10月15日(日)、午後4時。渋谷の高層ビルで新しい時代の到来を予感する“あるイベント”が開催された。
豪快なエンジン音が迫ってくると同時に、街にそびえるビルの間から突如現れた小型航空機。幻想的な雲をバックに、小さな機体がパイロン(障害物)の間を鮮やかに走り抜けていく。
息をつく暇もないほどあっという間に1レースが終わり、ふと我に返ってXRゴーグルを外すと、空を見上げてもそこにパイロンは無く、航空機は飛んでいない…。
このイベントの名前は「AIR RACE X(エアレースエックス)」。AR(拡張現実)テクノロジーによって実現した、全く新しいレースだ。
あまりに“リアル”で、何がバーチャルなのか一瞬混乱するほどの没入感と臨場感を味わえる、いわば「ミライの飛行機レース」である。
2003年から2019年まで開催されていた空のモータースポーツ「Red Bull Air Race World Championship」は、小型航空機が高さ25mの空気で膨らんだパイロン(障害物)を規定の順序と方法で通過し、ゴールまでのタイムを競うタイムトライアルレース。
最高速度370 km/h、最大負荷10Gにおよぶことから、選手には高い技術と体力、そして飛行センスが必要とされ、そのスピードやアクロバティックな飛行スタイルなどから「空のF1」と称され多くのファンをもつ。
新型コロナウィルスの影響などから、およそ4年にわたり開催されることのなかったこのレース。エアレースパイロット・室屋義秀選手自らが発起人となり、新しい形で復活させたのが「AIR RACE X」だ。
今回初開催となった「AIR RACE X」には、世界7カ国から8名のパイロットが参戦。各選手が世界各地で「予選」として飛んだタイムトライアルデータを収集し、上位4名が渋谷で行われる決勝大会「AIR RACE X- SHIBUYA DIGITAL ROUND」へと進んだ。
決勝大会では、各パイロットの飛行データをもとにAR技術を駆使して再現データを生成。渋谷の上空に作り上げたバーチャルレース場に各選手のフライトデータをイメージとして重ね合わせ、まるで渋谷の街の上空でし烈なレースが繰り広げられているかのような光景が実現した。
「AIRRACE X」を観戦する方法は簡単だ。リアルメタバースプラットフォーム「STYLY(スタイリー)」のアプリを立ち上げて専用のQRコードを読み込むと、スマートフォンやタブレット、XRグラスを通して、街のいたるところで、そして同タイミングで同じ“AR”レースを別のアングルから楽しむことができる。
10月15日(日)の決勝大会では、パブリックビューイングの会場となった渋谷PARCOの屋上やSHIBUYA CAST.ガーデンに、スマートフォンを片手に上空を見上げる観客が大勢集まった。
また、有料観戦会場となったSHIBUYA QWSでは、観客はXRグラスを装着し立体音響とともに観戦。本来空を飛んでいるはずの室屋選手も観客と一緒になってレースの行く末を見届けるという、全く新しい鑑賞体験が実現した。
接戦の末、初代チャンピオンに輝いた室屋選手はこう語る。
「コロナの影響もあり、ひとつの場所に集まって大きな大会を開催することが難しいなか、エアレースの構想からトレーニング、機体の環境などいろんなことを積み重ねてきました。セミファイナルでは10分の1秒、100分の1秒差という接戦になったので、勝ててとてもうれしいです。歴史的瞬間に立ち会えた、そして成し遂げられたと感じています。
スマートフォンやXRグラスでレースを楽しむというのは、新しいスポーツ観戦の仕方だなと思いました。今後渋谷をはじめ、世界中の都市で実施していきたいです。そしてAIR RACE Xを盛り上げることで、再び何万人もの観客の前でリアルなエアレースも開催できたらと思います」
ホストシティを務めた渋谷区の長谷部健区長は、「観ていて没入してしまって、宮下公園の上やスクランブル交差点の上といった場所を飛ぶので、リアルだったら大変だなという心配をしてしまいました。新しいスポーツの楽しみ方を知ることができて僕自身にとってよい経験でしたし、多くの渋谷の子どもたちにもこのレースを知ってもらえたら面白いのではないかと思いました」とコメントした。
主催者によると、来年度以降、パイロットが操縦する「リアルパイロットカテゴリ」に加え、PCと専用ソフトがあれば誰でも操縦できる「VRパイロットカテゴリ」を追加し、より多層的に「AIR RACE X」を展開していく構想があるという。
そこには、ゲームとしてではなく競技としてリアルなパイロットと競い合うことで、次世代のパイロットの発掘・育成につながれば、という期待がある。
都市を、XR(AR=拡張現実、MR=複合現実、VR=仮想現実の総称)を用いてレース場に変えてしまう「都市型XRスポーツ」は、スポーツと人との関わり方、そして都市活用の可能性を拡張するきっかけになるかもしれない。