新感覚アート番組『アルスくんとテクネちゃん』、第16回の放送に登場したのは、今では聞こえなくなった“流氷鳴り”を再現するアーティスト・上村洋一さん。知床オホーツク海に浮かぶ流氷にマイクを向け、音を記録し、地元の人の呼吸音や口笛を織り交ぜて生み出される幻想的なサウンドスケープ。人間の営みが引き起こした地球温暖化が、流氷を溶かし続け、“流氷鳴り”を消滅させた事実は私たちに何を知らせているのだろうか?
人と自然環境の関係に想いを馳せる上村さんの“音”の捉え方とは。
◆消滅した“流氷鳴り”を呼吸音で再現する
―上村さんの作品は、青白い光のなかに氷のような塊が置かれていて、ヒューヒューという音が聴こえて……。眺めていると、とても不思議な感覚になりますね。
2019年12月にNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で展示したインスタレーションですね。氷のような物体は流氷を表したものです。
―流氷ですか。
はい。2019年の2月から北海道の知床にある斜里町という街に流氷の音を録りにいったんです。流氷が溶け出すとき、シャリシャリという音が鳴るんです。そういった音を録ってみたいなと思って、環境音を録音するフィールドレコーディングという手法を使って録音しました。マイクとレコーダーをもって現地に行き、環境音を録音するんです。
―それは事前にそういう音があると知って?
はい。事前に調べてみると、氷が割れる音がとても綺麗だったんですね。それで、本当にそんな音があるのかなと思って現地に行ってみたんです。何回か訪ねていくなかで、地元の人と話したり、古い資料を読んだりしたんですが、どうやら昔は“流氷鳴り”というのがあったらしいと。
―“流氷鳴り”?
流氷観察者の菊地慶一さんが名付けた自然現象なんですが、氷の下の空気が海の潮汐によって押し出されるときに、氷の小さな隙間や穴から、人間の呼吸のような口笛のような音が聴こえてくると。30年くらい前、まだオホーツク海を流氷が埋め尽くしていた頃は、その“流氷鳴り”がしたというんです。
今は地球温暖化の現象によって氷も薄くなり、少なくなってしまい、”流氷鳴り”も消滅してしまって。データ上でも温暖化によって流氷が減少していることがわかっているし、流氷の古い記憶をもつお年寄りの方々に聞いても「今の流氷は全然違う」と。「厚さも量も違うし、どこか頼りない」とおっしゃるんです。
―だいぶ氷が痩せてしまったと。
平成に入るくらいから氷がどんどん少なくなったらしくて。昔は流氷の上で飲み会をやったり焚き火をして宴会をしたり、道路がわりに流氷を歩いて近道をした人もいました。でも今は絶対ありえない光景だそうです。
今は聴くことのできない音を、どうにか再現できないかなと。そこで斜里町の地元の人の呼吸を録音させてもらい、サウンドスケープとして蘇らせてみようと考えたんです。
―人間の呼吸音を使う、というのがおもしろいですね。
流氷鳴りの音が人間の呼吸のようだ、という伝聞や文献に関心をもって。人間の活動が引き起こした温暖化によって、その呼吸のような音が失われてしまった。その一連のストーリーを考えたときに、あえて人間の呼吸によって再現してみたらどうだろうと。
―人間が壊したものを、人間によって蘇らせる。そこにはちょっと皮肉のような考えも含まれるのでしょうか。
いえ、皮肉ということではなく、悲観しているわけでもありません。それと「環境を守りましょう」というメッセージを伝えたいわけでもなくて。オホーツク海で、たったひとりで流氷を録音しながらその風景を見ていたときに、この眼の前の氷は、人間の活動や、人間が引きおこした“熱=地球温暖化”によって形作られているのかもしれないと思えたんです。つまり、流氷も人間とすごくつながりがあるんじゃないか。そう思うと、ただの自然物としての氷ではなく、不思議な生物だったり人工物のようにも見えてくる。自然でも人工でもないようなもの。
