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あの時の少年たちが…。男子カーリング「SC軽井沢クラブ」、長野以来の五輪の舞台へ

1月7日(日)に放送されたテレビ朝日のスポーツ情報番組『Get Sports』では、平昌五輪代表に決定している男子カーリングチーム「SC軽井沢クラブ」について特集した。

提供:Get Sports

 

◆長野オリンピック以来20年ぶり、大舞台に

今からちょうど20年前の1998年2月。東京、札幌に次ぐ日本国内3度目の開催地・長野で冬季オリンピックが催された。

スピードスケートの清水宏保やモーグルの里谷多英、ノルディックスキーのジャンプ団体など、5つの金を含む計10個のメダルを獲得。日本の冬季五輪にとって史上最高の活躍を見せ、国内を熱狂の渦に巻き込んだことをご記憶の方も少なくないだろう。

その長野オリンピックから正式種目として採用されたのが「カーリング」。1924年のシャモニー・モンブラン、1932年のレイクプラシッド、1988年のカルガリー、1992年のアルベールビルと、それまで4大会にわたる公開競技としての実施を経ての念願のオリンピック正式デビューでもあった。

提供:Get Sports

ここに日本は、男女ともに出場。男子は、敦賀信人・近江谷好幸・佐藤浩など、カーリングの聖地とも呼ばれる北海道・常呂町出身の選手たちを中心に5位と健闘し、カーリングという種目を一躍日本中へ轟かせた。

このときカーリング会場となったのが、長野県軽井沢町長倉にある、軽井沢アイスアリーナ。

そのテレビ中継の際、客席で幼い兄弟が感嘆の表情を浮かべているのが映し出された。それが、地元・軽井沢在住の両角友佑(当時13歳)・公佑(当時9歳)兄弟である。彼らは、その感動を学校の文集にこう記している。「自分たちもいつか世界大会に出場したい」。

提供:Get Sports

同じく軽井沢アイスアリーナの客席にいた清水徹郎も、遠く離れた北海道でテレビ観戦していた山口剛史も、同様に想いを育んでいた。

提供:Get Sports

以来20年、日本男子カーリングは五輪の舞台に立っていない。この4人はその出場権を、自分たちが目の当たりにしたあの長野以来初めて勝ち取ってみせたのだ。

彼らの身上は、リスクを恐れず果敢に立ち向かうこと。私たち『Get Sports』では、そんな彼らを“冒険王”と名付け1年前に放送。今回は、平昌オリンピックでの悲願のメダル獲得に向けた挑戦の一部始終を追った。

 

◆冒険王・SC軽井沢クラブ カナダでの武者修行

提供:Get Sports

2017年10月、SC軽井沢クラブの姿はカナダにあった。

カーリングというスポーツの発祥地はイギリス・スコットランドと言われているが、現在の公式ルールの基を築いたのはカナダだ。

1807年には最初のカーリングクラブが設立されているという、いわばカーリングの本場。SC軽井沢クラブにとっては格好の修行の場である。

彼らはここで、世界のトップチームが一堂に会する賞金大会=ワールドカーリングツアーに参戦していた。

その中の一戦、平昌オリンピック・アメリカ代表戦。一昨年の世界選手権でSC軽井沢クラブと銅メダル争いを演じたライバルである。

2点ビハインドで迎えた最終第8エンド、スキップ(司令塔)である両角友佑の1投目。1チーム8投ずつ、合計16個のストーンを交互に投げ合い、最後に円の中心に近いところに

あるストーンの数が得点となるカーリング。

提供:Get Sports

この時点で、円の中心にはアメリカの青ストーンが1つ置かれている。SC軽井沢の狙いは、この中心にある青ストーンにぴったりとくっつけるショット。くっつけることではじかれにくくなり、得点にも繋がりやすいからだ。

しかし、放たれたショットは…青ストーンにくっつけることが出来ず、僅かにそれてしまう。

提供:Get Sports

その後、アメリカに自分たちのストーンを容易くはじかれ、あえなく敗戦。ほんのちょっとした読み違いだった。そして、ここに彼らの課題が横たわっていた。

 

◆SC軽井沢が直面する課題とは?

