、自分の内面とイコールではないですよね。さらに、自分が認識している外見と、自身の内面というのも、必ずしも同じではない。

いつもと違う格好をすることで、他者からの対応が変わることも、ひとつの関係性だと思うんです。

―誰もが経験があると思います。

何か特別な出来事を作品にするのではなくて、生活するなかで、「どういうことなのかな」と疑問に思ったところを切り取って作品にしていて。だから作品一つひとつにメッセージがあるわけではないんです。「私はこういうふうに考えているけど、どうかな?」と差し出す感じ。自然と質問形式になるというか。

―外見と内面の関係を探るなかで、その疑問を作品にしていると。

むしろ、作品自体も私に問いかけてくる感じがあって、私自身も作品を100%理解しきれていないんです。だから新作を作るたびに、「この作品はどういう意味があったんだろう」「どういうことを語っているのかな」ってずっと考えています。

―ということは、澤田さんの作品を見に来る人も、もうその人それぞれの受け取り方でいいと。

そうですね。とくに鑑賞した方々の感想は、私の想定を大きく越えていくので、すごく興味深いんですよ。

いちばん最初に『ID400』を展示したときは、8割9割の方が私ひとりでモデルをしていることに気づいていなかったんです。私が「被写体はすべて私で、セルフポートレイトなんですよ」と説明しても「いや、違うでしょ」って。観る人によっては、本当に一つひとつ顔が違うみたいなんですね。

―思いがけない反応が出るのはおもしろいですね。ある意味それも、外見と内面の関係を表しているともいえますし。

反対に、新作の『Reflection』は私の顔が写っていないセルフポートレイトなんですけど、「私が写っているに違いない」と思って鑑賞される方が多いんですね。それでちょっといじわるして、「私が写っているとはどこにも書いてないよ」と言ってみると、ちょっと不安そうになるという。そういった反応もおもしろいなあと思って。

―こうした制作を25年近く続けていらっしゃるわけですが、現在は内面や外面についてはどういった考え方をおもちですか?

どうだろう、そもそも内面にも外見にも、正解なんてないというか。日本はとくに「これが素敵な外見です」っていうメディア側の操作が色濃いけど、自分自身を肯定して、まわりに愛されている人はたくさんいるわけで。

結局は本人の居心地がいいかどうかだと思うんですよね。相対する人に対して顔が変わるっていうのも、それを含めて本人だと思っているので。

―セルフポートレイトのなかにはヤマンバメイクだとか、キャバクラだとか、社会情勢みたいなものを反映されているものも多いような気がします。そういった部分への意識はありますか?

社会批判や社会風刺だと言われることもあるんですけど、私自身はまったくそういったことは意識していないんです。

気を付けているのは背伸びをしないこと。社会を自分の身の丈で真っすぐ見たときに引っかかることをピックアップしているので、振り返ると、結果的にその時代時代を切り取った形になっているのかもしれませんね。

―ああ、すごくよくわかります。

木村伊兵衛写真賞をいただいたとき、篠山紀信さんが「時代を切り取る体を使ったドキュメンタリーだ」というような内容の批評をしてくださったんです。結果的にそういう評価にも繋がっているのかなと。

◆最新の展示が示す「仮面とお面」

―あえてフォーマット化しているのに、時代性が見えるのがおもしろいですね。現在、東京都写真美術館で最新の展覧会「狐の嫁いり」が開催されています。新旧の作品を組み合わせて展示されているそうですが、どんな内容なんでしょう。

よくある、年代順に作品を紹介する形ではなく、展覧会全体で一つの新作というような感じの括りにしたかったんです。なので、とにかくたくさんのシリーズから作品を出そうと。

―顔がずらっと並んでいるのを想像すると圧巻ですね。

自分の顔に囲まれるスペースが欲しくて、小さい部屋を作ろうかなと思っていたんですけど、展示室の真ん中に躯体の2本の柱があるから難しくて。

通常この柱は、壁を作って隠すか、そのまま出すか、といういずれかの方法で会場を構成するそうなんです。それなら、“顔に囲まれる”というのは会場全体の壁を使えばいいわけだから、この柱2本を活かしてみようと。神社でいうところの御神木だと思うようにして、ここを中心に展示プランを考えていきました。

―展示自体がちょっと神々しく感じられますね。

「狐の嫁入り」って天気雨のときに使う言葉で、出合うといいことがあるとも言われている現象なんですよね。せっかくだから、私や、私の作品に出会った人にちょっとでもいいことがあったらいいなと思って。

―過去のシリーズ作品なども織り交ぜて新作になっていると思うんですが、どういったコンセプトがあるんでしょうか。

裏コンセプトというか、作るにあたって大事にしていたのが「仮面とお面」という軸ですね。

“お面”というのは、一つひとつにキャラクターがあって、付けたら面のキャラクターを演じなければいけないルールがある。でも“仮面”にはその前提はありません。

仮面のキャラクターになってもいいし、自分自身でいてもいいし、まったくの第三者になってもいい。それが“仮面”と“お面”の大きな違いなんですね。

―なるほど。

鑑賞者のほとんどの方は、私がキャラクターを演じていると思っていらっしゃるんです。つまり“お面”を被っていると思っている。でも実際には全部“仮面”なんですね。

そこに私と鑑賞者の皆さんとのズレがあるんですけど、その関係がすでにおもしろいなと。そういうことを全部ひっくるめてシンボル的に付けたのが「狐の嫁いり」というタイトルです。

―なかには、それでも「これは“お面”だ」と思う人もいるわけですよね。

もちろんいらっしゃると思います。それに対して私のなかに「どうしてそう思うんだろう?」という疑問が生まれると、また次の作品に繋がっていくんですよ。

―作品自体が問いかけになっているのが非常におもしろいですね。今後もセルフポートレイトを続けていくのでしょうか。

昔は「セルフポートレイトでなければいけない」と自分を縛っていた時期もあったんですけど、もうそれ以外の形式でも作品を作っているので、感覚としては自由なんですが。

ただ、タイポロジーとセルフポートレイトを使った手法というのが自分にとっては効率よく考えをまとめる方法なので、これから先もその形で作品を作っていくんじゃないかなと思います。

 

<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>
<撮影協力:東京都写真美術館>

澤田知子
アーティスト

さわだ・ともこ|成安造形大学造形学部デザイン科写真クラス研究生修了。デビュー作『ID400』でキヤノン写真新世紀特別賞(2000)、木村伊兵衛写真賞(2003)、The Twentieth Annual ICP Infinity Award for Young Photographer(ニューヨーク国際写真センター。同年)受賞。主なコレクションに、東京都写真美術館、京都国立近代美術館、兵庫県立美術館、The Museum of Modern Art(ニューヨーク)、International Center of Photography(ニューヨーク)、Brooklyn Museum、New York(ニューヨーク)、San Francisco Museum of Modern Art(サンフランシスコ)、National Gallery of Art(ワシントン)、Maison Europeenne de la Photographie(パリ)など。現在、最新の展覧会「狐の嫁いり」が東京都写真美術館で開催中(5月9日まで)。

※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)

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