テレビ朝日が“withコロナ時代”に取り組む『未来をここからプロジェクト』。
『報道ステーション』では、多岐にわたる分野で時代の最先端を走る「人」を特集する新企画「未来を人から」を展開している。
第9回に登場したのは、医療ベンチャー企業・株式会社アルムの代表取締役、坂野哲平氏。
異業種から医療業界に参入してわずか6年。テクノロジーの力で医療を大きく前進させるサービスを次々と立ち上げ、Forbes JAPANの「日本の起業家ランキング2020」のトップ20にも選出された。
とくにコロナ禍においての活躍はめざましく、自治体のコロナウイルス対策にもアルムのサービスが導入され、プロ野球チームとタッグを組んで感染対策を徹底したイベント開催のかたちを模索している。
IT技術で革命を起こし続ける坂野氏が考える、日本の医療業界の未来とはーー。
◆ITの力で、疲弊したコロナ対策の最前線基地を救う
いまだ世界中がコロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の脅威にさらされるなか、坂野氏が向かったのは神奈川県庁の医療危機対策本部室。感染拡大と共に増えた自宅やホテルでの療養者の健康管理を行う場所だ。
病状が急変して重症化する患者もいるため、常に緊張を強いられる。そんなコロナ対策の最前線基地に、坂野氏が開発したシステムが導入されている。患者の情報を一元管理できるアプリ「Team」だ。
名前や住所はもちろん、既往歴やアレルギー疾患などの情報がひとつのアプリに集約される。自宅やホテルでの療養者たちが日々の体温や体調をスマホで入力、データを蓄積することで、AIで過去の症例と比較し、重症化リスクの高い療養者を自動で抽出することが可能となる。そこで抽出された療養者たちに対して県職員が電話をするなどして、ケアを行っているのだ。
そもそもTeamが開発されたのは、医師や看護師、リハビリや介護などの関係者と家族間で情報を共有するためだったが、コロナ対策で疲弊する自治体の現場に導入され、少しでも多くの命を救うために活用されている。
「まさに(昨年の)緊急事態宣言下に声をかけていただいて。我々としては、もともと感染対策のシステムを持ち合わせていたわけではないんですが、四苦八苦しながら最初の導入をさせていただきました」(坂野氏)
坂野氏は昨年4月にシステムをわずか2週間で導入し、その後もアップデートを続けている。
このアプリが導入される前は、FAXで送られてきた資料の情報を職員が手打ちで入力してきたのだが、その煩雑さゆえに全国の保健所がパンク状態に。自宅療養中に亡くなってしまうケースまで生まれてしまった。
Teamが導入されてからは、療養者の重症化リスクをいち早く検知して、効率的な対処が可能となった。
◆産業構造が大きく変わるタイミング「コロナが大きな一石を投じた」
政府や自治体の関係者たちは、このように語っている。
「やはり第1波、第2波、第3波とすごい数が増えていきました。今年1月の時点で、自宅療養者の数は去年11月の約15倍になったのですが、(Teamのおかげで)多くの業務が自動化されたことでなんとか乗り越えて今日に至りました」(厚生労働省健康局参与の畑中洋亮氏)
「(坂野氏は)使命感の強い方だと思っています。色々ご相談させていただいているんですけど、嫌な顔ひとつせずに、かなりのスピードで対応してくださっています」(神奈川県医療危機対策本部室の櫻井瞭氏)
神奈川県のケースでは実証実験を兼ねて無償での提供となっているが、坂野氏はこれが全国に広げるきっかけとなったという。
「いまもずっと続いていますが、まあそれはそれでいいかなと思っています。一緒につくってきたという認識で、これを他の都道府県にも提供していくにあたってもご協力いただいてるので、もう十分だと考えています」(坂野氏)
神奈川県からスタートした自治体へのシステム導入は、現在東京都や沖縄県など全国5箇所に広がっている。このケースは国会でも取り上げられ、菅義偉総理は自治体が導入する場合、国費で賄われると表明。医療のデジタル化けん引役として、政府からも大きな期待が寄せられている。
医療のデジタル化が遅々として進まない理由について、坂野氏はどのように考えているのか。
