直接見たことがない自分の後ろ姿を見る アーティスト・津田道子が鑑賞者にもたらす混乱と発見

新感覚アート番組アルスくんとテクネちゃん』。第21回の放送に登場したのは、スクリーンやフレームが並べられた展示空間に鑑賞者をいざない、観る人の存在そのものについて問いを投げかけるアーティスト、津田道子さん。スクリーンに投影されるのは、鑑賞者が普段見ることのない自身の後ろ姿や、24時間前に同じ場所を訪れた別の誰かの姿。自分は鑑賞者なのか? 出演者なのか? 知覚を混乱させるような作品を通じて見えてくる津田さんの眼差しを追う。

 ◆自分の横顔を眺める違和感

―津田さんの『あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。』という作品は、鑑賞していると、ものすごく不思議な感覚に陥りました。

『あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。』
「オープン・スペース 2016 メディア・コンシャス」展 展示風景(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、東京、2016)撮影:山本糾

インスタレーション作品で、会場に昔のテレビの4:3の比率で作った枠を吊るしています。

空の枠、鏡が入っている枠、スクリーンが入っている枠の3種類の枠をあるルールで配置していて、会場の形によって数を変えていて。8個だったり12個だったりしますが、すべて同じ大きさで同じ高さに吊ってます。

―16:9じゃないんですね。

16:9の比率も試したことはありますが、4:3のほうが「観るべきものだ」と感じられる気がしたんです。「これが映像だ!」という、観たくなる比率というか……。正方形もやってみたんですけど、それはデザイン的になり映像という感じがしなくて。あくまで感覚的なところなんですけれど、横長は風景のような感じがしますね。

―スクリーンに自分が映る、その仕掛けがおもしろかったです。

『あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。』
「オープン・スペース 2016 メディア・コンシャス」展 展示風景(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、東京、2016)撮影:山本糾

会場内の他のカメラで撮影した、リアルタイムの映像や、24時間前の映像を、プロジェクターを使ってスクリーンに投影しています。

会場を歩いていると、スクリーンに自分の後ろ姿や横顔が映っている。しかもその後ろ姿は自分のものなのに、違和感がある。後ろ姿って自分の目では見たことがないじゃないですか。いちばん近くにあるのに、自分の目で見たことがない。そういうことを、作品を観ながら見つけていくようになっています。

―それを会場を自由に歩きながら体験できると。

そうですね、会場ごとに、人の目線がどこからはじまるかを考えながら枠を配置していて。たくさんの枠のなかに自分の姿を見つけて、なんだろうと思って近づくと、そこには見えなくなって、また別の場所に映るのを見つける。どこにいったんだろうと探るうちに、観られる存在にもなっていて、知らないうちに出演してしまう。探すことから鑑賞がはじまる感じです。

―出演?

枠のなかに、自分が登場するわけですよね。予期せぬうちに映像のなかに取り込まれているというか。会場には人に当たるように照明を向けているので、知らない間に舞台に上がったような状況になるんですね。観ているんだけど、観られている、というような構造ができあがって。

―なかなかない体験ですよね。

吊ってある枠は、近づくまで空なのか鏡なのかわからないことがあります。空だと思って覗き込んで、自分が映るとびっくりする。配置も等距離だったり、並行だったり、それぞれが映り込んでどっちがどっちかわからなくなったり、向こうの枠に自分が映り込んでいるなと思っていたら、視点を変えると反対側にある枠に映っているものだとわかったり。混乱すると思いますね。

◆画面の外側に連れ出したい

―なぜそういった作品を作ろうと思われたんでしょう。

たとえばスタジオでセットを組んで撮影する映像作品も、その外側には監督がいて、カメラマンがいて、照明を当てている人がいる。でも私たちは、カメラのフレームに映っているものだけを見ていますよね。

今もこうして取材を受けて話していますけど、この状況ってすごくおもしろいなって思うんですよ。実はカメラがあって、インタビュアーの方がいてっていう。そういう、画面の外側に、鑑賞する人たちを連れていきたいと思ったんです。

―なるほど。

映像のなかにあるものも外に出したかった。でも画面から貞子が出てくるような演出は違うし、ARも何か違う。もっと体験的に引っ張り出せないかと思って、それでインスタレーションにしたんです。切り取られた映像のなかの、それ以外の部分に、観る人を連れていきたいと。

―それが津田さんにとってのリアルということなんでしょうか。

リアルなのかな。それもひとつの現実というか。観ているものは誰かが意図したもので、作品には作家の意図があると思うんですけど、作家の視点側に立ってもらうっていうことがやりたくて。「これを見てください」じゃなくて「ここに来てください」っていう。

―映像作品であれば、監督の位置に来てほしいというわけですね。

作品にはいろんな視点があるけど、それを制作した人がいるわけですよね。その人は何を考えたんだろうっていうところに興味があります。

―おもしろいですね。錯覚を呼び起こすことで、違う視点を感じるわけですね。

思わぬところに自分の姿を見つけることで、私はそこに見えるけど、そこってどこだろう。そして、自分がいるここってどこだろう。そうやって自分の位置を振り返ったり、考え直したりするきっかけになればと。

