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トヨタのエース・ラトバラ、その責任感と昨年のストレスからの解放【WRC開幕戦】

世界ラリー選手権(WRC)の2018年シーズンが開幕した。

開幕戦は、もっとも長い歴史を誇る「ラリー・モンテカルロ」。1月25日~28日に行われ、優勝はフォードのセバスチャン・オジェ。5年連続でドライバーズチャンピオンシップを勝利しているWRC最強ドライバーだ。

©TOYOTA GAZOO Racing

そして、2位はトヨタに今シーズンから新加入したオット・タナック。3位にもトヨタのエース、ヤリ‐マティ・ラトバラが入り、トヨタは開幕戦から2台が表彰台獲得という最高のスタートを切った。

ラリー・モンテカルロのスタート前、テレビ番組の生中継に登場したラトバラは、目標を聞かれると「ここは本当に難しいラリーなので、5位以内になることが目標であり、表彰台ならば文句なしの最高です」と話していた。その言葉通りの最高の結果で、しかもトヨタは2台が表彰台。最高以上の結果を残したといえる。

©TOYOTA GAZOO Racing

しかし、最後のSSを走りきり3位表彰台を確定させた直後にラトバラから出てきたのは、喜びいっぱいの言葉ではなく「本当に、本当に、結果を残せてよかった」という安堵にも似た言葉であった。

ラリー後の公式記者会見、記者たちはラトバラにその発言の真意を聞いた。というのも、ラトバラは走行直後のインタビューで「2017年シーズン最終戦のラリー・オーストラリアから引っ張っていたわだかまりから解放され、肩の荷が下りた」とコメントしていたからだ。

WRC公式映像のコメンテーターたちも、突然出てきた“ラリー・オーストラリア”という言葉に戸惑いを見せていたほど。

©TOYOTA GAZOO Racing

そして迎えたラリー後の公式記者会見で記者たちは、わざわざ慣用句の「~getting the monkey off your back~」を使い、その重荷の意味を質問した。「getting the monkey off」とは、日本語で説明すると「悪しき習慣を断つ」や「なにかを根絶する」などといった意味合いに近い。この質問に対して、ラトバラはこう返答している。

「僕が前回表彰台にあがったのは半年以上前のラリー・イタリア(第7戦)だった。そしてシーズン最終戦のラリー・オーストラリアで、僕は総合2位を走行していて、表彰台は約束されていたし、いい形でシーズンを終えたかった。それなのに、僕たちは最悪の終わり方をした(最後のSS21でマシンクラッシュしてリタイアを喫した)。

そこから約2カ月、挽回のチャンスを待ち続けなければならなかった。それは決して良い感触だったとは言えない。というのも、競っているなかでのミスは仕方がない。でも、競ってもいないなかでのミスを僕は受け入れられなかった。だから、今日これで、あのミスは遠い過去のことだと思えるよ」

たしかに振り返ってみると、2017年シーズン最終戦のラリー・オーストラリア、終盤(SS21)の高速コーナーでマシンをクラッシュさせたラトバラは、その場にいたテレビカメラに対して憔悴しきった表情でこう発言していた。

「チームのみんな、そして日本のトヨタの人たち、みんなに対して本当に申し訳ない。彼らは(2位表彰台という)結果を見たかったと思うし、喜びを待ち望んでいたと思う。それなのに最終SSでこんな結果になってしまった……」と。このときの表情があまりにも憔悴していたので、コメンテーターは「ラトバラが打ちひしがれています」と発言したほどだ。

©TOYOTA GAZOO Racing

失敗は、結果で取り返すしかない。この開幕戦は、ラトバラの秘めた思いを行動で示した格好だ。そして最終SSを終えた瞬間、すべてのストレスから解放されたのだろう。自分自身に対しての責任感、そしてチームに対しての責任感は、WRC全ドライバーのなかでもトップかもしれない。

そんなラトバラらしさを感じたのは、新加入のチームメート、オット・タナックが最終SSで2位表彰台を決めた瞬間と、最終SSでコースアウトして4位から7位へと順位を落とし意気消沈した同じくチームメートの若手エサペッカ・ラッピへの対応だ。

