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間寛平、1億円借金で再起を図ろうと…法廷が爆笑に包まれた「アメマ裁判」語る

いま一番聞きたいあの人の言葉を心の奥底から引き出すインタビュー番組『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~』(BS朝日)。

11月3日(土)に放送される同番組には、間寛平が登場する。

©BS朝日

1949年7月20日、高知県宿毛市で生まれた寛平。生まれる前に父を病気で亡くし、母・みね子さんに女手ひとつで育てられた。

大阪で暮らしはじめたのは小学6年のとき。そして世の中が歌謡曲ブームだった1960年代後半、高校を卒業した寛平は「歌手になる!」とあてもないまま上京。そこからどのようにしてお笑い芸人になったのか?

大阪・西成。通天閣にほど近いジャンジャン通りのストリップ劇場で芸人デビューしたとき、寛平は19歳だった。

わずか数カ月で「若」と呼ばれるほど絶大な人気を得た寛平は、翌年「吉本興業」に入社し、新喜劇で活躍していた花紀京の付き人になる。しかし、寛平の破天荒ぶりが災いし、突然クビの宣告を受けてしまう

人気絶頂のなか、寛平は28歳で結婚。その直後、思いもよらぬ出来事で1億円もの借金を背負ってしまう。しかし、どこまでも前向きな寛平は、自らのキャラクター「アメママン」で再起を図ろうと試みるが…。法廷が爆笑に包まれたという「アメマ裁判」の舞台裏が語られる。

そして2008年、還暦を目前にした寛平は、走りとヨットで地球一周する「アースマラソン」に人生をかけて挑む。それまで誰もやったことのない挑戦だった。

日本を旅立ち1年が過ぎた頃、前立腺がんが発覚。それでもリタイアせずに走り続けた理由とは? さらに、2年以上に及んだ地球一周の旅の中で、唯一、死を覚悟した場所があったという。その場所とは…。

※番組情報:『ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~
2018年11月3日(土)午後6:00~午後6:55、BS朝日

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