“体を美しくするためのギプス“を生み出す現代美術家・神楽岡久美が問い続ける人間と美の関係とは?

新感覚アート番組アルスくんとテクネちゃん、第9回の放送に登場したのは、拘束具のような無機質なギプスを次々と生み出し、現代そして未来における“美の価値による身体”を考察する現代美術家・神楽岡久美さん。鼻を高くしたい、背筋をまっすぐ伸ばしたい、二の腕をすっきりさせたい、綺麗に歩きたい、そんな飽くなき美への欲求はどこから生まれるのか。痛みをともなってまで美的身体を望む人間と美との関係を表現する、神楽岡さんの身体との向き合い方とは。

◆ネガティブをポジティブにするギプス

―神楽岡さんの〈美的身体のメタモルフォーゼ〉というシリーズ作品は、これは「ギプス」ということになるんでしょうか?

はい。ギプスというのは骨折したときなどに使用する医療器具ですけど、私が作っているのは“体を美しくするためのギプス”というものです。身体と人間社会のなかで生まれた美の価値観を可視化させたいなと思って、ウェアラブルな、身につけられる作品として作っています。

―なるほど、身につけていると美しくなれるギプスなんですね。

通常のギプスは、骨を治すために外側から体を固定して、物理的に外的負荷をかけて矯正を行いますよね。私の作品は、美しくなるために体を矯正していくというもの。

外側に大きいバネとかテンションのかかる重りを付けて、強制的にからだを変態させていく。人間社会で築かれた美の価値というものを体で見せていく装置なんです。

―どういうきっかけで生まれた作品なんですか?

大学1年のとき、「Wearable(ウェアラブル)」という課題の授業があったんです。アートピース的なものでもいいし、問題解決型のプロダクトでもいいから、何か作品を作らないといけなくて。

そこで自分なりに“身につけて機能するもの”って何だろうと色々考えて、「体においてネガティブなものを、ポジティブに変換できるものにしよう」と。そこで自分のネガティブを探っていったときに、コンプレックスというものに突き当たったんです。自分自身の容姿に対するコンプレックスというか。

―鼻が低いとか、脚が短い、とか誰もがもっているような。

そうです。遡っていくと、幼少期に憧れていた美少女戦士もののアニメのヒロインは、顔が小さくて、目が大きくて、足も細長くて、八頭身から十頭身だった。あと、小さい頃に百貨店で見た素敵な服を着たマネキンの頭身も、自分とはかけ離れたフォルムで。

そういう容姿の差異を目の当たりにして、コンプレックスが刻まれてきたのかなと考えたんです。今も雑誌を開けば“モテメイク”が取り上げられるなか、美の価値ってどこから来てどこへ向かっていくんだろうと。

―そこから作品づくりをはじめるわけですね。

そのときはあくまで課題のための作品だったので、「ネガティブをポジティブにする」っていうのもある種思いつきではあったんです。でもそのときのアウトプットがとてもしっくりきたんですね。ヘルメットに角材をつけてガムテープでぐるぐる巻きにしたお粗末なもので、今みたいに作り込んでないんですけど、自分の思考と表現方法が噛み合ったというか。

それで大学院を出て、就職をして、作家としてひとり立ちしたとき、あらためてギプスの作品を作ろうと思ったんです。

―あらためて立ち返ったわけですね。しかし、この矯正の仕方がまた独創的ですよね。鼻を高くするとか……。

美顔用の鼻を高くする矯正器具って実際にあって、ネットで売られているんですよ。

―そうなんですね!

見た目も実用性も全然違いますけど、ありますよ。私の作品は製品ではなく、あくまで美の価値を可視化するための装置なので、目的や方向性は大きく違いますけど。

あと身近なものだと、たとえばピンヒールもそうですよね。履くことで脚を長く、美しく見せることができる。ほとんどつま先立ちのような状態ですから、負荷がかかるし、長く履いていると足の形が変形して外反母趾になってしまう。

アクセサリーだって、ずっと付けているとその部分の肉は窪んでしまう。矯正下着もずっと売れています。辛いし、ストレスフルであるにもかかわらず、私たちはそれを選んでいる。それはなんでだろうという疑問も、制作の出発点ではありますね。

―どうやって作ってらっしゃるんですか?

まずはリサーチから入ります。今自分が考えているテーマに沿って調べていると、古い文献とか、逆に新しい論文とか、他分野の専門家や研究者の方々のアドバイスや本から興味のある情報が出てくるので、出てくるキーワードをインプットして、ドローイングで描いていきます。

紙立体におこして、展開図にして、2Dや3Dソフトにおこして、工場に加工を発注する。できるものは自分でつくる。全部装着できるように作っているので、私が実際に身に着けながら調整しています。

―実際に装着できる、というのがおもしろいですね。こちらの作品は、どの部位を矯正するものですか?

