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カーリングLS北見、世界を魅了した笑顔とその裏の涙。「そだねー」の背景にあったもの

3月11(日)に放送されたテレビ朝日のスポーツ情報番組『Get Sports』では、平昌五輪で銅メダルを獲得した女子カーリングチーム「ロコ・ソラーレ(LS北見)」について特集した。

「もし“笑顔”という競技がオリンピックにあったなら、彼女たちは金メダルを獲るだろう」――2月24日、イギリスのガーディアン紙はWeb上でこんな記事を掲載した。

女子カーリング代表として平昌五輪に出場したロコ・ソラーレ(LS北見)。

他チームが厳しい表情を崩さず取り組むなかで、ロコ・ソラーレのメンバーたちは時に明るい笑顔をのぞかせ、「そだねー」に代表される方言交じりの愛らしいやり取りを交わし、休憩時間には“もぐもぐタイム”と呼ばれた栄養補給……それら全てが、日本国民のみならず世界の人々に大きな印象を残した。

まさに、平昌五輪の“顔”だったと言っても過言ではない。

©Get Sports

そうした話題性だけでなく、世界の強豪相手に互角以上の渡り合いを見せ、日本カーリング史上初となる五輪の表彰台に立ってみせた。

『Get Sports』は、チーム結成からのおよそ8年間、ロコ・ソラーレの取材を続けてきた。

その間には、スポンサーがつかず成績も伸び悩み、メンバーが離脱したこともあった。彼女たちがあの笑顔の裏で流してきた、数多くの涙。ロコ・ソラーレが遂げたメダル獲得までの成長の軌跡を追った。

 

◆「そだねー」の背景にあるもの

ロコ・ソラーレのメンバーは、かつて中部電力を率いて日本選手権4連覇を果たしたスキップ(司令塔)の藤澤五月、4年前に北海道銀行のメンバーとしてソチ五輪に出場した吉田知那美、その妹で創設メンバーの吉田夕梨花鈴木夕湖(ゆうみ)、そして、チーム青森のメンバーとしてトリノ・バンクーバー両五輪に出場経験のあるチームの創設者・本橋麻里の5人。メンバー全員が北海道北見市出身だ。

平昌五輪でのロコ・ソラーレは、開幕から次々と強豪を撃破。一時は首位にも立った。この快進撃の理由のひとつ。それは、話題となったあの「そだねー」にある

©Get Sports

彼女たちが北海道で行っている普段の練習にカメラを向けてみると、そこにあの笑顔はない。行われているのは徹底した話し合いだ。年齢やポジションなどに関係なく、5人が5人、それぞれが思ったことを忌憚なくぶつけ合う。

氷上で10分話し合うことはザラ、練習後には2時間ミーティングすることも少なくない。そこであの「そだねー」という肯定の言葉が発せられることは、ほとんどない。

一方で、試合に臨む際には大事な掟が存在する。それについて、本橋麻里はこう語っている。

「試合中は、マイナス、ネガティブなワードは出さないようにしています。コーチからも常に“ステイ・ポジティブ”と言われていますので」

試合中、どんなに難しい局面が訪れても、常に彼女たちは「そだねー」に代表される肯定の言葉を心掛けている。数多く議論してきたからこそ戦術の引き出しが生まれ、テンポのよい意思統一に繋がる。話題の「そだねー」の向こう側にこそ、あのチームワークの証があったのだ。

そんな素晴らしいチームを築き上げてきた軌跡には、創設者・本橋麻里の想いが滲む。

 

◆「北見から、世界へ」

本橋の故郷・北海道北見市常呂町は、“カーリングの聖地”と呼ばれている。

常呂町は、道東部に位置する町。北にはオホーツク海を望み、西は道内最大のサロマ湖に隣接している。かつては常呂郡に属していたが、2006年に北見市と合併した。

1980年代初頭、この常呂町在住の小栗祐治(おぐり・ゆうじ)さんという方が、カナダ人のコーチからカーリングを学んだ。それを「農業や漁業が忙しくない時期のレジャーになれば」という思いで地元に紹介したのが、同町に広まっていったキッカケだ。町民たちにはたちまち浸透、国内初の専用リンクも建設されるなど、地域限定的に進化・発展を遂げてきた。