提供:Get Sports

SC軽井沢クラブが結成されたのは、2007年のこと。彼らには、ずっと標榜しているこだわりの戦い方がある。それは、攻撃的カーリング。一挙に大量のストーンをはじき出し、形勢逆転に導くカーリングである。

ただし、これは高い技術の裏打ちがあってこそ成し遂げられるもの。失敗すれば大量失点にも繋がるハイリスクハイリターンな戦い方でもあるのだ。

まだ技術が伴わなかった結成当初は、地区予選で負けることもしばしば。周囲からは「無謀だ」「向こう見ずだ」と揶揄され続けてもきた。それでもこの“攻撃的カーリング”に信念を持ち、ここまで歩みを進めている。

その信念がやがて実を結び、2013年以降は日本選手権5連覇、世界選手権でも4年連続入賞を続け、一昨年はメダル争いを演じるまでに成長を遂げ、それを平昌オリンピック出場決定にまで繋げている。

提供:Get Sports

しかし、その平昌オリンピックを決めた世界選手権で、実は過去4年間で最低となる7位に終わっていた。

主な原因は、「アイスの読みの甘さ」だ。

カーリング場は、全長45mという長方形のアイスリンク。その表面には“ペブル”と呼ばれる氷の粒が無数に敷き詰められている。その粒の上をストーンが滑ると、摩擦により様々に変化。しかも、その状態は極めてデリケートで、試合でペブルがすり減る上、室温や観客の熱気などでも微妙に変わる。観客数の多い世界選手権やオリンピックなどの大きな試合では尚更だ。

トップチームはこれを正確に読み取ることが必要なのだが…。SC軽井沢は、世界選手権の慣れないリンクでアイスを読み切ることが出来ず、強豪たちにその甘さを突かれ、苦渋を舐めさせられていた。

だが、なぜオリンピック代表にまで上り詰めた彼らが、基本とも言えるアイスの読みという課題を抱えるに至ったのか? そこには、チームが置かれている環境があった。

提供:Get Sports

SC軽井沢のメンバーは、それぞれに本職を持っている。両角公佑は建築資材の会社で営業事務を行い、清水徹郎は鉄工会社の職人見習い。両角友佑と山口剛史は、所属クラブの事務やカーリングのインストラクターの仕事についている。

提供:Get Sports

それぞれ勤務時間はバラバラだが、そんな事情をチームは前向きに捉え、あえて個人練習に重きを置いてきた。それによって個々のショットに磨きがかかり“攻撃的カーリング”を形作ってもいるのだが、チームとして取り組まなければならないアイスの読みは、彼らにとっての課題として残っていたのだ。

このアイスの読みをより高度にしていかなければ、目標であるオリンピックの表彰台は遠のいてしまう。その進化の道標を、SC軽井沢クラブはカーリングの本場・カナダでの武者修行に求めた。

 

◆メダル獲得への進化を模索する日々

今回のカナダ遠征は、例年の3倍にあたるおよそ3カ月の長期にわたった。取り組むべき最重要課題はもちろん、チーム全員でアイスの情報共有を正確に行うこと。そのため、彼らは氷上で実に頻繁に話し合いを行っていた。

提供:Get Sports

話し合う内容は繊細そのものだ。なかでも、通称“ウェイト”と呼ばれるストーンの速度の目安には一際注意を払う。ストーンを放つ位置にある線から22m地点までの線、通称“ホグライン”の通過秒数を測り、ストーンが止まる目安を把握。このウェイトが同じでも、アイスの状態によって滑り具合は変わってしまう。

例えば、他のストーンに当てずに止めるドローショット。ソチ五輪決勝で同じ選手が同じ位置にドローしたショットの計測をしてみても、試合序盤で14.5秒だったのに対し、終盤では14.7秒かかっている。

こうした状況をチームが正確に掴んでいなければ、同じように投げてもショートしてしまったり、行き過ぎてしまったりすることも起きるわけだ。これに対応するため、ウェイトとその時々のアイスの状況を小まめに話し合い、実に0.1秒単位で力加減を調節していく。

提供:Get Sports

その一方で、彼らは新しいショットの開発にも踏み出していた。それは、ソフトウェイト。

カーリングのショットは、ストーンに当てずに止める緩やかなドローと、ストーンをはじき飛ばすテイクアウトが代表的だが、ソフトウェイトはその中間に位置するもの。

絶妙なスピードで、ある時は相手ストーンにぴったりとつけて動かしづらくしたり、ある時は相手ストーンをはじきつつ自らのストーンを相手から狙いにくい位置に置いたりするショット。攻撃の幅を広げ、試合を有利に進めるために欠かせない技術である。

