五輪でメダル10個獲得。髙木美帆はなぜ強かった?「ヘロヘロぐらいがちょうど良い」規格外のセオリー
テレビ朝日のスポーツ番組『GET SPORTS』では、スピードスケートの髙木美帆を特集。
日本女子最多となる通算10個の五輪メダルを獲得し、今年4月に26年間の競技人生に幕を下ろした彼女が、長野五輪金メダリスト・清水宏保との特別対談に臨んだ。
新たなチームの結成から、最後の五輪へ向けて試行錯誤を重ねてきた4年間――。中学時代からその姿を見届けてきた清水が、結果だけでは語れない髙木美帆の唯一無二の思考に迫った。
◆15歳で世界の舞台へ飛び出した天才少女
清水:「現役を退いて、今のお気持ちはどうですか?」
髙木:「少しずつ実感は湧いてきているような感じはしますね。次に進むことを考えられてるのかな。どっちかなというのを、今なんとなく考えてる最中です」
清水:「僕たち、何歳の時に出会ったとか覚えています?」
髙木:「私が鮮明に覚えているのは、中学3年生の時に清水さんのスケート教室に行ったことです。『質問ある人』って言われて、誰も手を挙げないから私が挙手して質問した記憶はありますね」
清水:「…それ、今言われてなんとなく思い出しました(笑)」
髙木:「足の裏の体重移動を教わった記憶があります」
清水:「言ってましたね!とんでもないですね」
髙木:「いえいえ。学びばかりでしたよ」
2人が出会ったのは2009年。日本スピードスケート界に初の五輪金メダルをもたらした清水宏保による特別レッスンに、当時中学3年生の髙木が参加。髙木は目を輝かせながら、憧れのレジェンドへ熱心に質問をぶつけた。
すると翌年のバンクーバー五輪に、史上最年少で初出場。瞬く間に日本をけん引する存在となり、2022年の北京五輪では個人種目で初の金メダルを獲得する。
30代で迎えたラストシーズンでは、レース終盤の失速などを不安視する声もあったが、夏季・冬季通じて日本女子選手最多となる通算10個の五輪メダルを獲得。数々の輝かしい功績を残し、今年4月、26年間の競技人生に幕を閉じた。
◆自腹を切り、自ら道を切り拓いたチーム運営
清水:「ミラノ五輪からもう2カ月ぐらい経つけど、今どんな心境ですか?」
髙木:「今回の五輪は今までと違って、振り返る必要のない五輪。スケートを続けるのであれば、反省点を出したり、嫌でも結果と向き合わなきゃいけないけど、ここでやめるという決断をしたので、反省点を出したりすると心がしんどくなってしまうかと思っていたんですよね。なので、自分を責めないように、振り返らないようにしていたら、2カ月が経っていました。清水さんの時はどうだったんですか?」
清水:「僕の場合はトリノ五輪に出て、バンクーバーで選ばれなくて現役を退きました。少しずつ成績が下がって停滞というか」
髙木:「その時はどう感じられていたんですか?」
清水:「自分はもう実力的に及ばないなって。(代表に)選ばれるか選ばれないか、瀬戸際のところでやっていました。僕も美帆さんと一緒で、自分で(環境を)作っていくスタイルだったから、美帆さんが『team GOLD』を立ち上げたのは、すごいプロ意識を持って、周りの状況や環境に流されることなく、自分のスタイルを築き上げているなと見ていたんですよね。『team GOLD』の結成には、どういう思いがあったんですか?」