その中から多くの選手や指導者が生まれ、1998年の長野五輪以降は全てのオリンピック代表に常呂町出身の選手を送り出している。本橋麻里も、そのひとりだ。

彼女は、小笠原歩・船山弓枝らも在籍していたチーム青森の一員として2006年のトリノ五輪に出場。小笠原・船山がチームを抜けた後は、中心メンバーとして2010年バンクーバー五輪にも出場を果たしている。

しかし、バンクーバー五輪を終えた後、本橋の胸にひとつの想いが去来する――「どうして常呂町から直接、世界へと羽ばたけないのか?」

“カーリングの聖地”とまで称される常呂町だが、地元にはトップ選手を支援するスポンサー企業はほとんどなかった。そのため、自らが所属していたチーム青森をはじめ、札幌が拠点の北海道銀行などに常呂町出身の有力選手たちが分散していたのだ。

©Get Sports

そこで、「常呂町から世界へ」という想いを胸に、本橋は決断を下す。

常呂町に拠点を置くクラブチーム「ロコ・ソラーレ」の結成である。チーム名は、“常呂の子”を意味する「ロコ」と、イタリア語で“太陽”を意味する「ソラーレ」を組み合わせた。「常呂から太陽のような輝きを持ったチームを」という願いが込められている。

本橋は早速メンバー集めに着手。

地元出身でカーリング経験のある学生や社会人に声をかけてまわる。その中に、現在のメンバーである吉田夕梨花や鈴木夕湖らがいた。吉田は当時はまだ高校生、鈴木は145cmという小柄な体格のためカーリングを続けるかどうか迷っていたという。本橋は、そんな彼女たちの個性を尊重、そのポテンシャルを信じた。

一方で、本橋はスポンサー探しにも奔走。その中である企業から、「4年という短いスパンではなく、長く継続するチームでなければ、スポンサードするに値しない」との言葉をもらう。

4年というオリンピックのサイクルに沿って選手の引退や休養などが繰り返されてきた女子カーリング。それを打ち破り、直近のオリンピックを目指すだけではなく、たとえ自分たちが一線を退いた後も継続していけるチーム作りを…。企業からの言葉をキッカケに、彼女はそう決意を固めた。

©Get Sports

その後結婚し第一子を出産した本橋だが、引退を全く考えなかったのもそうした想いがあったから。出産後初めて迎えた初詣で、彼女は絵馬にこう記している――「強い母、プレイヤーになり、家族とチームの力になる」

そんな本橋に心を動かされ、ソチ五輪後、新たな選手が「ロコ・ソラーレ」へ加わることになった。

 

◆吉田知那美・藤澤五月の加入

北海道銀行の一員としてソチ五輪に出場、その活躍と持ち前の明るさで大きな印象を残した吉田知那美。

©Get Sports

彼女は、何とソチ五輪中に「次シーズンの契約を更新しない」と告げられたという。まさに、天国から地獄という状況だった。

傷心の彼女は故郷・常呂町へ戻り、ひとりカーリング場で練習を行う日々を送っていた。そこに声をかけたのが、本橋麻里である。「ソチで得た経験を、ロコ・ソラーレで生かしてほしい」と。逡巡の末、吉田知那美は入部を決意する。

彼女の加入は、確実にロコ・ソラーレを変えていく。技術や経験はもちろん、持ち前の明るさが、カーリングにとって何よりも大切なチーム内のコミュニケーションをより円滑にしていったのだ。

