変わりゆく日常を“刺繍”で描き出すアーティスト、青山悟 ちいさなアート作品に込める手仕事のぬくもり

新感覚アート番組『アルスくんとテクネちゃん』、第12回の放送に登場したのは、古い工業用ミシンを使い、紙や布に刺繍をほどこし、作品を生み出すアーティスト・青山悟さん。人が働くことの意味や、機械と人間の関わりをテーマに世相を鋭く切り取る作品を制作してきた青山さんは、2020年、大きく変わりゆく世界のなかで、これまでにないスピードで作品を発表してきた。その多くがちょっとしたユーモアを感じられるような、かしこまらずに楽しめるもの。

「日常」が「非日常」と化した今、青山さんがアーティストとして想うこととは?

◆ミシンに見る“手仕事性”

―青山さんの作品は、“刺繍”という手法を使っているのが印象的です。

古い工業用ミシンで刺繍をしています。アメリカのシンガー社が1940年代に作ったミシンです。

―たとえばこの『SAVE HAND WORK, SAVE OLD MEDIA, SAVE HUMANITY』という作品は、どうやって作られているんでしょう。

第一次世界大戦下のアメリカで修道女の方々が国旗を刺繍しているイメージを、シルクスクリーンで紙にプリントしました。

後ろにかかっている絵は、2018年に話題になったオークションで43万ドルの値が付いたというAIが描いた絵のイメージです。そういった現代のモチーフも取り入れながら、旗の部分は刺繍を使ってコラージュしています。

―ミシンといえば布なのかと思いきや、紙に刺繍しているところが珍しいなと思いました。

あんまり見ないですよね。実際、縫っていても気持ちよくはないんですよ。破けることも多いですし。でも、破けた部分に紙をあてて補正しながら縫っていくと、その部分が立体になって、少しずつ布のようになってくる。

そして彫刻と絵画のちょうど中間のような、レリーフみたいな凹凸が生まれていくんです。あたかも本物の旗がうごめいているように見えるといいなと思って縫っています。

―どうしてミシンを使うんでしょう?

産業革命で最初に発明された機械は紡績機ですよね。ミシンもその流れを汲んで発明されたもので、ある意味機械の発展の原点ともいえると思うんです。そんな歴史ある古い技術と、現代のテクノロジーとの比較ができたらいいなと。

―“縫製”という分野における、新旧の技術の対比ということですね。

テクノロジーの発達によってAIや機械に仕事が奪われていく現状が、やがて僕たちの人間性まで奪うのではないかという感覚がありました。それで作品のステートメントに“SAVE HANDWORK, SAVE OLD MEDIA SAVE HUMANITY”を掲げたんです。

―「人の手仕事を守れ、古くからあるメディアを守れ、そして人間性を守れ」という。

直訳するとそうですね。ただ、額面通りに「手仕事を守ろう!」というだけのステートメントでもなくて。機械によってムダが省かれ、過酷な労働環境が改善される可能性もありますから、プラスの側面もあるんです。

画一的に批判するのではなく、手仕事とはなんだろう、メディアとはなんだろう、人間性とはなんだろう、と考えるための作品です。

―“手仕事”という表現ではありますが、手縫いではないところも興味深いです。

人間性について謳うのであれば、もちろん手刺繍のほうが直接的ですし、伝わりやすいとは思います。でも、機械を用いることで滲み出る“手仕事性”みたいなものがあると思うんですよね。時代とともに機械化されていくなかから漏れ出るものがあるんじゃないかなと。

―“手仕事性”というのは?