しかし、実はこれ、全ての力加減が極めて難しい。

投げ手は様々な氷の条件を読み解き、微妙な力加減で投げなければならない。さらに、その成功のカギを握るのが“スイーパー”と呼ばれるポジション。カーリングをご覧になったことのある皆さんには印象的でもある、あのブラシを持った選手たちである。

提供:Get Sports

スイーパーは、ストーンの動きを確認しながらブラシをこすり上げ、速度や曲がり具合をコントロールする役割。ドローショットの進み具合だけでも、スイープをかけるか否かで3~5メートルは違う。

こうしたソフトウェイトのような緩いショットの場合、その責任は大きく増す。スキップ(司令塔)である両角友佑も、「ソフトウェイトは、投げ手が8割。それを10割にするのはスイーパー」と言い切る。

投げ手の正確さ、スイーパーの掃き加減、そしてチーム全員がアイスの状態を共有し密なコミュニケーションを図ってこそ成し遂げられるのが、ソフトウェイトなのだ。

彼らはカナダでの3カ月、ひたすら話し合ってアイスの読みを正確に共有。ワールドツアーは9大会に出場し、序盤は惜敗惨敗が続いたものの、“冒険王”の名に相応しくリスクを恐れず、ソフトウェイトを完全に自分たちのものにすべく挑戦し続ける。

提供:Get Sports

そして、それらは試合ごとにレベルアップ。ウィニペグ大会では初の決勝トーナメント進出。その後パシフィックアジア選手権をはさみ、11月には2大会でも決勝トーナメント進出を果たす。

チームでのアイスの読み、そしてソフトウェイトに、彼ら自身も確かな手応えを感じていた。

こうして、3カ月にわたるカナダ武者修行での収穫を携え、SC軽井沢クラブは地元・軽井沢で行われたワールドカーリングツアー日本大会へ参戦した。

 

◆平昌オリンピック前哨戦で見せたもの

提供:Get Sports

2017年12月に軽井沢アイスパークで行われた、ワールドカーリングツアー日本大会・軽井沢国際カーリング選手権大会

オリンピックの各国代表や世界選手権のメダル常連チームが一堂に会した、さながら平昌オリンピック前哨戦である。

SC軽井沢クラブにとって、カナダでの収穫を実践する絶好の舞台。ここで彼らは、アイスの読みを正確に共有。磨き上げてきたソフトウェイトも輝きを放つ。そして、世界選手権銅メダルのスイス代表をはじめ並みいる強豪を撃破し、何と6戦全勝で決勝へと駒を進めた。

決勝の相手は、長年のライバルであり平昌オリンピックの開催国である韓国代表だ。

迎えた第3エンド、SC軽井沢・両角友佑の1投目。ここで、持ち前の“攻撃的カーリング”が炸裂。自分たちの進路を阻む相手のガードストーンを利用し、韓国のストーンだけをはじき飛ばすショットを見せる。

対する韓国は、円の中心近くに自らのストーンを置きにくる。その手前には自らのガードストーンがあり、SC軽井沢にとっては直接中心のストーンを狙うのは難しい状況。しかし、これをはじかなければ不利な局面となる。

そこでSC軽井沢が選択したのは…ソフトウェイトだ。ガードストーンを紙一重ですり抜け、理想的なラインで相手ストーンをはじき出してみせた。

チーム全員がアイスの状況を共有し、コース・スピード・スイープが完璧に融合したショット。正に、“冒険王”の新たな攻撃的カーリングの真髄がそこにあった。

そして彼らは宿敵・韓国を下し、見事にワールドカーリングツアー初優勝を地元で飾る

平昌でのメダル獲得へ確かな成長を感じさせる勝利だった。

提供:Get Sports

未だ彼らは、「個」から「チーム」への完成を目指す過程にある。だが、それを100%成し遂げたとき、夢はきっと…。2018年2月、“冒険王”は新たな未来を切り開く!<制作:Get Sports>

※番組情報:『Get Sports
毎週日曜日夜25時10分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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