テレ朝POST

次のエンタメを先回りするメディア
menu

梅沢富美男は『夢芝居』を歌いたくなかった?! 大ヒット曲の誕生秘話を明かす

手に汗握る対談の様子をライブ感あふれるドキュメンタリーとして映像化した新感覚のインタビュー番組『ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~』。4月9日(日)に放送される同番組には、年間300もの公演が常に満員御礼だという俳優・梅沢富美男が登場する。

©BS朝日

大衆演劇・梅沢劇団の3代目座長として舞台に出演し続けている梅沢富美男。近年はコメンテーターとしても活躍し、ときには過激すぎる発言でネットが炎上することも。

そんな梅沢の代名詞と呼ばれるのが“女形”。その美しい姿と立ち振る舞いに多くの観客が酔いしれる。そんな梅沢富美男が、観客に愛され続ける秘密に迫る。

 

◆梅沢の知られざる努力も!彼の代名詞“女形”の秘密に迫る

旅芸人一座の両親の間に生まれた梅沢は1歳5カ月で舞台デビューをはたし、天才子役と呼ばれる。舞台に立ちながら日本全国を旅していたが、義務教育を受けるために劇団や家族と離れて福島に住む祖母のもとへ。そこで極貧生活を強いられた梅沢は、あまりの貧しさに当時は役者の両親を恨んだこともあったという。

梅沢は中学3年生のころ、父から梅沢劇団を継いだ兄から誘われ舞台に立つことに。目玉焼きハンバーグを食べられるという“餌”につられての出演ではあったが、梅沢が舞台に立った瞬間に観客が沸き立った。このとき梅沢は「1人の人間が100人の人を感動させられる」と体中の血が騒ぎ役者になることを決意する。しかし、実はこのとき観客が沸いたのは別の意味で勘違いだったと当時を振り返る。

25歳になった梅沢は、“女形”に挑戦。女性の仕草を研究し続けたという苦悩の日々、そして、そのしぐさや作法のために日ごろから行っているという梅沢の知られざる努力についても明かされる。

 

◆ ヒット曲に隠された物語や、梅沢流“浮気のマナー”も赤裸々告白

1982年には小椋佳作詞作曲の『夢芝居』が50万枚を売り上げる大ヒットを記録し、歌手としても成功をおさめた梅沢。しかし、当時彼は歌をうたいたくなかったという。いまだから語れる『夢芝居』の誕生に隠された物語を紹介する。

そんな梅沢は、2人の娘の父でもある。彼は娘のために“キャラ弁”を作るというほどの溺愛ぶりだが、娘からは世間に梅沢富美男の娘だと知られたときに周りから男性がいなくなると怒られるという。さらに、梅沢流“浮気のマナー”(?)など、彼のプライベートについても赤裸々に告白。

梅沢劇団の3代目座長に就任し現在40名の団員やスタッフとともに舞台に出演し続け、“夢のある舞台を観客は見にきている”という梅沢が、大衆演劇の今後についての思いを語る。

※番組情報 『ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~
2017年4月9日(日)午後6:00~午後6:54、BS朝日(※プロ野球中継延長の際、休止の場合あり)

LINE はてブ Pocket +1