髙木:「ソチ五輪が終わった後にナショナルチームが始まって、北京まで約8年間続いたんですけど、ちょうど世代交代というか、北京五輪で引退される先輩方が多かったんです。その中で自分がどういう環境でスケートをやりたいのか問い続けた結果、最初に出たのは、やっぱりヨハンと一緒にスケートをやりたいっていう(気持ちでした)」
2022年、髙木を金メダルへと導いたヨハン・デビッド氏が、ナショナルチームのコーチを退任。信頼を置くコーチとこれまで以上の強化をはかるため、髙木自らが立ち上げたのが「team GOLD」だ。国籍や所属の垣根を越えた少数精鋭で、ミラノでの金メダルに特化した練習環境を構築した。
髙木:「どうすれば自分の求める環境が作れるのか、少しずつ模索して広げていきました。その頃に私は『五輪の1500mで金メダルを獲りたい』という気持ちも芽生え始めていたので、本気で速くなりたいんだったら、一人でやるより仲間を集めたほうがいいという判断になったんですよね」
清水:「最初からチームを作ろうというわけではなくて、自分が速くなるための環境を作るために、一つずつピースを埋めていったみたいな?」
髙木:「最初は『チームを作ろう』という思いもあったんですよ。でも現実はそんなに甘くなくて…予算組みの問題とかで、企業側も新しい事業を始める余裕がないところがほとんどでした。結局、企業チームを作ることはできなくて、その次の道を進んでいった感じだったんです」
清水:「そこから、スポンサーを集めていく活動をしていったんですね」
髙木:「ちょっとずつですね。メダルを獲った時の報奨金もあったので、『それで1年はどうにかなるかな』という感じで飛び出していったところはあります」
清水:「持ち出し(自腹)も結構あったってこと?」
髙木:「ありましたね。万が一チームのスポンサーが見つからなくても、自分に入ってくるお金でどうにかカバーできるという担保を作ってから始めました。『貯金が尽きたとしても、マイナスにはならないからきっと大丈夫!』くらいの覚悟でしたね。結果的にはそこまで自分のお財布からバンバンお金が出ていく事態にはならずに済んだんですけど」
清水:「お金以外で苦労した部分はありましたか?」
髙木:「たくさんありましたね。例えばトレーナーの問題。私は連盟の強化スタッフであるトレーナーさんに8年間ケアをお願いしていたんですけど、(独立して)私一人なので、強化スタッフを派遣する(人数的な)余力が連盟に残ってなかったんです。なので、連盟の強化スタッフに入ってないトレーナーの方にコンタクトを取って、最終的にその方が所属している企業や病院からサポートを受けられるようになりました」
清水:「そういう意味では、普通に競技をやるよりも『team GOLD』を作ったことで、選手としてものすごく成長できたんじゃないですか。よくミラノでちゃんと結果も出してやり遂げましたよね」
髙木:「私は『1500mを五輪金メダル』と公言してチームを始めて3年間やってきましたけど、結果を残せなかったという評価のほうがやや強い。メダルは獲れたけど銅メダルだったので。でも清水さんだけは『よくあそこまで落ちた状態から、ここまで持ってこれたよね』と言ってくださって。ありがとうございます」
◆なぜ種目を一本に絞らなかったのか?