アーツ・アンド・クラフツ運動が興った時代から言われていることですよね。手仕事と美は結びついているという考え方は、僕もウィリアム・モリスに同意する部分があります。

※アーツ・アンド・クラフツ運動
19世紀末にイギリスの詩人でありデザイナーのウィリアム・モリスが提唱した、手工芸の復興を目的とした芸術運動。産業革命によって粗悪な日用品が大量生産され、労働の機会が奪われたことを憂い、中世の労働者たちの職人的な技法に再びスポットをあてようとしたもの。

昔は美しい風景をストレートに描いていた時期もありました。でも「なぜミシンを使うんだろう」と考えると、どうしてもミシンがもつ労働としての意味が浮かび上がってきて。自然と、資本主義への批評のような視点が生まれてきたんです。

―表現としてミシンを使うだけじゃなく、機械そのものがもつ背景にも意味をもたせているというか。だから青山さんの作品は、さまざまな見方ができるんですね。

僕は、アートはコミュニケーションのためのメディアだと思っているんです。なので、価値観の違う人たちが僕の作品を見て、「どう思う?」とやり取りをするきっかけになればうれしいですね。

◆イギリスで授かったアーティストとしての胆力

―そもそも、青山さんがミシンと出合われたのはいつなんでしょう?

イギリスの美大に通っていたときです。高校時代からイギリス郊外の日本人学校に通っていて、大体みんな帰国子女枠を使って日本の大学に行くんですけど、僕はそのまま美大に進みました。イギリスの美術大学って、入学は比較的簡単なんですよ。卒業するのは大変なんですけど。

―美術に興味があったんですか?

全然(笑)。モラトリアムな時間をもう少しだけ延長したくて、イギリスでの進学を決めたんです。でも通っていた日本人学校では周りが日本人ばかりだし、英語もそんなに上達しなかった。

普通の大学に進むには言葉の壁があるし、じゃあ美術かなって。そして入学したらものすごく厳しくてびっくりしました。入学した時点で「あなたたちは今日からアーティストですよ」と言われるんです。

―大学ではどんな授業を?

イギリスの場合、美大の授業はとても実践的で、「どうしたらアーティストとして活動を続けていけるか」というノウハウを教えてくれるんです。

デザインを学ぼうと思ったのに、アート作品を作らなくちゃいけなくて、すごく大変でした。

日本の美大に進んだ場合、学生はあくまでも学生であって、「大学を卒業後にアーティストになれるか/なれないか」ということを考えなければいけない。でもイギリスでは「アーティストを続けるか/続けないか」なんです。

―ああ、ひとり立ちするためにどうすべきかを教えてくれるわけですね。

そうなんです。天才はひと学年に一人いるかいないかで、彼らは放っておいてもアーティストになります。でも、天才ではない人がアーティストとして続けていくには、スタジオが必要で、アート業界の知識がないといけない。学校にはそういうプログラムがあって、パワーのあるキュレーターやコレクターはこの人だって教えてくれるんですよ。

―ミシンとは授業のなかで出合ったんですか?

そうです。授業が厳しくて留年してしまい、何をしたらいいかわからなくなって、テキスタイルにまつわる技術は全部やってみることにしたんです。機織りとか手縫いとかシルクスクリーンとか。なかなかうまく扱えなかったんですけど、唯一残ったのがミシンでした。なぜか最初から上手に使えたんです。

―“絵を描く”という選択はなかったんですか?

それが、当時絵画はあんまり……という雰囲気があったんです。同世代のアーティストと喋るとみんな「あるある!」というんですけど、ちょうど僕が大学生の頃って絵画が色々やりつくされて、絵の具を使わずに絵を描くには何だろう、ということをみんなが考えていた時期だったんです。僕にとってはそれがミシンだったんです。

―先ほどおっしゃっていたミシンのもつ背景や、労働という意味合いを考えたのもそのときから?

徐々に生まれていった感じですね。ミシンという機械を使いながら、その意義と向かい合ってきた感じです。

◆コロナ禍で作品の幅が広がった

―昨今のコロナ禍という状況では、マスクに刺繍されたり、それをインスタグラムに作品を投稿されたりと、制作の幅が広がったようにお見受けしています。

そうですね。これまでは、今の資本主義にどこか限界があるんじゃないか、分断が生まれているんじゃないか、という大きな問題を可視化することが目的でした。

でもコロナ禍によって、誰もが自然とそういった問題を共有しはじめましたよね。じゃあ次に何をしようかと考えて、ささやかでもいいから、少しでも問題解決の糸口を示せないかと。