「猫背防止ギプス」と、「二の腕引き締めギプス」の融合体ですね。親しい女性陣にインタビューしたときに、「猫背を直したい、腕を細く引き締めたい」という話が多かったんです。

―昔でいう、『巨人の星』の大リーグ養成ギプスのような……。

そうなんです(笑)。しかもリサーチをしていたら、アニメと同じ養成ギプスを作った方を見つけて。実際にその器具を見てみたら、マンガとまったく同じ大きさのバネを使うと、肉をはさんでしまったり、バネの伸縮性が体に効かなかったりすることがわかったんです。

やっぱりちゃんと作用するものを作りたいし、かつ、それがダイレクトにビジュアルとして主張するものを作ろうと。

―そうなると、かなり設計が大変ですね。

そうですね。バネの動きも伸縮性も、ニュートン数を数式で出して、負荷がかかる程度を加減して作っています。

◆1000年後は、どんな身体が美しいとされるのか

―さらにこちらは首を矯正するものですね。

これは未来に向けたギプスなんです。今から1000年後の地球環境において、どんな美の価値があって、どんな体の変態がありえるかをリサーチしたうえで作ったシリーズですね。

―1000年後の未来?

たとえば、今から1200年前はちょうど平安時代で、日本ではお歯黒やおたふく顔が美しいとされていましたよね。現代はその真逆で、目が大きくて顎が細くて小さいほうがかわいいというのが美の価値として目立ちます。そうなると、さらに今から1000年後どうなっているんだろうっていう。

―なるほど。

未来のことは誰もわからないので、自分なりに科学的根拠を探していきました。1000年後は温暖化が進んで、乾燥地帯が増えるのではないかという見解があると。

そうなると食べるものも今ほど豊富にはないはずで、住環境は厳しくなっている可能性がある。そのなかにおける美の価値の置きどころは?と考えると、今みたいな表層的な見た目のかわいさではなく、厳しい環境のなかでも生き抜こうとする強さが美の価値になるのではと。このシリーズでは、そういう“生きようとする生命体としての強さ”に着目をして制作を行っています。

―その発想から、首を伸ばす方向に。

未来のシリーズは〈エクステンドシリーズ〉という名前で、“エクステンド”とは骨を引き伸ばすという意味です。なぜ引き伸ばすかというと、未来のどんな環境にも絶えうる強い体を考えたときに、表対面積が広くて体温を保ちやすく、調整しやすい体というのが一つ大きいかなと。

これは内部がクロスして動くようになっていて、上下の円盤の高さを広げるので、肩から顎の距離を広げていく効果があるんです。

首が伸びている、というよりも、鎖骨の位置が下がってきて、顎から肩にかけての空間が広くなるというか。これはカヤン族の体の作りを調べてわかったことがヒントになっています。

―首長族と言われている人々ですね。首にリングをつけていて。

そうです。彼女たちを見ると首の骨の本数が増えているように見えるんですけど、あれは単純に肩の位置が下がっているんですね。下がることで脇の下の空間がきゅっと狭くなるので、肋骨が小さいままだったりする。それを見て、6kgの重みのある素材で円盤を作りました。

―1000年先を考えるために、過去から学ぶというか。

西洋のコルセットもそうですが、装飾と拘束は密接に関わっていて、国も形も違うけれど、緩やかに現代まで有り続けているなと感じるんですね。

美の価値が、体に対してアクションを起こさせているというか。自分の意志だけじゃなくて、外的要因も大きく関係していると思うんです。そこも踏まえて制作しています。

―しかし、ちょっと痛そうではありますよね。

展覧会にいらした方に感想を聞くと、皆さん私の作品を観て「痛そう」と仰るんですね。でもそこから、美容整形とか、コルセットとか、美の歴史みたいな話をするうちにふっと何かに気づく方が多くて。人間社会のなかに埋もれている、潜在的な美の圧力ってあるんですよね。

作品をみてもらうことをきっかけに、一体どこに価値があるんだろうと考えてもらえたらうれしいなと思っています。

◆“いいにおい”がした、身体というテーマ

―先ほど、ギプスを作ったのは大学の課題が最初だったと仰っていましたけど、もともとギプス自体に興味があったんですか?