タナックがゴールした瞬間、すでに最終SSの走行を終えて他のドライバーたちと映像を見ていたラトバラは、右手で胸を叩き「ドキドキしたよ」と笑顔で他チームの選手たちに話しかけていた。さらに、あまりのショックにマシンから降りてこないラッピに対しても、駆け寄って慰めていたという。トヨタというチームへの強い思いを周囲に強く感じさせた。

チーム関係者によると、ラトバラは普段からいろんな人に気軽に声を掛けるタイプだという。インタビュー対応でも、そんな人柄は感じられた

ラトバラのように周囲を明るく気遣い、いろいろな人と人を繋げる接着剤のような行動を取れる人物は、戦うチームにとって貴重な存在だ。それは会社組織にも似ており、組織をひとつの目標に向かって行動させるときには、単純に指揮官が指示しただけでは進まないものだ。全員の気持ちを繋げる存在、つまり潤滑油となれる人材がいるほうがスムーズに事が運ぶ場合が多い。しかも、そうした誰にでも慕われる存在が重要なポジションについている組織ほど、成功への道筋は明るい。

©TOYOTA GAZOO Racing

モータースポーツはクルマを使うため、スポーツと思われない場合も多いが、モータースポーツほどチームスポーツとして難しい競技はない。というのも、ほんの些細なトラブルやミスで勝利は指の間からスルリと逃げてしまう。ドライバーだけじゃ勝てないし、マシンを仕上げるエンジニアの能力、マシンを整備するメカニックたちの努力、数十名のスタッフをサポートするケータリングなどのスタッフまで、ひとりとして無駄なスタッフはいない。

トヨタのチーム代表のトミ・マキネンは、2017年シーズンが始まるとき、18年ぶりにWRC復活参戦するトヨタチームに加入したラトバラの起用理由をこう説明した。

「ドライバーとしての才能が起用したポイントだったことはもちろんだが、それ以上に彼の人柄、チャンピオンチームで得てきた経験、我々とは違う文化、そうしたものをトヨタチームに注入することが重要だと考えている」

ひとつの方向に全員が進むことは重要なのだが、技術や戦術などは常に進化する。異文化に対して胸襟を開き、良い部分はどんどん取り込んでいく姿勢。実際、成長企業と呼ばれる企業の多くは常に新しいものを取り込んでいる場合が多いし、成長企業の多くにはアイコンとも呼べる企業の顔となる人材がいるものだ。現在のトヨタチームにとって、それはトミ・マキネン代表であり、ヤリ‐マティ・ラトバラなのだ。

©TOYOTA GAZOO Racing

2017年シーズン報告会で、2018年に向けて必要なものをラトバラに聞くと、「継続性だと思います。チャンピオンシップは長い戦いです。もちろん、ひとつひとつのラリーで最高の成績を出すことは重要ですが、コンスタントに結果を残す継続性こそが大切なんです」と答えていた。

ラリー・モンテカルロでトヨタは、製造部門を競うマニュファクチュアラーチャンピオンシップでトップのフォードと並ぶ33ポイントを獲得。現地メディアもトヨタの力は大いに底上げされていると報じた。

昨シーズンのトヨタはラトバラの経験に頼っているところがあったが、今シーズンはラトバラとタナックという2枚看板が揃い、まだ成長過程ながらも速さは将来のチャンピオン候補のひとりと言われる若手ラッピが3台目に控える。もちろん、エンジニアやメカニック、開発部門やケータリングスタッフに至るまで、昨年1年間を戦い、その経験をベースにさらに成長しようとしている。

今回、ラトバラが「肩の荷が下りた」と安堵したのは、単純に個人のストレスから解放されただけではなく、今シーズンはチーム全体に継続して結果を残せる力が備わっていると感じ取ったからこそだろう。

ラリー・オーストラリアでの悪夢を忘れ、2018年シーズンは悲願であるドライバーズチャンピオンシップ、そしてマニュファクチャラーチャンピオンシップを狙いに行く。そんな、新たな挑戦への区切りだったのかもしれない。

©TOYOTA GAZOO Racing

チャンピオンを目指すラトバラ、そしてトヨタチームにとって、挑戦はまだまだ始まったばかり。第2戦のラリー・スウェーデンは、2月15日~18日の予定で開催される。

 

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