こうしてロコ・ソラーレは、吉田知那美が加入してから初の日本選手権で準優勝を飾るまでになっていく。

©Get Sports

さらに、新たな選手の加入によって「ロコ・ソラーレ」の物語は加速する。日本女子カーリング界随一のスキップ(司令塔)と称される、藤澤五月だ。

イマジネーション豊かな攻撃力を武器に、長野に拠点を置く中部電力の選手として活躍していた藤澤。しかし、ソチ五輪代表決定戦では、吉田知那美も在籍していた北海道銀行に敗戦。その敗因は、人一倍自らが引っ張っていこうという思いが強く、全てを背負い込んでしまうという藤澤自身の性格に拠る面も大きかった。

ソチ五輪後の中部電力は、一部の選手の引退などによる世代交代がうまく進まず、2015年には前年まで4連覇中だった日本選手権でまさかの予選敗退。

そうしたなか、藤澤はその後のカーリング人生に対して迷いを覚えた。そして2015年4月、意を決し中部電力を退部。故郷の北見市に戻り、自らの新たなステージを模索していた。そんな彼女に、本橋麻里が声をかける。藤澤は、その誘いに懸けた。

吉田知那美の加入後、より活発化していたロコ・ソラーレの話し合い元々ひとりで抱え込んでしまう性格だった藤澤は、そんなチームに身を置くことでチームメイトに頼る勇気を得ていった

そして、この藤澤自身の変革は、チームの変革をも後押し。ロコ・ソラーレは日本代表として初めて世界選手権出場を果たし、何と銀メダルを獲得。さらに昨年の代表決定戦でも勝利し、念願のオリンピックへの切符を掴み取った。

様々な物語の交差が、5人というピースをひとつに繋げたのだ。

 

◆平昌五輪での意外なデータ

迎えた平昌五輪。ロコ・ソラーレは躍動する。

吉田夕梨花と鈴木夕湖は、小柄な体格ながら力強く氷を掃き続け、狙った位置へ正確にストーンを運ぶ。そのパワフルさは、海外のチームから「クレイジー・スイーパー」と恐れられた。

吉田知那美は、その経験と技術を存分に発揮し、スーパーショットを連発。藤澤五月は、ひとりで抱え込むことなく仲間と共に難しいショットを悉く決めた。

控えに徹した本橋麻里は、試合前、入念にストーンの状態をチェック。的確な情報をチームへともたらす。5人がそれぞれのやるべきことをキッチリとこなしたロコ・ソラーレは、開幕から快進撃を見せていた。

その一方で、意外なデータがあった。

狙い通りにストーンを運べているかを測る「ショット決定率」の数値を見てみると、日本は平昌五輪出場全10チーム中、何と9位。通常この「ショット決定率」は勝敗に比例することが多いにも関わらず、なぜ彼女たちは勝ち続けることが出来たのか。

端的に言えば、ミスを連鎖させなかった、ということだ。誰かのミスを、誰かが補う。もしくは、挽回する。

平昌五輪中継で女子カーリングの解説を務めた石崎琴美は、彼女たちの強さについてこんな風に語っていた。

「あきらめない心があったからだと思います。負けても、ダメでも、次の試合にはもう一度立て直す修正力、チームがひとつになる力、それに尽きる」

かつて、本橋麻里が産休でチームを離れた際、代役としてロコ・ソラーレを支えた経験のある石崎だからこその言葉だ。

笑顔がフィーチャーされる彼女たちだが、もちろん笑顔ばかりではなかった。不甲斐ない試合の後に、明るい吉田知那美が大粒の涙を流すこともあった。

インタビューゾーンの片隅で石崎を見つけた藤澤五月が、いきなり抱きつき、「めっちゃ悔しいんです」と涙ながらにすがったこともあった。

それでも、そんな負の心を連鎖させることなく、翌日にはリセットし切り替えられる。チームとして互いにミスを補完し合い、負けを引きずらずに次へと臨める。石崎が語った「あきらめない心」とは、そうしたことでもあった。

 