父が医師だったので、家に解剖図鑑があったり、家でオペのイメージトレーニングをしていたりしたので、医療系の仕事道具がちょこちょこあったんです。

ギプスは学生時代、私自身が事故で足を痛めたときに使用していました。何かものを作るとき、相談するのは大体父で。課題が出たときも「どう思う?」って相談したときの答えのひとつに「ギプスとかどうかなあ」というのがあったんですよ。それが自分のなかでぴったりハマったというか。

―ご自身の環境も大きかったわけですね。

父は正確に模写ができるくらい絵がうまくて、解剖図とかオペで使うスケッチが医療系のテキストに使われたことがあるような人なんです。小さい頃から、そんな父と一緒に絵を描くのが大好きで。

―医学ではなく美術の道のほうに進んでいくと。

勉強よりも美術室にこもるようなタイプの学生でした。美術の先生が美大を勧めてくれて、ということはアーティストになるのかなと思いながらデザイン科に入ったんですけど、周りのクラスメートはしっかり就活をしていて(笑)。そんなこんなで就活をしそこねて、大学院でもう少し自分の道を考えようと。

当時は舞台美術を通して大型作品を作っていましたね。舞台美術の先生のもとで、体の身丈より大きい作品を作っていました。作品の制作にあたって、自立させるためにはどこに負荷がかかるか、制作した作品やそのコンセプトを人にどう提示するか実践を通して勉強したりして。

―でもまだ、ギプス作品には至らず。大学院を出てからは就職されたんですか?

はい。作品は作っていきたいけど、社会のなかでものづくりをするってどういうことかな?と思って、一旦社会に自分の身を置いてみようと。それでおもちゃ会社に就職しました。

知育玩具を扱う会社だったので、小さい子どもが触れたり、飲み込んだりしても大丈夫なサイズの、ムリがないものを作っていました。企画も考えるし、デザインもするし、モックも作る。その頃は2年くらい作品を作っていませんでしたね。

―一旦遠ざかってしまったわけですね。

自主的に作品も作りはじめたんですけど、休みの日しか時間がとれなくて、26歳くらいのときに仕事をやめました。作家として、どこまでいけるか試してみようと思って。

―そこでようやくギプスを思い出すと。

そうなんです。ずっとどこかのタイミングでブラッシュアップをしたいと思っていた作品でもあったんですが、なんていうか、いいにおいがしたんです(笑)。可能性がありそうな何かを見つけると、よく「いいにおいがする」っていうんですけど。ギプスをアップデートしながら、自分自身もブラッシュアップして、作家としてのステートメントとして“身体”を軸にしようと思ったんです。

―大学院に行ったり、就職をしたり、そういう経験も生きているわけですよね。

そうですね。6年も大学にいたのに、全然デジタルを使ってこなかったんですよ。でも、おもちゃ会社に入って、2Dや3Dソフトの使い方も覚えましたし、デジタルで図面を描いたり、写真を補正できるようにもなった。ソフトに詳しい同僚とか、テック系の人脈もできて。それはすごく力になったと思います。

―今後はどういう作品を作っていかれる予定なんですか?

先のことはあんまり考えられないんですけど、ギプスシリーズは今後も継続して作っていくと思います。ただ、“身体”というテーマはとても幅広いので、ギプスに関わらず、さまざまな表現方法が生まれていく気がしています。

今はコロナ禍にありますが、ウイルスとどう付き合っていくかという問題も、人間の歴史のなかに古くからあったもの。身体をテーマにしている以上、ひとつの視点として生きてくるかもしれません。

―引き続き身体や美について考えていくと。

そうですね。私は、「美しくなれたらハッピーでしょ!」というピュアな気持ちとか、美容のために全エネルギーを注いじゃうように、求める理想像になりたいという気持ちも、ありのままで十分という気持ちも大事だと思っているんです。

いろんな価値観があるし、誰がどんな理想を追求したっていいと思う。私が作品を観た人に聞きたいのは、「あなたが価値として重視しているものって何ですか?」ということ。常識にとらわれずに今ある価値観が今後どのようになっていくのか、あらためて考えるきっかけになったらと思っています。

<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>

神楽岡久美

かぐらおかくみ|1986年、東京都生まれ。2012年に武蔵野美術大学大学院空間演出デザインコースを修了。玩具企画デザイン会社で商品企画、デザイン、展示空間ディレクターを務め、退職後に作家活動をはじめる。2015年に「SICF16 (SPIRAL INDEPENDENT CREATORS FESTIVAL 16 )」でグランプリを受賞。主な個展に「身体と世界の対話 vol.2」(2018)、「KUMI KAGURAOKA solo Exhibition Study of Metamorphose.」(2019)など。

※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)

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Art Stickerでは、神楽岡久美の作品を詳しく紹介!

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