それに、どういう角度で何を見られているか自分ではよくわからないし、観る人がコントロールできない作品なんですけど、それってすごく現代を象徴しているなと思うんです。誰が何をどういう角度で切り取るか、わからない時代じゃないですか。

「インター+プレイ」展第1期展示風景(十和田市現代美術館、青森、2020)

―インターネット上のコミュニーケーションはまさにそうですね。

映像とか写真だけじゃなくて、言葉も一部だけ切り取られてしまうことがある。それから生まれる誤解みたいなものってすごくたくさんあって。

私の展示は、枠の外側、いわば映像の画角の外側がすべて見えてしまっている状態なので、画面の外という世界があるんだな、ということに気づくきっかけになると思うんです。一歩引いて見ると外側もあるよ、ということを示したい。それは生きるうえで、すごく大事なことだと思っています。

―津田さんはいつから映像を?

すごく古い思い出だと、8歳のときに家にビデオカメラが来たんですね。VHS-Cっていうすごく大きいやつ。一人っ子で転校ばっかりだったので、カメラが来たときは「兄弟ができた!」みたいな感じでうれしくて、「カメラさんこんにちは」って言ってる映像が残っています。しばらくそれで遊んでました。今ももってます。

―カメラに話しかける8歳の津田さん、かわいいです!

それと今の映像制作が繋がっているかどうかはわからないですけどね。

物心ついて、美大に入りたかったんですけど、入学の仕方を知らなくて。それでひとまず大学に入ってから考えようと思って、筑波大学の工学系の学部に入ったんです。

筑波は、同じキャンパス内に芸術を専門とする学部があるんですよ。しかも分野間の垣根が低くて、芸術系の授業も履修できる。工学系の勉強をしながら芸術系の授業をとって、友人になった人とか先生から展覧会情報とかも教えてもらったりして。

―どの段階でアーティストになろうと思われたんですか?

学部のときの論文が、「核融合炉真空容器の疲労寿命評価」っていう内容だったんです。核融合炉の一部の設計のシミュレーションをしてたんですけど……。

そのときに、もしかしてこのまま就職してエンジニアになったら、案件によっては「原発造ってください」「はい」って言われたものを作る立場になりかねない。もちろんそういったエンジニアの必要性もわかりつつ、自分は社会の要求を受けるんじゃなくて、社会に疑問を投げかけるようなことがしたい。それってどんな職業だろう、と思ったら芸術家だったんです。

―それで芸術家の道に向かったと。

ちょうど現代美術の展覧会が身近になってきたような時期でもあったんですよね。横浜トリエンナーレの第1回も観に行ったし、村上隆さんや奈良美智さんの大きい個展もあったり。そのあとアメリカ同時多発テロ事件が発生して。全部大学4年のときにダダダッと起こって、このまま就職じゃないなあと。

それで、東京藝術大学に入り直したんです。ダメかもしれないけど入ってみようと思ったら、結局ずっとこの業界にとどまっていますね。ちょうど工学と美術の間みたいな感じで映像を扱っています。

―これから先はどんな作品を作りたいと思ってらっしゃいますか?

作品は建築や空間に添わせたほうが生きてくると思っているんです。たとえば日本家屋みたいに、時間の蓄積がある、歴史のある建物で、その場所に流れてきた時間を扱う作品を作りたい。

私は各地を転々と引っ越してきたし、ニュータウンが多くて、あまり特定の場所に根を下ろしたことがないんですけど、自分の育ちにはなかった「時間の蓄積」をもっている場所で、その場所でしか見ることができない作品をもっと作っていきたいと思っています。

―すごく楽しみです。

80代くらいまでバリバリ元気だとしても、あと40年くらいしか作品が作れないなと思うと、まだ何もしてないのに……って思うんです。体調を整えていこうって思います。もっともっと、長く作るためにも。

<文:飯田ネオ 撮影:You Ishii>

津田道子
アーティスト

つだ・みちこ|神奈川生まれ。インスタレーション、映像、パフォーマンスなど多様な形態で、鑑賞者の視線と動作によって不可視の存在を示唆する作品を制作。2016年より神村恵とのユニット「乳歯」としてパフォーマンスを行う。主な展覧会に、2020年「Arts Towada十周年記念 インター+プレイ展 第1期」(十和田市現代美術)、2019年「あいちトリエンナーレ2019: 情の時代(Taming Y/Our Passion)」(四間道会場 伊藤家住宅)、「六本木クロッシング2019展:つないでみる」(森美術館)など。主な個展に、2020年「Trilogue」(TARO NASU)、2017年「Observing Forest」(Zarya現代美術センター、ウラジオストク)などがある。2013年東京芸術大学大学院映像研究科で博士号を取得。2019年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のグランティとしてニューヨークに滞在。

※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)

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