テレビ朝日が“withコロナ時代”に全社を挙げて取り組む初の試み『未来をここからプロジェクト』。
本プロジェクトの先陣を切る『報道ステーション』では、「未来への入り口」というコンセプトのもと、多岐にわたる分野で時代の最先端を走る「人」を特集する新企画『未来を人から』を展開している。
第6回に登場したのは、水の浄化システムを開発するWOTA株式会社CEOの前田瑶介氏。
東京大学で建築学を専攻し、在学中から大手住設メーカーのIoT型水回りシステムの開発プロジェクトに参加。teamLab等でPM・エンジニアとしての勤務や、建築物の電力需要を予測するアルゴリズムを開発・売却を経てWOTAに参画した。
2016年の熊本地震を皮切りに、2018年の西日本豪雨など数多くの被災地にて、コンパクトな水の浄化システムとシャワーを提供し、2020年には内閣総理大臣賞である「グッドデザイン賞」の大賞を受賞。『Forbes JAPAN』の“世界を変える30歳未満の30人”「30 UNDER 30」にも選出されている。
人類に必要不可欠な「水」の領域で、新たなインフラをしかける前田氏が見据える未来とはーー。
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◆東京ドーム大の下水処理施設を、AI活用で持ち運び可能に
水道の通っていない場所であっても、安定的に水を利用できる。それが前田氏の開発した“自律分散型水循環システム”「WOTA BOX」だ。
持ち運び可能な浄水場ともいえるこの道具を使うことで、広大な砂丘でもシャワーを浴び、その水を浄化して再利用することが可能となる。
「使った水は排水溝を通って装置に回収され、きれいになってまたシャワーから出てくるかたちです。このなかには前に4本、後ろに2本のフィルターがあって、浄水場で行う水処理のシステムを約1/100000のサイズにしたものが入っている。ここで完全に処理した水は、世の中にある水のなかで一番不純物の少ない状態になっているので、飲むこともできます」
この水循環システムにより98%以上の水を再利用できる。例えば2人ぶんのシャワーの水を再利用することで、100人が同じくシャワーを浴びることができる計算だ。
一般的に、下水処理を行う水再生センターの規模は小さくても東京ドーム約ひとつぶんであるが、それと同じ機能がこのサイズに収められているのだ。本来、水再生センターでは人間が実際に下水の匂いや色を観察して、処理方法を判断することで水質を管理している。いわば職人技が必要とされる領域であるが、WOTA BOXはAIで水質を管理することで持ち運びもできる小型化を実現した。
「装置の上の部分に我々のコア技術であるセンサーとAIが入っています。センサーが職人さんの目や鼻、浄水場の大きな機器の替わりになっている。水再生センターでは、この情報を基に職人さんがパターン認識をして微調整をされているのですが、その部分をAIが替わりにやっています」
この技術に大きな注目が集まったのは2018年7月。プロサッカー選手の本田圭佑が、西日本豪雨の大きな被害に際してこのようなツイートをしたことがきっかけだった。
「大規模の断水 こういった問題を解決すべく、水浄化システムを開発している友人がいるので、水に困っていて大変な生活をしている現場に、そのシステムを届けてもらえないか話してみます」
大規模の断水
こういった問題を解決すべく、水浄化システムを開発している友人がいるので、水に困っていて大変な生活をしている現場に、そのシステムを届けてもらえないか話してみます。
— Keisuke Honda (@kskgroup2017) July 12, 2018
本田がいう「水浄化システムを開発している友人」こそが、前田氏だった。そして彼はWOTA BOXを岡山県の避難所に3台設置。当時の様子をこのように振り返る。
「本当に暑いなかで風呂にも入れず、騒ぐこともできないお子さんたちが抑圧された状態だったんです。そんな状況でシャワーを使っていただいた方々が、水を使った瞬間に感情が開放されて、泣いたり笑ったりしていた。それを見て、水って単に体を流せる以上の価値があるんだ、いろんな意味で大事なものなんだと体感できました。非常に考えさせられる瞬間でした」
その後も様々な被災地を支援し続けた結果、2020年に内閣総理大臣賞である「グッドデザイン賞」の大賞を受賞。さらにコロナ禍でドラム缶型の手洗いスタンド「WOSH」をリリースした。
「これは水道がなくても使える手洗い器です。このなかに20リットルの水が入るようになっていて、使った後もきれいにして再利用することで、500回以上は再利用できます」
現在、世界中で約7億人が水不足の生活を送り、2050年には世界人口の約半数が水不足にさらされるといわれている。この状況について前田氏はこのように語る。