そこで、何か“熱”によって、自然と人間の関わりを作品のなかにもたせたいなと思ったんです。それで録音した環境音に人間の呼吸をミックスして、ひとつのサウンドスケープを作りたいなと。
―さらにこの水槽のなかの氷もすごくインパクトがありますね。
氷山とも流氷ともいえるような立体を水の入った水槽に沈めています。素材はパラフィンというろうそくの原材料にもなっているものでできています。パラフィンは50度くらいに熱すると液体になるんですね。それを型に流し込んで立体を作っています。パラフィンは石油でできていて、石油は人間の活動の源でもある。さらに、治療方法のひとつとして、この溶かしたパラフィンに患部を浸して、その熱で治療するという温熱療法もある。石油が人間活動のエネルギーになり、地球規模でのさまざまな環境問題を引き起こす一方で、人間の身体=環境を癒やすこともある。そういう真逆の要素がおもしろいなと。
―流氷を眺めながらヒューヒューという音を聴いていると、まるでかつての流氷鳴りを追体験するような気持ちになります。
僕の作品は音を前面に出しているので、ものすごく“体感する”という要素が強いと思うんですね。人間の知覚では視覚情報のほうが優位だとは思いますが、視覚は取捨選択できるけど、聴覚は選べない。より生理的なんじゃないかと思うんです。なので感覚を開いて作品を観られる場を作りたいなとは常に思っています。
◆フィールドレコーディング=瞑想的な狩猟
―聴覚は非常に生理的だと。上村さんがサウンドスケープという形を用いるのには、そういう理由があるわけですね。
まず、フィールドレコーディングという手法自体は新しいものではなくて、古くから民俗学的な調査のために行われてきたし、技術が発達するにつれて音楽にも取り入れられるようになった。現代アートにも取り入れられています。
―技法として確立されている印象があります。
僕はそれを“瞑想的な狩猟”と呼んでいるんです。長時間の録音をするとき、自分の衣擦れや呼吸音などのノイズが入らないようじっとその場所にずっと留まっている行為は、瞑想に近いものがある気がしています。一方で他人の土地にどんどん入り込み、録りたい音を探して、見つけて録音して、勝手に作品にしてしまう行為は狩猟的でもある。瞑想という静的な行為と、狩猟という動的な行為が同居しているなと捉えなおしたんです。
―上村さんなりの再解釈を加えたわけですね。
あと、録音した自然音というのは、ある意味人工的でもあるんです。フィールドレコーディングで撮られた音というのは、僕が直接聴いた音ではなくて、マイクとレコーダーを通じて録音された、デジタルデータに変わった音なんです。
さらに、僕の手によって編集されてサウンドスケープになっていく。自然でもないし、完全な人工物とも言えないような、曖昧なもののように僕には思えて。そこがすごくおもしろいなと思っています。
―たしかにそうですね。
流氷にも同じことがいえるんです。自然が生んだ氷でありながら、人間の熱や呼吸によって形作られたものにも見える。自然物でもないし、人工物でもない。これは個人的な話ですが、僕が生まれ育った千葉の埋立地がまさにそういう環境だったんですよ。海を埋め立てて木を植えたり、公園を作ったり、目の前の海すら自然なのか人工なのかわからない、そんな曖昧な環境で。でも僕に限らず多くの人がそういう場所で暮らしているんじゃないかと思うんです。
―使い慣れた手法を捉えなおすことで、上村さん独自の表現になっているように感じます。こういった作品を作るようになったきっかけは?