大それた解決ではなくて、ちょっとした想像力を示すことによって食い違ってしまった価値観とか、分断されてしまった気持ち、そういったものを繋いでいけるような表現ができればなと考えたんです。

―頻繁に新作が拝見できるのはとても楽しみです。

大きな作品だとどうしても時間がかかりますから、以前は数か月に一点くらいのペースだったんです。去年は3点くらいだったかな。

でも今は一週間に数点のペースになりました。そもそも、コロナの影響で発表の機会がいくつか失われたときに、どうしようかなと考えて、ギャラリーで発表する以外にも方法はあるなと思ったんです。それでオンラインサイトを立ち上げました。

ちょうどトイレットペーパー買い占めなんて出来事がありましたよね。そんな現象を少し皮肉るというか、笑いに変えるような作品を作ってSNSにあげたら反応があったので、徐々に作品が生まれていった感じです。

―作品の発表の場でもあり、作品を購入したい人との交流の場でもあり。

ただの販売ショップではなく、サイト自体が作品になったらいいなと思って、強めのワークステートメントを書きました。日常が変容する体験をたくさんしたけれど、アートは時代を写す鏡だから、今の状況を記録するという意味をふくめて、毎日のように制作して発表していく、と。

それによって、サイトのなかにあるものがすべてアート作品の一部ということにしたんですね。なので、マスクに刺繍したり、ワッペンを作ったりできるようになった。昔だったら作らなかったんですよ。「アートじゃない」って言われちゃうから。

―期せずして枠組みが外れたんですね。

そうですね。なんでもアリになりました。僕はもともとテキスタイル科で、絵画とか彫刻とか違うところからこの世界に入ったこともあって、アートなのか、工芸なのか、という質問は繰り返し受けてきたんですよ。

それもあって、あえて工芸っぽい作品からは距離を置くようにしてきたんです。でも、ショップ自体をアート作品と定義したので、ショップのなかにあるものはアートでも工芸でもいいかなと思えるようになった。カジュアルに作って、精査せずに並べている感じですね。

―以前とは制作頻度が変わったと思いますが、心境の変化はありますか?

20年間ずっと作品を作ってきましたけど、このスピードで制作したことはなかったんです。でも自分に合ってるなと思っています。

あえて時間がかかるような作り方をしてきましたけど、ミシンは本来スピードアップのための道具なので、スピードにのせながら作品を作るのは自分に合っている気がします。なんというか、若手作家みたいなスタイルにシフトしました(笑)。

―(笑)。身近な作品がたくさん生まれている今、少し階段を降りてきてくださったというか、私たちが気軽に作品に触れる機会が増えたようにも思えます。

そもそも、大作だからいいとか、小さい作品だからアートじゃないとか、僕のなかには全然そういう区分はないんです。僕のなかでは、多くの人に作品を届けられたら、というシンプルな気持ちが強いですね。

―それはどの作品からも感じられます。さらにどんな形態でも、世相が如実に作品に現れているところに、青山さんの作家性を感じます。

今は誰かと会ったときに、日にちを刺繍したマスクを渡しているんです。今はフィジカルな接触ができないですよね。握手やハグの機会が失われていくなかで、人の手の熱が入ったものをささやかに伝えていくことって、すごく大事だなと思っています。

これから当面、海外での仕事は難しいと思いますし、選択肢が減ってしまうことは否めない。でも、悲観的に嘆くんじゃなくて、国内で、届けられる人に届けていきたい。そんな気持ちで毎日刺繍を続けています。

<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>

青山悟
アーティスト
あおやま・さとる|1973年、東京都生まれ。1998年、ロンドン・ゴールドスミスカレッジテキスタイル学科を卒業。2001年、シカゴ美術館付属美術大学大学院ファイバー&マテリアルスタディーズ科修了。「ヨコハマトリエンナーレ 2017」(2017)やマレーシアのグループ展「ESCAPE from the SEA」(2017)に参加。主な個展に「The Lonely Labourer」(2019)がある。

※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)

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2021年1月11日(月)~1月17日(日)

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