「地球は“水の惑星”といわれていますが、人間が使える地表の真水は全体の0.01%ともいわれています。じつはものすごく限られていて、実際に足りなくなっている場所もある。人がどんどん増えている東京でも、将来的には自然にある水だけではまかなえなくなるという話もあるくらいです。
世界の学校の半数にはそもそも手洗いがない。あるいは世界の病院の16%できちんとした手洗い設備がありません。手を洗わずに手術をすることが当たり前になっている場合もある。日本ではありえないことですよね。この水道がなくても水が使える循環システムは、世界中の人々にとって役に立つんじゃないかと思っています」
◆自然とのつながりのブラックボックス化を防ぐ
人間が生きるうえで不可欠な水。その利用方法でイノベーションをもたらす前田氏の原点は、彼の故郷にある。自身が育った土地で、時間の経過とともに変わるもの、変わらないものを見極める力を養っていたのだ。
「自分たちのおじいさん、そのまたおじいさんの世代が住む場所を決めて、水道をつくった。そのことに対しての責任や代償を、自分たちの世代が払うことを前提としたシステムはおかしいんじゃないかと思っていて。
本格的な水道システムができたのはローマ帝国時代。たかだか数千年前の話です。でも、当時と比べるといまの世界って大きく変わっていますよね。ただ、いろんな変化があるなかで、水がないと生きていけないのは変わらない。
私が生まれ育った徳島県の西部は、1000年以上前からあるんだろうと感じる岩がそのへんにゴロゴロあるんですよ。故郷には、昔からずっと変わらないものあったんです」
前田氏が生まれ育った徳島県美馬市は、徳島市から車を1時間運転し、さらに山道を1時間歩いた場所にある。そのわずか10人ほどの集落の中心に位置する水源地は、この地に住む人々の生活を支え続けてきた。
「ポンプを使って、飲用水も含めた水を黒いホースをつたって集落の家に送るかたちになっています」
この集落では、水源から各家庭に水を引いて処理もおこなう。水道がつながっていなくても完結するシステムが存在する。この地で育った前田氏は2011年、建築学を学ぶために東京大学へ進学。しかし、上京した翌日に大きな転機が訪れた。
「大学の合格発表で『やった、東京に来た!』と喜んでいた翌日、3.11の大地震が起こりました。東京全体に近い大規模な断水になって、水が使えない。そのときに周りがある種のパニック状態になっていたことがものすごく不思議でした。
僕は直感的に川を探せばいいと思ったのですが、神田川を見て、周りの人に飲める水なのかと聞いても、誰もわからない。洗濯くらいはできるのかと聞いても、みなさん『考えたこともなかった』というんです。自然とのつながりがブラックボックス化していて、心配じゃないのかと感じました。
水が1週間なければ、人って死んでしまいますよね。根本的に必要なものなのに、常に水道があって、その状況が未来永劫変わらないという感覚で生きている人が多いのではないかと思いました。蛇口をひねった水がどこから来ているのか。そのことに対して想像力がないんです」
そんな危機感から、既存のインフラに頼らない水循環システムを開発した前田氏。新しい水のインフラを提案する彼が見る未来とはーー。
「今までの常識の外に出て、水の制約をなくしたいと思っています。これがないと水が使えない、生活できないという状況を変えて、水が誰にとっても自由自在にコントロールできるようにしたい。水を使って自分たちの望む生活を実現しながら、それが持続可能である状態を実現したいです」
この目標を実現するべく、人々の意識を変えるためには、目の前で水の循環を行うことが必要だといいます。
「水の循環が当たり前になった状況を想定してみましょう。使った水が汚ければ汚いほど、それを処理するコストが自分に跳ね返ってくるとしたら、利害関係を考えて自然と『なるべく水をきれいに使おう』と考えると思うんです。その結果、自然に過剰な負荷をかけない状態を実現できる。
限られた資源を使って好きな暮らしを営む際に、自然に対する責任の取り方を全人類が意識することができれば、自然との繋がり方が変わる。それが究極的な目標だと思っています」
「水」に対する価値観を変えるべく奮闘する前田氏が、その先に見据えるさらなる目標とはなにか。
「地球の長い歴史からみれば一瞬かもしれないですが、ある程度安定した大気と、あまり強くない肉体が崩壊しない気候環境が存在していること自体、当たり前じゃない。そしていまの資源の扱い方を続けているとまずい状況になると思います。
この素晴らしい状況を、次の世紀も、その次の世紀も……と続けることを目指して考えていく。なるべくはやく水を自由にコントロールできる状態をつくれたら、その次は資源の再資源化と、どんどん新しい課題に取り組んでいきたいと考えています」
<構成:森ユースケ>
※番組情報:『未来をここからプロジェクト』