「現在の医療資源を最適化する前提で、新しい仕組みをどう入れるかという話になります。政治や経済のバランスのうえで成立させる必要がある。高度に複雑化する社会だからこそ、デジタルで進めましょうという話が進みづらい部分もありますが、今回の新型コロナウイルスをきっかけに、オンライン診療を加速できるはずだと思っています。
非常に言いづらいですが、それを阻む壁はひとことでいうと、既得権益者たち。ただ、コロナをきっかけに産業構造が大きく変わるタイミングが来ていますので、そのための大きな一石をコロナが投じた状態になっています」
2015年に坂野氏が立ち上げた株式会社アルムは、これまでにも高い技術力とスピード感で医療業界に風穴を開けてきた。その取り組みのひとつが「Join」というアプリだ。
登録された全国の医師がアプリで繋がり、MRI画像などの患者のデータをいつでもどこでも共有。仮に専門外の症状で患者が来たとしても、遠くにいる専門医に相談できるのだ。さらに手術のライブ映像を共有することで、遠隔からのアドバイスも可能になった。
「慈恵医科大学の脳外科の先生方と一緒に『こういうものがあったらいいよね』という話をしていました。夜中を含め1日中いろんな相談が来るのでしっかり眠れないうえに、酔っ払うこともできないという悩みからスタートしたんです(笑)。先生いわく『どこにいても相談には乗るが、常に病院にいるのは難しい』ということで、相談に乗るための情報連携を始めたのがきっかけです」
◆長男を亡くした経験から、情報格差を打破する医療サービス開発の道へ
2001年、早稲田大学理工学部卒業と同時に起業し、動画配信プラットフォーム事業を開始した坂野氏。最初の起業は医療とはまったく別の分野だった。
「映像コンテンツや圧縮、暗号化や配信技術に関する事業の会社だったのですが、あるときにその事業を売却して、これからは医療を攻めますと社内で説明したら『殿、ご乱心』と言われました。そう言う社員がいたほど、企業理念からなにから、すべてを変えて医療業界に入ってきたんです。
いまの日本の医療において、プライマリーバランスも含めて変わらなきゃいけないことが多いのは、誰もがわかっている。その点で、自分たちの事業が評価していただける仕組みになっていると感じていました」
「乱心」と言われるほどの大きなシフトチェンジで医療業界に飛び込んだ。その裏には、坂野氏のある体験があった。
「私の長男が亡くなった際に、医療情報の格差から残念な結果になったと感じていたんです。出産直前に病院で診断を受けたときには、『お腹の中で、助からない状態です』と言われた。非常に悲しい思いでしたが、念のために他の病院でも話を聞いてもらったら、助かる可能性があると説明されたんです。あれ、えらい話が違うなと。
ベストを尽くしていただいたが結局ダメだったので、結果は同じです。しかし、後で助かる可能性があったと知ったときを想像すると、家族側としては『より多くの情報のなかで自分たちが選んだ結果、こうなった』という結論に達したいという思いがありました」
治療の選択肢を増やしたいーー。この思いが、坂野氏を情報格差を打破するサービス開発へ向かわせた。
「日本ではセカンドオピニオンを得られるという社会制度になっていますが、それが全く通用しないのが救急医療。一分一秒の争いのなかで、『セカンドオピニオンのために次の病院に行きます』とは言えないし、そもそも本人の意識がない場合もある。その意味では、自分や家族の命を含め、ひとりの医療従事者の判断に依存するよりは、しっかり相談するべきだと。
目の前のドクターを含め医療従事者のみなさんが最善を尽くしてくれているとは思いますが、それが地域全体のなかで最善かという話もありますよね。ひとつのケースを地域全体で判断していただくための仕組みづくりが、我々の役割だと考えています」
そして坂野氏はいま、ウィズコロナ時代における新しい取り組みも行っている。彼が出資しているクリニックでは、PCR検査を受けてわずか4時間で結果が判明。このスピードにもアルムのICT技術が生かされているのだ。
患者が自身の医療や健康情報を管理するアプリ「MySOS」。PCR検査の予約から結果の通知を受けるまでスマートフォンで完結させられる。
さらに、このアプリではスマホのカメラ機能を使って、血中酸素飽和度や心拍数を計測できる。