いちばん大きいのは東日本大震災です。僕は東京であの大きな揺れを経験して、テレビを通じてですが津波の現象を目の当たりにした。人間が作った街が、地震と津波という圧倒的な事象によって一瞬にして引っくり返ってしまうことに衝撃を受けました。それまで僕は絵画的な作品を制作していて、風景をテーマに作品をつくることが多かったんです。でも3.11以降、風景や環境とは、一体どういうものなんだろうと考えるようになって。
―意識が変わってしまったんですね。
そうです。たとえば大学では、風景画を制作していました。風景画とはある種、窓枠の役割をしていて、キャンバスに描かれた風景は、部屋のなかから窓の外を見た風景とも言えます。しかし、震災後にはそのような風景は、もう眺めているだけのものではなくなってしまったなと思ったんです。だから、風景との関わりを考え直さなければと。どうしたら風景のなかに入っていけるかなと思ったときに、フィールドレコーディングという手法を思いつきました。
実際にその場所に行って滞在しないと、音も聴けないし録音もできませんから。
◆感覚を通じて、世界をどう捉えていくか
―そこから音の表現に進んだわけですね。ちなみに、『Hyperthermia』という作品名にはどんな由来があるのでしょうか?
いくつか意味があって、ひとつは「温熱療法」です。身体を温めることで免疫力を高め、痛めた場所を治癒する治療のことですね。東洋医学で用いられていて、僕自身も20代前半に体験したんですけど、それがインスピレーションの元になっています。
―日本も東洋思想が根強いですし、よく「体を温めるといい」と言いますもんね。
そうですよね。僕は20代前半で抗がん剤治療を経験したんですが、西洋的な治療はものすごく副作用が多いんですね。悪い病気に立ち向かう過程で免疫をどんどん破壊するので、即効性はあるけれど、身体の環境が破壊されてしまう。僕の場合はそれでも病気がよくならなかったので、東洋的な治療にも触れてみました。線香に火を付けて鉄の筒に入れ、それで全身をマッサージをする温熱療法や、気功療法などです。そういった治療を続けていくうちに病が治りました。その後は、鍼灸を体験してみたり、瞑想も少しですが経験しました。どれも体を温めるということは基本的な考え方だと思います。東洋的な治療には即効性はないけれど、時間をかけて病気になりにくい環境づくりをする療法なんだなと、自分の身体で理解できました。
―なるほど、“熱”が重要だと。
温暖化とか気候変動とか、熱によって地球の環境が変わっていく、という事象を目の当たりにしたときに、そういえば自分の身体は熱によって治っていったなあと。そこで熱というものがキーポイントになりました。あと『Hyperthermia』には、「異常高温」という意味もあるんです。人の病を治したり、免疫を高めたりする意味の反対に、環境破壊を想起させるような、相反する意味が潜んでいる。それは自分が考えていることと近いなと思って。
―常にさまざまな局面があるのが上村さんの作品のおもしろさですね。
意識しているわけじゃないんですけどね。なるべくひとつの見方をしないように、いろんな角度からものを見るようにしているので、自然とそうなるのかもしれませんね。
―どうして自然や風景がテーマなんでしょう。
誤解を恐れずに言うと、あんまり人間に興味がないのかもしれないです(笑)。作品を制作するときに、社会問題を直接的に取りあげたいとも思っていなくて。どちらかというと、人間が生物としてもっている根源的な感覚を通して、“この世界をどうやって捉えられるのか”ということが僕にとってはすごく大事なことでした。その前提があった上で、社会でどんな問題が起こっているのかを考えていきたい。僕にとって、作品を作ることや展覧会をすることは、私たち人間のからだや精神が、この地球という惑星と、どのように関わりをもっているのかということを、探す旅なのです。
<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>
上村洋一
アーティスト
ウェブサイト:http://www.yoichikamimura.com
かみむら・よういち|1982年、千葉県生まれ。2010年に東京藝術大学大学院美術研究科を修了。主な展覧会に「札幌国際芸術祭 2020」(2020)、「道草展 : 未知とともに歩む」(2020)、「エマージェンシーズ!039」(2019)など。現在『上村洋一+黒沢聖覇 「冷たき熱帯、熱き流氷」』がトーキョーアーツアンドスペース本郷スペースBで開催中(2021年2月7日(日)まで)。
※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん』
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)
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