◆スウェーデン戦勝利をもたらした「あきらめない心」

その「あきらめない心」が、予選リーグ中盤、2月19日に行われた2つの強豪チームとの対戦に表れる。

まずは、午前に行われた世界ランク1位・カナダとの一戦。この試合、日本はミスを連発し、そこを付け込まれたあげく惨敗した。

実はこの敗戦の裏には、ひとつの理由があったそれは、前日に行われたストーンの研磨。カーリングはストーンが進む際、氷との摩擦によって曲がるが、近年その曲がりを大きくするためにストーンと氷との接地面に粗くヤスリがけされることがある。それが今回、オリンピックでは初めて大会期間中に行われたのだ。

これによって、ストーンの進み方や曲がり具合など、チェックしてきたデータは全てリセット。スキップ・藤澤五月も試合後、「昨日までとはストーンが重かったり、曲がり方も全然違っていて。混乱して、ミスにも繋がってしまった」と語っていた。

そして、その日の夜に行われたスウェーデンとの一戦

スウェーデンは2006年トリノ五輪、2010年バンクーバー五輪で金メダル。そして2014年ソチ五輪は銀メダル。今回代表となった「チーム・ハッセルボリ」は、自国に金メダルを奪還すべく、有望な若手たちがひとつのチームに集められて3年前に結成された夢を背負ったチームだ。日本とは互いに好敵手と認め合う仲でもある。

この試合でも研磨の影響は残り、日本が決め切れない状況は続いていた。第8エンドを終え、2点のビハインド。ここからスウェーデンはさらに厳しく攻め立て、ハウスから日本のストーンが全てはじき出されてしまうピンチを迎える。

ここで、サード・吉田知那美の2投目。狙いは、相手のストーンの後ろに隠すショット。未だストーンの状態が把握し切れていないなかで、0.1秒単位の微妙な蹴り出しと力強く繊細なスイープが必要とされる。

これを、日本は見事に決めた。チーム全体が氷やストーンの状態をつかめてきた証左である。対するスウェーデンは、その日本のストーンを狙いにいくが失敗。結果、このエンドで日本が2点を獲得し、土壇場で同点に追いついた。

迎えた最終エンド、日本は不利な先攻ながら、終盤まで良い形を作り上げる。そして、スキップ・藤澤のラストショットはスウェーデンのストーンをはじき出し、ハウスの中心近くに付ける。

スウェーデン最後の1投。狙いは、中心近くの日本のストーンをはじき、自らのストーンを中心近くに付けること。そのショットは、スウェーデンのストーンが懸命のスイープによってほんの僅か日本より中心から外れる。

結果、日本が強豪スウェーデンに鮮やかな逆転勝ち。決勝トーナメント進出をグッと引き寄せた。

この僅かな氷とストーンの読みの違いを導いたのは、最後までしがみつき、あきらめない心があったからこそ

さらにその心が、最終エンドで追いつき延長戦までもつれ込んだ準決勝・韓国戦での激闘をもたらし、3位決定戦・イギリス戦で厳しい戦いのなか最後の最後に相手のミスを誘ったのだ。

「ナンバー1は…ニッポンだぁ~!」――実況の進藤潤耶アナウンサー(テレビ朝日)の絶叫が響き渡った瞬間、日本の、ロコ・ソラーレの銅メダルが決まった。

笑顔でいっぱいだった彼女たちが、抱き合い、誰憚ることなく涙を流す。飛び出すのは、チームメイトへの感謝の言葉。揃って手を取り合って上った表彰台。「北見から世界へ」――その想いが現実のものとなった

©Get Sports

歓喜から3日後の2月27日夜。彼女たちは、故郷・北海道北見市常呂町に凱旋。人口5000人に満たない町で、1000人を超す町民が出迎えた。

そこで吉田知那美が涙ながらに発した言葉。

「正直、この町、何もないよねぇ(笑)。小さい時は、この街にいても絶対夢はかなわないって思っていました。だけど今は…。ここにいなかったら、夢はかなわなかったなって思います」

それぞれが苦難と試練を乗り越え、ひとつになった5人。「ロコ・ソラーレ」は、その名の如く、常呂の地から太陽のような輝きを放っている。

※番組情報:『Get Sports
毎週日曜日夜25時10分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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