「パルスオキシメーターの場合、機器で指をはさんでLEDの反射で動脈血の酸素飽和度を計測するのですが、これもほぼ同じ原理です。このアプリの場合は自然光で処理するかたちで技術開発を行いました。やはり手持ちのスマホで完結させるのが一番安価に実現できる仕組みだと思ったんです」
◆2020年は「医療業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)元年だった」
この仕組みを使った新たな挑戦は、すでに始まっている。某日、坂野氏は西武ホールディングス社長を交えて西武ライオンズ、プリンスホテルとの会談に臨んだ。
今年2月、プリンスホテルはブライダル事業にて、挙式当日から3日以内にPCR検査を出席者全員に実施。検査を受けた出席者と新郎新婦へ陰性証明を通知することで安心して結婚式を行えるプランを発表した。
坂野氏は、西武グループと共にこの施策をスポーツ観戦に応用することを模索している。チケット購入者全員に対してMySOSで10日間の健康管理を行い、データを分析した結果体調に問題がある場合は試合当日にPCR検査を実施。万が一感染者が出た場合にも、チケットと座席情報から濃厚接触者を洗い出し、フォローできる仕組みをつくろうとしているのだ。
「ファンの方に、いかに安心感を持っていただくか。メットライフドームは安全なんだという姿勢を、昨年よりもう一段階上げて、安心して来ていただくのが一番の課題だと思います」(株式会社西武ライオンズ 経営企画部部長・光岡宏明氏)
「PCR検査を受けたことがない人にとって(この施策は)ハードルが高いと思います。このハードルをどう下げていくのか、坂野さんと我々が一体となって考えていく必要があります」(株式会社西武ホールディングス 代表取締役社長・後藤高志氏)
「みんなプロ野球を見ているので、ここでピリッとした結果を出すことで、オリンピックなどの大型興行に向けて、世の興行界に資する研究につなげていきたいと思っています。
結局のところ100点満点の感染対策は存在しないと思っておりまして、対策をすればするほど社会活動が萎縮してしまいます。社会全体としてどこまでやるのが適正なのか、バランスをとっていかないといけません。
データを集め、私たちの研究成果として、適正なイベント開催のかたちなどを出していくのが私たちの仕事になると思います」(坂野氏)
PCR検査から陽性患者の情報管理まで、コロナ対策の川上から川下まで関わる坂野氏。医者や患者、行政から経済までをITの技術で橋渡しをするなかで、アフターコロナの未来をどのように見ているのか。
「この新型コロナの影響があと数カ月でなくなるとは思っておりません。この感染症と人類との戦いのなかで、日本が世界に貢献できる技術開発をして、海外に対してビジネスにできる仕組みをつくる。
たとえば医療機器でいうと、日本はいま1兆円の輸入超過なんですね。薬も1.6兆円の輸入超過の状態で、日本は頑張っているように見えますが輸入産業であると。そのなかで医療のITの仕組みーーオンライン診療や遠隔診療などーーは今後大きな市場になります。
そこで日本の医療資源を使って、海外の医療資源が足りないところをサポート(日本の医師が海外の患者をオンライン診療するなど)していくことが、今後ニーズがものすごく上がると思います。日本としては医療を輸出産業にしていく意味でも非常に重要です」
2020年が“医療業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)元年”だったという坂野氏。日本が世界で戦うための勝ち筋をこのように語る。
「昨年が日本の医療業界のDX元年だと考えております。急激にDXの波が来た状態ですが、日本は優秀な技術者がいて、医療の知識も十分あります。ここで徒党を組んで外に打ち出していけば、必ず勝てると考えています。
今回の新型コロナ対策をきっかけに、AIを含めた技術開発に相当力を入れています。Joinはすでに22カ国で展開していますがTeam、MySOSを含めた3製品をグローバルに展開できる状態――世界中の人々がこれらのアプリを使っている世界――を早く実現したいと思っています」
<構成:森ユースケ>
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