これまで五輪でスピード、持久力、チームワークと、求められる能力が異なる複数の種目に出場している髙木美帆。過去3大会、本命である1500mに加え、連日レースに挑むという過密スケジュ―ルをこなしてきた。
そんな髙木のスタイルに、清水はかねてある疑問を抱いてきた。
清水:「競技人生を振り返って、『一本に絞る』というのはなぜしなかったんですか? していたらどうなっていたんだろうと思って」
髙木:「私はたぶん、絞っても速くなっていないと思うんですよね。高校生ぐらいの時に、『もっと500mをやったら、500mがもっと速くなるんじゃないか』と言われていたんですけど、実際はその逆で、500mをやればやるほど遅くなっていくような感覚が自分の中にあったんです。何か一本に絞ってその種目のトレーニング量を増やしたからといって、私は速くなるわけではないんだなと、その頃からなんとなく感じてはいました。
それでもヨハン(コーチ)には最初、『質を高めるためにも、レース種目は絞ったほうがいい』と言われて、私も『500 mから3000 mまで全部出たい』と主張して、ちょっと衝突したんです。でも私が“言うからには結果を出す”という感じで結果を出していったら、ヨハンもレースをしたほうが私の調子は上がっていくと理解してくれました。私の中で1000m、1500 mだけに絞ってやるとか、500mメインにやるというのは、選択肢の中に出てきたこともないですね」
清水:「やっぱりあれだけたくさんの種目に出ていなかったら、過去最多のメダルは獲得できていないですよね。だけど、もし北京五輪で一種目に絞っていたらどうだったんだろうとも思うんです。どう見ても過密スケジュールで、肉体的に回復しないなか(レースに)出場していたじゃないですか」
髙木:「私のタイプ的に、3日間ワールドカップが開催されるなら、だいたい3日目がいちばん良いんですよね。北京五輪でも最後の1000mがいちばんスケーティング良かったし、シーズンも前半より後半のほうが仕上がってくるようなところがあるので、私の場合ヘロヘロぐらいがちょうど良いみたいなところがある。そこはちょっと人と違うかもしれません。
それに、レースで自分の感覚を取り戻したり、センサーを磨いてきた部分があるので、一本に絞ったら逆に不安になってしまう。調子が悪くなった時、良くなるきっかけはいつもレースだったので、本命種目の前に何もレースがないより、疲れてるほうがいいみたいなところはちょっとあります」
清水:「やっぱり普通じゃないですね(笑)。スケーターの感覚から見ても規格外なんですよ。種目数、記録もスケーティングも含めて」
髙木:「いや、そこは訂正したいんですけど、規格外の体力があったわけではなくて、(過密な)スケジュールをこなすために『どういうスケーティングをしたらいいか』を突き詰めた結果なんです。速く滑るためにはパワーフル全開でいくか、効率の良さでいくかという分かれ道があると思うんですけど、私は効率のほうに振り切ってずっとやってきた。だからこそ、3日間で5本滑ったり、五輪に多種目出続けることもできるようになったんだと思います」
◆「最後まで世界に挑みにいったまま終われた」
清水:「いやでも、現役の最後五輪に出て、しかもメダルを獲って引退ってやっぱり羨ましい。それこそ(自分は)最後の五輪は出ていないから。でも、ボロボロになってやりきったなっていう気持ちはあったんですよね。もうやりきった感はありますか?」
髙木:「そうですね。本当に幸せだなと思うのは、最後まで世界に挑みにいったまま終われたこと。すごく嬉しいな、幸せだなって感じています。スケートをやりたくないって思うことはなかったですし、トレーニングでつらい、しんどいことはたくさんあっても、メンタルを壊すような状況になることもなくて、とても健やかにスケートにだけ向き合ってこれたと思うので」
清水:「なんだか表情が戻りましたよね。正直、『team GOLD』を作った頃は話しかけにくくて…」
髙木:「本当ですか?」
清水:「スタッフさんから『清水さんだったらいけますよ』って言われても、『いやムリムリムリ。怖い怖い』と思ってましたもん。『そんな集中してるところに行けないですよ』って」
髙木:「でも(引退して)顔つきが変わったって言われます」
清水:「絶対変わった。表情も柔らかくなりましたよ」
髙木:「これまで自分から背負おうと思って背負ってきたから、背負わされたとかプレッシャーが大変だって思ったことはないんですけど、『もう下ろしていいんだな』と感じた瞬間は、確かに引退してからありました。もう過去の自分をフィードバックして、比較検証しなくていいんだなと思ったら、確かにちょっと軽くなった部分はあるかもしれない」
清水:「それをぜひ次の活動につなげてもらいたいです。指導も含めて」
髙木:「そもそも指導向いてないと思うんだよな(笑)」
清水:「いやいや、本当に次が楽しみです」
※番組情報:『GET SPORTS』
毎週日曜 深夜1:55より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)








